調 教

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七 「浮舟が、好きだった訳ではないの。」 六月、稽古場の硝子を覆う紅葉の青を、雨が叩いている。稽古を終えて、隣の座敷に座った美舟に、かをるは香りのよいハーブを淹れる。その湯気に少しばかり温められ、解けたような美舟が膝を崩した。大学の講義は、能の歴史を終えて、『源氏物語』の『浮舟』に入ったところである。 「流されていく、生き方が気になって。……大学院では、それを。」 「……その時、祖父の講義をうけはって……?」 かをるの問いに、美舟は答えない。今はまだ、どこか遠いところを漂っているようだ。一度、扇を持ち、カマエに入ると美舟はそこからいなくなる。四月に、教官室で感じた疑念は杞憂であったようにも思う。ただし、舞っている時以外については、印象は左程変わらない。美舟は、言ってみれば、能は素人という立場なのだろうが、驚くほど完璧に知っている。「浮舟」に限った話ではない。これ程に能を習得した者が、何故、能楽師にならなかったのかと思う程ではある。しかし、その教授法はだから、これまで教わった他の誰とも違う。能楽師の教え方では、ない。かをるは、ますますこの立派すぎる稽古場に対しての問いが深まる。 「同じく流されているようで、玉鬘は違うわね?」 五月、この色味の少ない稽古場の前庭に山吹が黄金色に彩りを添えたとき、かをるに稽古した「玉鬘」を引く。 「玉鬘は、確かに生い立ちから源氏のもとに辿り着くまでは、流転の連続だったと思うの。むしろ浮舟よりも。だけど、源氏という大人の男の前にあって、玉鬘は見事な身の処し方を見せるわね。決して抗わないけれども、そこには源氏のなすがままというよりは、仄かに玉鬘の意思がある。一線を越えないのは、源氏の躊躇だけではなかったように思うわ。能の『玉鬘』は、『浮舟』の影響を受けて書かれたもので、完成度は高くないと言われているわね。金春禅竹の能の特徴とも言えるかもしれないけど、妄執のあまり成仏できないと玉鬘の亡霊に言わせながら、その内容ははっきりと描かれていないでしょう。」 先程、返事はしなかったが、美舟は学問においても祖父・光太郎の薫陶を受けている。美舟の学生時代には、幾つかの大学で非常勤講師をしていたはずで、その講義や市民セミナーなどにも、美舟は書生のように伴われていたと父の夕祐から聞いていた。 「後シテの出で「恋わたる身はそれならで玉鬘」と謡うのは、源氏が初めて玉鬘に会ったとき詠んだ歌を『源氏物語』から引いてあって、そのあとも柏木衛門督や螢兵部卿に関連した歌が続くけれど、これは妄執となるべき程ではないわね。ただ、詞章以外のところを見ると、『源氏物語』を題材にした能では、シテが優美な舞を舞うことが多いのに、『玉鬘』では、狂乱の態でカケリを舞うわね。装束も、後シテは唐織の右肩を脱ぎ、髪の一部を左肩から前に垂らすのは、狂女の出で立ちよね。どうして、詞章ではっきりさせずに、舞いや装束で妄執を示すのかしら?」
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