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――じゃあ、私にとっては?
友達以上であったことは確かだけれど、あの表情に敵う気はしなかった。
それからなんとなく臆病になってしまって、更には大学、就職と忙しくなって社会人になってからはうっかり入ったブラック企業で忙殺されて、恋愛どころではなかったので。
二十代後半に差し掛かっても、やっぱり友情と恋の境い目はわからない。なのに、ある日いきなり更なる難題が降りかかった。
待ち合わせのカジュアルレストランで、母親とふたりで待っていると背の高いスーツ姿の男性がテーブルに近づいて来る。顔を上げれば、怖い程に整った顔が真直ぐに琴音を見つめていた。
切れ長の目と漆黒の瞳は、一見鋭く冷ややかな印象を受ける。しかし次の瞬間柔らかく微笑むと、記憶の中にある子供の頃の、優しい表情と重なった。
「……閑ちゃん」
琴音がそう呼ぶと、苦笑いをして首を傾げた彼の黒い前髪が、さらりと揺れた。女にしては高身長の琴音が見上げるほどに、彼の方が高い。
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