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第4章
教室の机で、吉田の母親に作ってもらった弁当を食べようとしていると、前の席に座っている女子 若田さくらがこちらに椅子を向けて話しかけてきた。
「吉田くん、いっしょにお昼食べよ?」
「ああ、いいよ」
若田がピンクの包みを開くと小さな弁当箱が姿を現した。
「そんなんで足りるの?」
「うん、私小食だから……」
若田は照れ臭そうに顔を下に向けた。
二人とも無言で弁当を食べていると、若田が唐突に口を開いた。
「今日の吉田くん、何だか変だね。吉田くんじゃないみたい」
「俺は俺だよ。委員長こそ今日三つ編みじゃないじゃん。委員長じゃないみたいだよ」
「その『委員長』って言うのやめてよ。私見た目から『委員長』ってあだ名付けられてるけど、別に委員長キャラじゃないし……
それにそんなに頭が良いわけじゃないから」
少し躊躇うような表情をした後、若田が続けた。
「……だからね、思い切ってイメチェンしようと思って、三つ編みやめてストレートヘアーにしてみたの」
「ふーん」
そう返事をすると、俺はまじまじと若田を見つめた。
「何?何か顔に付いてる?」
「うん、目と口と…それに鼻」
「バカなの?」
「割と自覚はある」
二人して笑いあう。そういえば吉田の姿になってから、こんな風に笑ったのは初めてかな。いつになったら元の俺……黒田みのるに戻れるのかな? もしかしたら一生このまま吉田の姿のまま……
「吉田くん?」
「ああ、ちょっと考えちゃってさ…… 若田はいいよな。見た目が変えられて。俺はこの通り白人ハーフだから白い肌も、金髪碧眼も変えることはできないからさ」
「吉田くんはそのままでいいと思うよ。中身コテコテの日本人だし、それに外見とのギャップ萌えだわ」
そう言うと若田はニコッとほほ笑んだ。
「公衆の面前で己のフェチズム全開にすんな。……でも、ありがとう。俺は俺。この外見も、日本人としてのアイデンティティも含めて俺、吉田健一なんだよな」
午後の授業も吉田の事、そして日本で生まれ育ったハーフや物心つく前に日本へ来て日本で育った外国人の事などなど…そんなことばかり考えていて、授業はすっかり上の空だった。
「吉田のヤツ…苦労してきたんだな」
下校中うっかり口に出してしまい、慌てて自転車を停めて周囲を見渡す…良かった同じ学校の生徒は居ない。
心なしか自転車を漕ぐ足がフワフワして、まるで雲の上を自転車で走っている…そんな感じがした。
その日は一日吉田健一であったせいか、ひどく疲れて、吉田の母親との気まずい夕食の後、風呂に入ると直ぐに床に就いた。
「明日もまた、吉田でいなきゃいけないのか。神様、もう吉田をイジメません。どうか元の黒田みのるに戻してください」
暗闇の中、見慣れぬ天井を見つめていても
神様からの返事は無かった。
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