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第3話 1月28日(火) 雪とキスの味
部活が終わり、また俺は昨日と同様犬谷と一緒に帰っている。
今日は特に誘われることもなかったが、当たり前かのように俺が部誌を書くのを帰らずに待っていたので、そういうことなんだろうと察するよりなかった。
そういう時に限って後輩たちは早く帰る。そうなると部誌の取り掛かりも早いので早く終わるので、部室を出るのも昨日より少し早い。
シンとした雪の降る道に会話はなく、カラカラと俺が自転車を押す音だけが響いている。
人といるときの沈黙は苦手だ。何とかして俺は犬谷に話しかけるほかない。
「ところで俺さ、男と付き合ったことないんだけど」
「俺もない」
「あっそ」
秒殺で会話が終わった。こうなるともう間が持たない。
しかたが無いので俺は夜空を見上げた。学校指定の体操服を濃くしたような紺色に、街灯に照らされた雪が舞っている。
深く息を吸って吐き出せば白い息が雪に合わせてふわりと舞う。
「鳶坂」
そんなことをしてひとりで遊んでいたら犬谷に声をかけられた。
「ん、うおっ!」
首がぐきりと犬谷の方を向く。犬谷が俺の顔に手を添えて顔を横に向かせたようだった。
「こっち、見ろ」
冬の外気にさらされて冷たくなっていた俺の頬に、犬谷の手がじんわりとあったかい。
犬谷の顔越しに見えるはらはらと落ちてくる雪が、街灯に照らされてキラキラしていた。
『きれいだな』
そう思っていたら雪が視界から消え、代わりに犬谷の長いまつ毛が見えた。
乾燥してほんの少しパリっとした唇が触れ合う。乾いているが柔らかい。そして犬谷のまつ毛。
これはキスだ。そう理解した時にはもう離れていた。
「外、なんですケド」
「ごめん」
「一昨日、告白されたばっかなんですケド」
「我慢、できなかった」
冷静に会話していたが、徐々に恥ずかしさが増してきて顔に熱が集まる。
「もう一回、だめか?」
「……ダメに決まってンうおっ?!」
硬い胸板が顔に当たり、犬谷の心臓の音が聞こえた。じんわりとしたあったかさが体にめぐる。自分が抱きしめられていると理解するのに時間がかかった。
慌てて左手で犬谷をタップして放せと促し、右手は自転車を倒さないようにハンドルを強く握る。
「ごめん、好きだから」
犬谷に密着している左耳から、犬谷の声を体越しに拾った。
ゆっくりと、からだが離れていく。
真っ赤になった犬谷と目が合う。そんな犬谷の顔を見て『俺が犬谷をこんな顔にさせてんだ』と、ふと冷静に思う。
「鳶坂と付き合えたの、嬉しくて」
犬谷のその言葉に、今俺は犬谷と付き合っているんだと、思い知らされた。
どんなに俺が付き合っていないと思っていても、犬谷の中では付き合っているのだ。
それから先、犬谷は少しも俺に触れてくることはなかった。
そして俺のファーストキスは、練習中に飲んでいたスポーツドリンクの味だった。
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