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数日前から村は御送りの儀に備えている。
死を迎えるツノガミは、死ぬ数日前から、角を与えたもうた山神の呼び声を聞くようになる。声を頼りに山を歩き、御許へ還っていくという。その前に村でツノガミを祀り、村の病を癒してくれた感謝の気持ちと共に送り出すのだ。
角見の役目は、ツノガミを確かに送り届けること。そして、死の前に角でありったけの薬をつくっておくことだ。
ツノガミが「呼ばれている」と口にし始めた時から、ツノガミの身体の自由は大きく奪われる。死ぬまでの数日間は、角見に薬づくりを任せるしかない。
先代の角見はすでに死んでいるというので、わたしはこの話を村長から聞かされた。
「薊」
川で桶に水を汲んでいると、若い女に声をかけられた。藤色の着物を着て、髪を一つに結んでいる。目が小さく、ほほが大きくふくらんでいた。
「竜胆の具合はどうかしら」
「……あまり、よくは」
彼女は顔を歪ませ、ほほに手を当てた。
「かわいそうに……あとで葛湯、持ってったげるからね」
わたしは黙って頭を下げる。桶を持って家への畦道を戻ろうとしたとき、女が言った。
「ねえ、薊は御送りが終わったあと、どうするの。角見のお仕事は終わるのよね」
わたしは答えない。
「やっぱり、叔父さんのところに行くの? 竜胆の」
わたしは、うめくように答えた。
「……まあ」
女は、そうなのね、とうなずいた。
そして、飽きもせずぺらぺらと話し続けた。わたしが黙っているのに、自分でわたしの答えを良いように作り上げて、せわしなく口を開いたり閉じたりした。
「薬を、つくるので」
わたしが言うと、ようやく彼女はわたしを解放した。
家への道をたどりながら、わたしは女の言葉を思い出していた。
――御送りが終わったあと、どうするの。
竜胆が死んだ後、どうするのかと聞かれているのだった。
桶の中では、水が瑠璃色に揺れていた。
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