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流れる雲。流れる旅人。
行き着く先のない雲とは別に、旅人の行く先には安息の場がある。
突如として街道に出現した危険度の高い魔物、アーサックスを撃退したファルーナとヨシュア、ベルゼビュートの一行は、アーサックスに襲われていた商人と共に、ヴェルダン市国のインパネスという都市に到着していた。
ヴェルダン市国の中でも大きな城郭であり、人口だけでなく、人の出入も盛んである。交易を行う行商だけでなく、興行目的の劇団も訪れる。街中の雰囲気もどこか華やかで、活気に満ちていた。
街並みは主に石材によって造られている。魔法素材であるニュートン石の家屋も見受けられる。城郭の各所には市場があり、所狭しと露店が建ち並び、そこはひと際賑わっている。広場では催し物が行われていたり、行商人が店を開いていたりしている。
「いやぁ、助かりました。あなた方のお陰で無事にインパネスに着くことが出来ましたよ。積荷も無事でしたし、まさか礼金もいらないとは。本当に感謝しています。正直、あの冒険者たちにどれだけの礼金をむしり取られるのだろうと、内心怯えていたのです」
まだ若い行商人が苦笑しながら頭を掻く。ショートソードやダガーを身につけてはいるものの、それは旅をする上での最低限の装備である。護衛も倒されて、死を覚悟したに違いない。
「往く先が同じならば、同行することに何の問題もないし、私たちは別に金に困っている訳ではないからな。それほど気にしないでくれ」
金を受け取らなかったのは、ファルーナの意思だった。ただでさえ金目当ての冒険者パーティーを嫌悪していたのだ。根が誇り高いのだろう。傍らにいるヨシュアも、そんなファルーナを好意的に見ていた。
件の冒険者パーティーは、ヨシュアが応急処置を行った。思わぬ力の差を見せつけられた冒険者パーティーのリーダーはどこか卑屈な態度になっていた。
城門付近で行商人と別れ、ファルーナたちは街中を歩きはじめた。まず最初にやること。それは宿をとることであった。
「さすがにお腹も空いた。いい宿が見つければいいな」
辺りを伺いながらファルーナが言う。これだけの規模の城郭ともなれば、宿の数も相当なものになる。だが、その中から条件のいい宿を見つけるのはなかなか難しいのだ。
食事がまずかったり、ベッドが汚かったり、部屋の造りが粗悪で音漏れが酷かったり、盗難被害に遭ったり、とにかく悪い点などあげればキリがない。そうした中で、どこで妥協するかも大切になってくるのだ。
「またてめぇかっ! この魔族がっ‼ だいたいてめえみてえなヤツがこの城郭にいるのが、前から気に食わなかったんだ! さっさと郷里に帰りやがれ、よそ者が‼」
突如往来に響いた怒号。往来にいた衆目を集めているのは、大柄で顔半分が髭に覆われた厳つい男と、その男の隣で倒れている、ローブをまとった少女だった。
「なんだ、あれは?」
物々しい雰囲気。ファルーナも思わず視線を向けていた。
一見すれば厳つい大男が、か弱い少女を虐めている構図に見える。しかし、住民らしき者たちは、誰ひとりとして助けに入らない。それだけではない。男が発した魔族という言葉。そしてそれを体現するかのように、少女の眼はローズ・レッド色の妖しい光を放っていた。
「あれは…? 魔族とか言っていたけれど」
ただ事ではない様子に、ヨシュアも事の成り行きから眼が離せない。すると、ベルがヨシュアの足元で鎮座した。
「…あれは、たぶん、デルーニ族やな」
「デルーニ族?」
ファルーナとヨシュアが同時にベルを見る。ベルはじっと赤い眼の少女を見ている。
「ああ。聞いたことあるんや。大陸の東の果てに、魔族の血を受け継いだ種族がいるってな。普通の人間よりも強靭な四肢。膂力を持ち、生命力も強いらしい。しかし、鍛えていないデルーニ族が他の地域に来ると、その生命力が低下するような話も聞いたな」
「じゃあ、なんでわざわざこんなところに?」
「なんや、噂やけど、デルーニ族っちゅーのは、けっこうポンポン子供が産まれるらしい。これはあくまで俺の想像やけどな。人が増えすぎて、働き口がないんちゃうか」
「そうか。それでわざわざこんなところまで…」
痛ましい光景ではあるが、ここでファルーナとヨシュアが出ていったところでどうしようもない。ファルーナとヨシュアも同じくよそ者。これから宿を探そうという状況で、住民との間に諍いを抱えるのは得策とは言えなかった。
だが、それでもファルーナの顔は晴れなかった。こうした状況を見過ごせない性分なのか。それともなにか思うところがあるのか。その場を離れようとししなかった。
ヨシュアがファルーナの肩に手を乗せる。うなだれたファルーナは、酷く悲し気な表情を浮かべている。
気落ちするファルーナ。ヨシュアはそんなファルーナの頭を撫でて、そっと抱き寄せた。
「…言ったろ? すべてを救える訳じゃない。そんなのは俺もわかってる。行こう。今夜の宿を探さなくちゃ」
ファルーナがヨシュアに身体を預ける。今にも泣き出しそうなファルーナを、ヨシュアはいつまでも優しく抱擁していた。
「いや、お前ら、そんなん、それこそ宿見つけてからやれや」
ベルの冷静なつっこみ。
そしていつの間にか衆目を集めていたファルーナとヨシュア。やっと周囲の視線に気づき、耳まで赤くなったのは言うまでもない。
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