正義-01

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正義-01

 双子の呪いが霧散した時、境内に既に氷堂圭介たちの姿はなかった。 「……逃げたみたいね」 「だろうな。オレだって、あいつらの立場なら逃げるさ」  先生と雪音さんが会話する。静けさを取り戻した境内。先程の激闘が嘘のように、平穏な真昼の光景を取り戻していた。夢でも見ていたんじゃないかと思えてくる。 「先生……」 「なんだクソ弟子」  あの、氷堂圭介の真っ直ぐな目。悪を断罪する正義の味方のような目だった。いままで俺たち狩人は、呪いや怪物を倒す戦いを繰り返してきた。しかし、今回は―― 「ぐけけ、揉め事じゃの。主らがやっとるのは義のある戦いでなく、自我を通すためだけの人間の争いじゃ」 「あぁん?」  嘲るように言った鬼の襟首を、先生が容赦なく掴み上げ、尋問する。 「なんだ鬼、言いたいことがあるのか? そういえばさっき、あの狐面どもは面白いことを言っていたな。まるで知り合いのようだったが?」 「いや何、そういきがるでない、魔女よ。儂ゃ嬉しいんじゃぞ? 人が人を退ける。それはれっきとした戦いで、儂の好む人の悪道そのものよ。自身の我が儘で殺す。実に結構結構」 「オイ、質問に答えろ悪鬼。あいつらは知り合いか、そうでないのか。それとも死ぬか?」  先生の顔から笑みが消える。代わりに、白銀の切っ先が赤い鬼面の鼻先に突きつけられていた。先の出来事もあってか、先生はかなり殺気立っている。 「知らんのぅ」 「死ぬのか? あるいは死ぬか、あァん?」 「よ、よせ! 仮面はやめよ仮面は!」  切っ先が面に傷を付ける。そのまま押し割ろうとする先生に、鬼が折れた。 「分ぁった、分ぁった白状するわい。昔どこぞで会ったことのある相手じゃ、それほど深い仲でもない」 「敵か? 仲間か? というか間違いなく敵だろうが、なぁ? お前、あの正義どもの敵として犯罪に手を染めてたんだろう? 吐け、死ね」 「ぬぉああッ!?」  容赦なく日本刀を顔の真ん中に突き刺そうとする先生。かろうじて鬼が躱してたたらを踏む。 「ああそうじゃ、戦ったことがある! 正義を自称する横暴な奴らじゃぇ!」  すかさず俺は指摘する。もはや黙っておくのも限界だ。 「戦ったことがあるどころか、因縁の相手なんじゃないのか。じーさん」 「ぐぬ……」  裏切りおったな。鬼の面が無言で責めてくるが、知るか。地獄に還れ。 「チィ――つくづく面倒じゃのう、主ら」  ようやく観念したらしい。鳥居の真下で、鬼が改めて語り始める。 「そうじゃな。確かに儂にとって奴ら――とくに狐面の男は宿敵と言ってもいい。ああ、幾度となく戦ったことがある」  だろうねぇ。全員が呆れた目で鬼を見ていた。 「でも……じーさん、何なんだ宿敵って。あの狐面とアンタが? どういう事情だよ」 「理由など問うなよ。そういうもんじゃ」  どういうもんだよ。 「フィーリングとか思想とかの問題というかのぅ。ヤロウとだけは、根底から在り方が合わんのよ」  顎に手を当て、遠くを見て天文学者のように語る。ジジイに教養なんてものは一ミリもないが。 「――奴は正義を為すために。儂ゃ見ての通り、悪を為すために生きている。悪といってもいろんな悪があるんじゃが――それこそ、我欲に従順たれ、みたいな心の必要悪も含めてな。しかし、そういう話がそもそも出来ん。その前に殺し合いが始まる。互いの信条に従えば互いにそうなるのよ。合わないとはそういうことじゃぇ」 えらく思想的なことを言っているが、単にじーさんが犯罪に手を染めているからなんじゃないだろうか。そりゃ狐面は殺しにかかってくるだろう。  そこでぐるりん、とジジイの鬼面が仕返しのように俺に向けられてビビる。 「ま! 生まれついての宿敵の存在なんぞ、主らのようなゆとり世代には分からん話だろうがな、ぺッ」 「ああ分かんね。あと境内にツバ吐くな」 「なんじゃぇ裏切り者、生意気に儂に意見する気かぇ?」 「うしろで雪音さんがすごい目で見てるし」 「たたっ、たわけ少年! ツバ付けてこうして草鞋の裏でゴシゴシこするとだな、石畳のツヤが増すっていう掃除方法なんじゃぇ! かかかか――っ!」 「………………」  雪音さんが無表情で炎を纏って鬼を凝視してる。火薬庫かな? 「――で、主ら。一体どうするつもりなんじゃぇ」  ジジイが話を切り替える。これ以上話してもボロが出るだけだからな。 「チギリは強敵じゃ。あの難儀な剣技に加えて呪いまで使う。剣技だけで、七式と拮抗しておったようじゃが?」 「……そこまで認めるわけじゃないが、強敵だったのは確かだな」 「さらに、氷堂圭介じゃ。あのボンクラ、実力はないが最近、妙な剣を手に入れてかなり面倒な相手になっておるぞ」 「魔剣『胡蝶蘭』ね。資料によると、大昔の怨霊が宿っているのだとか」 雪音さんがパラリとファイルをめくる。そういえばゾンビ退治の時、氷堂圭介は巨体の心臓部に大穴を空けていた。 「奴は追い詰められれば必ずその切り札を使ってくるじゃろう。運良く封殺できたとしても今度は、チギリが呪いを使う。どうじゃ? 主ら、意外に勝ち目は薄いのではないか」 「…………」 強い。 考え方や戦う理由以前に、そもそも手強い相手だ。独力で異常現象を狩ってきたというのも頷ける。 対して縁条市の戦力は先生、俺、アユミ。あの三人を相手取るには、新人の俺たちが足を引っ張っていて数が足りてない。 そこで先生が、何故かニヒルに笑んでみせるのだった。 「……どうかな。奥の手がないわけじゃない」 「ほう――」 鬼が感心を示す。強気に言った先生を、何故か雪音さんが厳しい目で見ていた。 「あんた――まさか、」 「それで? もう一人はどうなんだ。女がいただろう」 スーツの女。確か、唯花と呼ばれていた。 「なに、大したことはない。ただの貧相な体型の女だ」 「だ、そうだ。どうする総括、今後の指針は」 「…………」 雪音さんは何か先生に物言いたげだったが、飲み込んだ。 「まずは情報収集よ。足取りを追い、集められるだけの情報を集めて。必ず追いついてみせる」 「そうだな。なんにせよ居場所の特定が最優先だ。対話するにしても打倒して捕縛するにしてもそれからだろう。で、どっちが希望だ総括」 そこで何故かじーさんがうむと頷いた。 「当然、殲滅じゃ」 「当然、対話よ。あくまでも目的は秩序の維持であって、衝突することじゃないわ。対話で解決できることがベストに決まっている」 「なんじゃぇ、煮えきらんのぅ」 ジジイが不服そうに口を挟んでくる。それを見咎め、先生が鋭利な笑みを向ける。 「なんだ、鬼。何か不満でもあるのか?」 「不満ではない。だが主らは本気で言っとるんか、対話が目的などと」 鬼は饒舌に語る。雪音さんはそれに、腰に手を当てたままどこか冷ややかに聞き返す。 「おじいさん、何が言いたいのかしら。私の方針に落ち度があるとでも?」 「呪いを暴走させた者を問答無用で殺すのが狩人じゃろうが。それが、対話が目的 じゃと? 日和見主義しとる場合か。奴らは必ず滅ぼしにくるぞぇ」 「おいじーさん、なんだよ滅ぼしに来るって。あの三人はあんたみたいな悪人とは違う」 「分かっとらんな少年。偽善者ほど面倒なものはないんじゃぞぇ」 「あぁ……?」 しわがれた、低い声で脅してくる。 「奴らはなまじ自分が正しいと思っている分、悪人よりも退くことを知らぬ。そのうちに組織を作り、力を蓄えーー」 ぶん、と鞘に収まった刀を、雪音さんの顔に向ける。まるで誰かの刃が届くように、真っ直ぐに。 「ーーーゆくゆくは狩人という組織を真っ向から切り崩しに掛かるかも知れんぞぇ。それでも奴らを容認するつもりか」 「…………」 警告する悪鬼を、雪音さんは澄んだ瞳で見返していた。鬼蜻蜓の鞘を、先生が総括を守るように手で押しのける。 「狩人が滅びるか。それもいいかも知れないな」 皮肉そうな笑みを浮かべて。雪音さんもつられるように笑った。あるいは、疲れているようにも見えた。 「ーーフン。まぁ、儂の知ったことではないがな」 鬼蜻蜓は鼻で笑い捨て、刀を肩に担いで踵を返す。その背中に俺は言葉を投げる。 「なぁじーさん。いずれ真っ向から切り崩しに掛かってくるかもってのは、体験談かよ?」 「いいや。儂の組織は自然消滅じゃからの」 「あっそ……」 あの三人に崩されたわけではない、ということらしい。それこそ煮え切らない決着だと思うが。 鬼蜻蜓はそのまま振り返ることなく去って行き、先生が仕切り直す。 「さてーーではひとまず情報収集だな。解散でいいよな総括」 「ええ。でもその前にひとつ」 「あん?」 真っ直ぐに、雪音さんが先生に向き合った。先生は軽薄に笑んでいる。その姿がなぜか、どこかわざとらしく思えた。 「切り札と言っていたわね。一体何の話しかしら」 「さぁ。切り札は切り札だろう」 ギリ、と雪音さんが歯噛みするのを見た。怒りを嚙み潰し、静かに背を向けて去っていく。最後に一言だけ、先生に警告めいたものを残して。 「………ばかなことはやめなさい。アンタが『七式の魔女』なんて呼ばれていたのは、もう昔の話なんだから……」 幽霊のように細い声。先生はいつも通りニヒルに肩を竦めるだけだった。
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