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「そうですか? 俺は綺麗になったと思いましたけど」
穏やかで耳に心地よい低音に聞きほれてしまい、言葉の意味を理解するのが一瞬遅れた。カップに口を付けひとくち含み――ん? 今なんて?――と遅ればせながら視線を上げる。
切れ長の目を細めて存外穏やかな表情で見つめる視線とぶつかって、今度こそ紅茶を噴きだしてしまった。
「げほっ……んんっ」
「ちょっと、何をしてるの。ほんとに落ち着きがないったら」
母親に背中を摩られていれば、向かいの席で彼は肩を揺らして笑う。くしゃりと崩れた笑顔に、子供の頃の思い出が重なった。
『泣き虫だなあ、琴音ちゃんは』
そう言って手を差し伸べた、ちょっと大人びた笑顔の頃から、変わっていないような気がした。
かあっと顔に火が点いたように、熱くなる。どくんと高鳴った心臓を押さえるように、胸元に手を当てた。
子供の頃の憧れで、終わった気持ちだった、はずなのだけれど。
――憧れと恋の境い目って、あるんだろうか。
友情との違いすら曖昧な自分に、ふっと沸いた難問だった。
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