人斬-01

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人斬-01

教室は、警察官たちが出入りしていて物々しい雰囲気だった。慌ただしい捜査の光景。しかし、こんな異様な殺人現場で通常の捜査に意味はあるのだろうか。みな当惑しながら仕事を進めている。 「――授業中の教室で、突然全員が死んで腐乱死体に早変わり。まるで手品だ」 黒セーラー服の高校生、先生が手のひらから紙吹雪を散らすように天を仰いだ。沢村ハルカは凝固血液の教室の入口で、刑事コロンボに事情を事細かに聞かれている。せめて場所を変えてやれと思う。 「しかし、ゾンビなんて実在するんすね」 「ああ。死体に取り付いた呪い。動けばそれで完成だ。それ自体は異常現象としては驚くほどのもんじゃない」 強い呪いは現実をねじ曲げる。亡霊なら尚更、目の前に自分の死体が転がってれば、誰だって慌てて動かそうとするんじゃないだろうか。 「ちなみに、伝承では本来の用途は労働用の意思なき奴隷らしい。誰があんなもの使役したがるんだろうな」 「うへぇ。農作業とかですか」 「ああ、農作業とか家事とかだ。狩りや料理もさせていたのかもな」 食いたくねえ。絶対Tウィルスうつされる。 「で……知らぬ間に教室の全員がゾンビにすり変わっていて、唯一正常だった沢村ハルカひとりに暴力を振るっていたと」 ゾッとする。なんてホラーだ。しかし、あの時、体育館そばで対峙した時から分かっていた。 「ち―――」 強い腐臭に鼻を覆う。反吐が出るほどに充満している。そんなものを、眼球の血走ったやつらが発していたのだ。背中から立ち上る呪いといい、やはりゾンビ共は一見しただけで異様な存在だった。 「起こり得ることなんですか? クラス全員なんて」 「バカを言うな。あまりにも作為的すぎるだろう」 偶然では有り得ない。一クラス丸ごと死霊化するなんて、誰かの悪意がなければ有り得ないのだ。 「……犯人がいるんですか」 「だろうな。それも、かなり悪趣味で悪辣なやつが」  クラス全員をゾンビに変える。沢村ハルカが暴力を振るわれていたのも、そいつの意図なのか? 「…………」  拳を握る。そいつはバケモノだ。倒さなければならない。 「まぁ間に合ってよかったな」 「え?」 「あの少女――沢村ハルカとかいったか? もしかすると、危うく仲間にされるところだったのかもしれない」 「―――」 あいつが、ゾンビに。動く死体となって人を襲う。救う手段はないだろう。そうなったら俺はあいつを―― 「……」 刑事と話す横顔は、相変わらず白くて邪気がない。 「平気そうですね」 「ああ、それもおかしな話だが」 「俺に殺されかけて、次はクラスメイトが腐乱死体になって。それでも正気なんて、実はやばいやつなんでしょか」 「慣れ始めてる(・・・・・・)のかもな」 「え?」 何か、不穏な言葉を聞いた。先生の横顔は静かだ。 「異常現象の側と、縁が深まっているのかもしれない。不思議なもんでな、関わり出せば転がり落ちるように深みに嵌っていくこともある」 視れば視るほど霊視は強くなり、どこからか呪いを引き寄せてしまう。先生は残酷に沢村ハルカを評した。 「典型的な"調律者"だよ。ああいった手合いはとても死にやすい。せいぜい守ってやれ、少年」 「……はい」 「ああ、血生ぐせぇのう」  教室のドアをくぐって鬼蜻蜒じーさんが姿を現した。赤の鬼面に着物に長身、奇抜極まりない姿に警官たちが一瞬どよめいた。 「なぁじーさん、そのコスプレなんとかならねぇか」 「何の話じゃぇ? それより、これは何の騒ぎだ、七式の」 「……気安いな、鬼。まぁいいだろう。ヒントになるかも知れないしな」 先生の試すような言葉を、じーさんは背中を掻きながらぼーっと聞いていた。 「なあ、魔王。クラス全員をゾンビに変えて、1人を痛めつけ続ける。何の意味があるんだと思う?」 「あぁ? よう分からんが……んなもん決まっとろう。楽しいからじゃろ」 「楽しい?」 疑問の声を上げていたのは、俺だった。異常者は、異常者を語る。 「ああ、暴力は楽しい。楽しいから痛めつける。面白いから人を使う、殺して奴隷のようにこき使う。それが嬉しい。好ましい。そこに効率はない。趣味しかない。でなくばそんなクソ手間のかかることやってられるか」 はあ、と先生がため息した。 「なるほどな。まるで殺しを知っているかのように語るじゃないか」 「儂ゃ作家志望での。想像力には自信があるんじゃぇ、かかか」 気楽に躱した鬼が、低い声で言ってきた。 「気を引き締めよ少年。般若と同種の常識外よ」 俺に。アドバイスをくれているらしい。 「やばいやつか」 「ああ、疑うべくもない。例え儂が殺人鬼で異常者だったとしても、面倒すぎて関わりたくない類じゃ」 例えじゃないだろそれ。目も合わせず会話する俺たちを、先生が静かに監視していた。たぶん監視。 「しかし問題があるのぅ」 「ああ、二人いるよな。ゾンビを操ってたのは誰で、ゾンビを駆逐したのは誰なのか」 「どちらも面倒そうだ。ヌシら狩人は、どっちを倒すんじゃえ?」 先生に目を向ける。涼しい顔をしていた。 「さてな。ゾンビ生産者は間違いなく殺人犯だろうが、ゾンビ殺しは正義かも知れない。まだまだ情報が足りずに混乱しているのが狩人の立場だ」 無秩序な悪人に比べて、俺たち秩序の側はどうしても後手にまわってしまう。壊すより守る方が圧倒的に難しいのだ。 「ってえと、ひとまずは生産者の方を叩くってわけかい。しかし流暢にやってもいられんだろう」 「そうだな。間違いなく犠牲者は増える。その前に何とかしたい」 「おいどうなってやがる! これもまた例の悪人殺しか!」 そこで、無遠慮に割り込んでくるダミ声があった。沢村ハルカの聴取は終わったのか、ずかずかと、刑事コロンボがこっちへ来る。先生が心底気だるそうに対応する。 「そのようだな。手口としてはピタリ賞だ」 「無数の刃物に深い傷。死体が腐っているのは意味不明だが、確かに殺し方は近しい。やはり同一か」 「ああ。沢村ハルカの証言からしても、双子が言ってた内容と一致する」 勧善懲悪。底知れぬ呪い。そして――― 「…………狐の仮面、ねぇ」 鋭利な懐剣のような呟き。先生の目は探るように鬼の仮面を見上げた。 「何か知っているか?」 「知らんがな」 「そうか。それは残念だ」 「他に何か情報はないのか!」 刑事の言葉を、先生が黙殺する。苛立つ刑事だったが、それすらも目の前の怪異が優先するらしい。 「しかし、何なんだ、このでけぇのは」 もちろん、見上げられるのは鬼。警察と悪の総帥のご対面である。じいさんは黙秘を貫き、先生が紹介する。 「こちらの協力者だ。役に立つかもしれないと思ったが、ハズレらしいな」 「ふぅん……」 無言の見つめ合い。あるいは鬼面の下を探るように。刑事の勘が何か言っているのだとしたら、それは大正解だ。とっとと捕まえてくれ。 「……はぁ」 「何じゃ少年」 「別に。首筋の鬼のイレズミが痛むだけだ」 「かかか。ひ弱じゃのう、儂の全身の見事な刺青をみせてやろうかぇ」 いらねぇから、とっととこれ消せと言いたい。刑事はそれ以上は追求せず、先生に告げた。 「しかし、やはりどう数えても死体がひとつ足りん。このクラスは40人だ。難を逃れて生きているということでいいのか?」 「へえ、生存者がいるのか」 「…………」 唐突に、鬼が無言で踵を返す。 「……どこ行くんだじーさん」 「ちと野暮用を思い出した。夜までには戻る」 「あ、そう。」 悪の組織の同窓会でもするんだろう。間違ってもついて行ってはいけない。 「少年、来るか?」 「いらねぇ」 去っていくいやに静かな鬼の背中を、先生が静かに見送っていた。遮るように刑事が言葉を挟む。 「おい、どうやって犯人を探すんだ。何か手はあるのか」 「犯人探しも重要だが……学校全体に身体検査もした方がいいだろうな。ゾンビの混じってる可能性が大いにある」 「なに!? お、おい、ふざけるな! そんなものどうやって調べろってんだ!」 刑事の顔から血の気が引く。気持ちは分からんでもない。先生は心底億劫そうに譲歩した。 「立ち会ってやる。それでいいだろ」 心底嫌そうに、刑事が去っていった。準備するのだろう。俺は聞き咎められないよう、ポツリと先生だけに聞こえる声で呟いた。 「判別できますかね」 「知らん」
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