抜殻-04

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抜殻-04

長い長い石畳を登りきり、ようやく顔を上げれば現れるのは緋色の鳥居。年季の入った縁条市狩人本拠地、早坂神社が姿を見せるのだった。 清廉な青い空気に満ちた場所。ここだけは縁条市狩人の精神的安全地帯だ。 「ーーーーさて」  その安全地帯で何故か。境内の真ん中で、木短剣二本を真剣な顔して構える赤髪の女の子がいた。高瀬アユミちゃん。黄色いカーディガンに短パンなんていう、いわゆるカジュアルな「動きやすそうな服装」ってやつ。足元のスニーカーまでコンバースでオサレ。 「………何やってんスか」 「話しかけないで。いまは、だめだよ」  いまはだめだよらしい。予断なく真剣に、相手の隙を伺っている。  で、相対するのが悪辣な鬼の仮面。枯れ木のような巨躯の怪人、身にまとった赤の着物まで仰々しい。見るからにおぞましい悪鬼が、漆色の木刀を低く重く構え、目の前の少女に向き合っていた。 「うぬぅうううぅぅ………」 「………はぁ、一応聞いていくけどじいさん、」 「黙らっしゃい」  黙らっしゃいらしい。にべもない。  つまり剣を構えて向き合う二人。真昼の神社の真ん中で殺気ムンムン。なんだ、これ。呆然と観客する俺を余所に、アユミんが声を上げた。 「よろしくお願いします―――ッ!!」 「応、来るがよい」  刹那、神社の大地が震度四くらいで揺れる。アユミが地面を蹴って跳んだのだ。人間外の突進と向き合う鬼の仮面。しかし、真正面から受けきれるはずもなく。 「かかかっ、鬼のように速いのうお主!」  舞うように猪突猛進を背中で受け流し、乗り越え、くるりと反転して避けてみせた。そこで、再度地面が揺れる。豪速の直進から一転、アユミがその慣性すべてを怪力の一歩で踏み潰し、その場に急速停止してみせたのだ。 「くぉ――!?」 「そこッ!」  有り得ざる進路曲げ。そのまま通り過ぎるはずだったアユミが踵を返し、着地したばかりで背中を見せる鬼に迫り、木剣の一斬を見舞う! 「ぬぅーー……!!」 体勢を大きく崩し、かろうじてかわしきる鬼。しかし、隙だらけだ。アユミが追い討ちの一打を見舞う。真っ直ぐ、最短距離をかけるの迷いのない剣戟。反応できるはずもないタイミングでしかし、奇音が鳴る。 「!?」 アユミちゃんびっくり。鬼おじさん、なんと倒れそうな体勢から、無理くり空いた手で懐の刀を引き上げ、鞘で胴をガードして見せた。続く反撃の一打もなかなか意表を突いている。 「ぬぅうおあああああっ!!!」 踏み込みの豪音。体をねじ込むように、アユミの懐に踏み込む。近接といえば近接だが、近すぎる。どちらも無防備で、どちらも行動を封じられるゼロ距離でしかし、どこまでも力任せに鬼が暴れーーー 「………あ……」 何をどうやったのか――気が付けば、アユミが地面に引きずり倒され、首を掴まれ木剣の切っ先を突きつけられていた。勝負あり。沈黙の境内で、俺はその光景を見た素直な感想を述べる。 「お巡りさん、こっちっスよー」 「だぁぁぁああれが暴漢じゃくるぁああああ!!!!」 「や、誰がどう見たってそうだろが」 叫ぶ鬼じいさんを押し退け、呆然としているアユミに手を差し伸べる。 「立てるか?」 「………あ、うん……」 少々物思いをしながら、アユミが立ち上がる。俺と同じことを考えているだろう。 「意外な決着だな」 ゴキゴキと肩を鳴らしている鬼面の横顔に、感想を伝える。 「いいや。当然の結果であろう」 「いやいやいや。じーさん、まったく鍛錬なんかやってなさそうだし」 「甘ぇのう。鍛錬なんぞ、弱者の気休めじゃぞぇ」 また怠慢を極めきったような発言が飛び出した。 「さすが老人。枯れ果ててんな」 「努力が埋めるのは埋められる程度の穴だけじゃ。生まれ持った格の違いは変わらんよ」 「ふーん。で、アンタ、どういう理屈でアユミに勝ったんだ? 自分の方が格上だってか?」 「無論ーーーまぁ、一側面でしかないがな」 「どの側面だよ」 「言うまでもない。暴力行為じゃ」 「………むぅ」 アユミちゃん、不服そうな声を漏らす。当然である。 「少女よ。そもそも、ヌシの気質に暴力性はほとんどない。この弱小な少年と違ってな」 「あぁん?」 「ほれ、この不良睨み。これじゃ。殺し合いとはこれ即ち、悪逆なる暴力の叩きつけ合いである」 ジジイの全身は悪で出来ている。その肩に担いだ木刀に死体でも刺さってそうだ。 「剣は暴力。人は死ににくいが故に、いかに無惨に効率的に相手を虐殺するかが要点であろう。その一側面において少女。お主は人が善すぎる」 「うぐ」 アユミんの胸にぐさぐさ突き立つ言葉の暴力。俺は思ってもいないことを口にする。 「清く正しく美しい剣ってのもあるんじゃねーの」 「坊主よ、そりゃ演舞というやつじゃ。要するにお披露目の“舞い”じゃぞぇ」  ダンシングか。確かにその通りだ。 「少女の剣は巧くはあるが、肝心の暴力性が及ばない。無論、無いとは言わんがな。届かんのだ。それではその、持ち前の腕力が生かされ切らん。ただ埋め合わせているだけじゃ」 以上、鬼じいさんの戦闘講義でしたとさ。 「よう、じーさん。で、なんでアユミに稽古なんかつけてんの?」  異様な長身に面妖な着物、腰に刀、そして極めつけは顔に仰々しい鬼面。悪の怪人にしか見えないこの老人、紛うことなき悪の怪人、しかもその親玉である。この奇怪な人物の名前は鬼蜻蜒(おにやんま)。自称、元悪の組織の総帥で、現在は神社に居候している無職である。 「のう少年、パチンコへ行かんか? 主の小遣いを倍にしてやるが」 「浪費癖のじーさんが、ギャンブルに勝つとこ見たことねぇよ」 「競馬はどうじゃ?」 「中止して馬と徒競走でもしてろ」 「宝くじというのは夢があるのぅ」 「泡のような、弾けやすい夢だけどな」 「………」 「………」 双方、無言で見つめ合うこと幾ばくか。鬼がむんずと襟首掴んできて、俺も襟首を掴み返す。 「ええ度胸じゃ小童。互いの財布をかけて決闘といこう」 「ハハッ、じーさんのハズレおみくじしか入ってねぇ財布を勝ち取って俺に何の得があるのか説明してくんねーかな、ハハッ」 「ふん――」  鼻を鳴らし、じいさんが俺を開放する。この身長の鬼の面に迫られると本当に怪物に襲われてる気分になる。 「的を射とるな。さすがは我が後継者殿よ」 「こうけい……?」  そして、アユミんに聞きとがめられる相方さんこと俺の図。ジジイに不服の視線を向ける。 「羽村くん」 「言葉の綾か、何かの間違いだ」  厳しいアユミさんの視線を受け流す。発言主の鬼さんは、鳥居をくぐってとっとと立ち去っていこうとしていた。俺は首筋の鬼の入れ墨を掻いた。 「仕方ねぇ、また街をぶらぶらして過ごすか」 「はぁ、本当に怠惰だな。暇なら少しは知恵貸せよ」 「ぬん? 何ぞ、儂の興味を引ける殺人でもあったかぇ。えぇぞ、聞くだけ聞いてやろう」  とか言いながらタバコに火をつける鬼。なんと、面の口から吸い始めた。 「………」 「なんじゃ。とっとと話せ。飽きるぞ」 「次に死ぬのはじーさんかもな」 「おう?」 鬼面に、皮肉を突きつける。 「悪人が殺されたんだとさ。なんでも、勧善懲悪がどうたら。ほら、次に死ぬのはじーさんな気がするだろ?」  俺の軽口に、何故かじーさんは重く押し黙った。何、激怒(げきおこ)? 「じょ、冗談だよ。悪かったって」 「小僧、詳しく話せ。詳細に。知っているすべてを、だ」 なんだよ急に。深刻な様子で圧迫してくる。 「ま……いいけど。えーとな、爆破魔だったかな? どこだかで大事件を起こしたテロが今朝方、死体で発見されたんだ。それを見て、双子が妙なことを口走ったんだ」 「勧善懲悪ーーーーか?」 「そうだ。まぁ、悪人なんだからあんな風に惨殺されたって因果応報ってなもんだよな」 「殺し方は」 「無数の刃物で滅多刺し。そのほとんどが致命傷でーーああ、あと分からないのが、"多数の種類の"刃物で殺されたって点だ。傷口が合わないらしい」 「…………」 気にかかる点でもあったのか、じいさんが黙考している。 「のう小僧、小娘よ。やはり狩人なんぞやめてしまえ」 「は?」 「主らには荷が重い。早々に荷物畳んで、故郷にでも帰るがよい」 「何だよ急に。悪人殺しにビビっちまったってのか?」 「応、びびっちまった。本当、般若の件といい、因果ってのはそうそ断ち切れちゃくれないんもんだ」 そう言って、何故か酒瓶を投げ渡してくる。 「冷蔵庫に仕舞っとけ。儂ゃこれからーーーーーー狐狩りじゃ」 重々しい殺意を滲ませ、鬼が去っていく。それを見送ってアユミと呟きあった。 「………盗品、だろうなぁ」 「ねー」  しかし、爺さんはどこへ行ったのだろう。 「何か知ってるんじゃないかな」 「だな」  つけてみるか。
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