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「アタシもトイレ」 「はいよ」  笑顔で手を振るカナエには、悪いと思うけど確めなくちゃいけない。  それも、今すぐに。  慌ててミナト君を追いかける。  もし、アタシの想像通りだったら、トイレよりも玄関の方が、捕まえられる可能性は高いはず。  一瞬だったけど、嗅いだ事のあるオリエンタルの匂い。  間違えるはずがない。  あれはアタシと同じ。 「やっぱり居た」  トイレではなく、玄関の灰皿の前で美味しそうに煙草を吸っている彼。 「煙草だったら、わざわざこんな所じゃなくて、吸えば良かったじゃん」 「吸わないヤツの前では控えてるんだ、トラブルのもとだからね」  やっぱり、面倒くさいヤツだ。  アタシは彼の前まで行き、昨日と同じように手のひらを差し出す。 「カギ、返して」  さっきまでのつまらなそうな顔を一変させ、彼は皮肉っぽく片方の唇だけあげる。 「やっと気付いたのか」  そして煙草を咥えたまま、ポケットからカギを取り出しアタシの方に投げる。  やっぱり、昨日のバーテンにとられたアタシのカギだ。 「そのまま気づかないかと思ったよ」 「昨日と全然違うから分からなかったよ、優等生のミナト君」 「オレだってビックリしたさ。付き合いで来た飲み会に、昨日たまたま会ったヤツがいるなんて思わないだろ」  ま、オレはすぐに分かったけどね。 と煙草を吸いながら、意地悪そうに笑う。 「随分な変わりようだけど、そっちが地なの?」 「そう。でも大学では大人しく優等生のフリしてた方が楽なんだよ。一応特待生で入ってるからね」 「ふーん、大変なんだね。でも、昨日アンタにされた事もあるから、同情しないけど」  あの固い漫画喫茶の床で、夜を過ごしたアタシの気持ちがわかるか。  メッチャ、痛かったんだから。 「同情? そんなのはいいよ。好きでやってんだから。それよりさ、黙ってろよ」 「バーで働いてる事? 毛皮の女と付き合ってる事?」 「両方。ナオキにはコンビニでバイトしてるって言ってるからさ。  アイツなんか貧乏なオレが、一生懸命バイトして大学いってるなんて尊敬する。とか言って変な夢見てんだよ」 「あれだけ女っ気がなさすぎて真面目だ。って褒めてたミナト君が、実は遊び人だなんて知ったら、ナオキ君もビックリだろうな」 「アイツ、人はいいんだけど、見る目がないんだ」 と楽しそうに言う。  なんだかんだ言って、嫌いじゃないんだな。  確かにナオキ君は、イイ奴ではある。  だけど友達止まりみたいな。損する役回りだよね。  アタシは同意するかのように、肩をすくめる。 「で、黙っててくれるの?」 「別にいいよ。害はないし」 「サンキュ。今度デートでもしてやろうか?」  は?  どんだけ自意識過剰なんだよ。 「そんな事したら彼氏に怒られるから、しない」 「大変な時に頼れない、役立たずな彼氏な」  アタシは言葉に詰まる。  それは本当だけど、他人に指摘されると傷つく。 「慰めてやろうか?」  余程変な顔してたのか、言われた言葉に気をとり直す。 「いらない。そのかわり、カナエの事ちょっとでもイイから考えてやってくんない?」 「はあ?」 「知ってるでしょ、アンタにマジみたいだからさ。デートの一回ぐらいしてあげてよ」  あの素っ気なさでデートすれば、いくら鈍いカナエでも脈なしだ。って気づいて諦めるだろう。 「ふーん」  ミナト君は少し考えてから言う。 「アンタがそれでイイならいいよ」  良かった。  これでアタシは、もう二度と変な飲み会には誘われない。 「それとさ、アンタにミナト君って呼ばれるとからかわれてるみたいで気持ち悪いから、呼び捨てにしろよ。大学生ごっこの続きみたいだ」 「アタシには大学生ごっこの続きしなくていいの?」 「今さら。バレてるのにしたって無駄だろう?」 「オーケー、ミナト。じゃあ、アタシもアンタじゃなくて、エマでいいよ」  カナエに言えない秘密が増えた。  けど、これぐらいなら許してくれるだろう。  もう二度と逢う事も、ないかもしれないし。 「やっぱりアンタはヒドイ女だ」  ポツリとミナトが言った一人言を、アタシはわざと無視をした。  でも、それは失敗だった。  その時、アタシはちゃんと返すべきだったんだ。  誰が?  誰と比べて?と。
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