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彼――二宮閑は、昔馴染みで姉の恋人だった人だ。付き合ったというのも別れたというのも、姉からちらりと聞いただけだけれど。
他の家族に知られたら恥ずかしいからと秘密の交際のようだった。だから、両家の親は全く知らないのだろう。
「閑くん? まあ……立派になって!」
母親の弾んだ声に、彼の目が琴音から逸れた。
「ご無沙汰してます」
綺麗な姿勢で、腰を折る。礼儀作法に口うるさい母親が喜びそうな、優雅な所作だ。さすが閑ちゃん、小さな子供の頃は彼は王子様に違いないと思っていた。いや、そうじゃなくて。今大事なのは思い出を古びた引き出しから探し出してくることじゃない。
「何年ぶりかしら、懐かしいわ」
「確か高校受験の頃に、家族で会ったのが最後なので……十五年ぶりですね」
彼は、ここには来ないと思っていた。強引な顔合わせの席だ、断り切れなかったのかもしれないが、何か適当に理由を作って当日は現れないだろうと思っていた。だって、この席は『結婚』を前提としたものだから。
姉と付き合っていたのに、彼が琴音を選ぶはずがない。
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