転がる石

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1  真夜中、日付が変わった頃、奈江山昇大は考えごとをするため、それと一人になりたくて磯山という、この辺り(神奈川県の辺りで特に昇大が住んでいる珠喃市)の中で有名な山に一人で来ていた。  昇大は頂上で考え事をしたり、落ち着きなくウロウロしたりしていた。  なぜあんなことになったのだろうと後悔の気持ちが胸から離れなかった。  1時間ほど経った頃、山の頂上の中心にある森の中の深い場所に入っていて、ちょうど中心あたりにくると広場があり、その更に中心に石が積み上げられているを見つけた――。 2  昇大は三年前にある整備関係の中小企業に入社し、それから業績をどんどん伸ばし若きエースとして、上の人間にも気に入られ出世を期待されていた。  今日の帰り際に昇大を特に気に入っていた部長の内藤天明(ないとうてんみ)の小さい息子が会社に遊びに来ていた。  昇大は玄関から出ようとした時に内藤の息子が駆け足で玄関に向かってきて昇大にぶつかってしまう、昇大はなんともなかったが、息子は尻餅をついて大泣きしてしまう。  玄関での出来事だったので大騒ぎになり内藤を呼び出すほどになってしまった。  内藤は会社より家族を愛する人間で特に一人息子にはかなりの愛情を注いでいた。昇大は内藤のお気に入りだったが、内藤は昇大が息子を泣かせたことを知り、態度は急変した、口では笑顔で許してもらえたが何か違う。昇大は自分の出世街道は終わったと思った、あと名前負けしてしまうと。  ――そんなことがあり現在昇大の精神状態は良くなくて、今急にピエロが目の前にきて自分を脅かしたら本気で怖いからもあるが握り拳で殴ってしまうくらいの怒りを備えていた。結果、積み上げられた石を得意の右足で容赦なく蹴飛ばした、学生時代はサッカーをやっていた。  昇大が驚いたのは、自分に蹴られ崩れていく石の中で、一つだけ光を灯ったものがあったからだ。 男はホタルでもいたのかと思ったが、そうではない。明らかに石の形をした物が転がっていく。 その石は、この辺りだけで有名だったこの山をもう少しだけ有名にした町まで一直線で降りられるという登山者名物を下り始めた。転がりながら光続けている。  石はぴょんぴょんと生きているみたいになかなかのスピードでかけ降りていくが、昇大の方もなかなかのスピードで追いかける。 全力では走らなくてもいいくらいのスピードだが、時々スピードをあげて捕まえようとしても失敗してしまう、そして追いかけながら街まで降りてしまった。  もう朝日が出ていて、石は光ってるのはわからなくなってるが勝手に動いてるだけで異常、それとそれを走って追いかけてる昇大を、起床して外に出てる人たちは変な目で見ている。  それから更に4時間ほど走り続け昇大の体力は限界に近かった、街の真ん中辺りに来ていた、その時なぜか石は動くのを躊躇ったように一瞬止まり、昇大はそのチャンスを逃さずようやく石を捕らえた。 「やったぜ、やっと捕まえた……はぁはぁ」  息切れして膝立ちの昇大が、ふと右側を見ると街一番の名家が建っていて、おそらく散歩をしていたこの街の市長でありこの家の家長である男が昇大の手にある石を驚き混じりの表情で真剣に見つめていた。  市長は笑いかけ話しかけてきた「疲れてるな、食事でも出そうか?」  俺の記憶はそこで止まっている。そのあとの自分の行動を全く覚えてない。  今俺は市長の食事場とおぼしきテーブルに座っている。手には何もない。 3  昇大は2LDKはある部屋の中心にある細長く大きい白いテーブルクロスが敷かれた白いテーブルの左側中央の席に座っていた。  しばらくテーブルに敷かれた立派なテーブルクロスを眺めていると昇大から見て左側おそらく家内の中央部屋の扉が開き市長が姿を表した。  市長は俺の向かいの椅子に座り満面の笑顔でご飯を出そうか?と聞く。  昇大は「石は……」と呟く。市長は「ん?」と聞き返し笑っている。  昇大は続けて「石は何でなくなってるんですか?」と聞く。 「……さあなんのことかなぁ?」市長はそう言い考えるポーズを取る。顔は笑っている。とても楽しそうに。  市長は「それより食事がもうすぐ出てくるから食べていってよ、美味しいから」そう言った市長の笑顔はいつも街の集会で見せてるような自然なものとなっていた。そして中央部屋に戻っていった。  昇大はこれは石がなくなったことと、あの石が何かはわからないがおそらく石のことを口外しないこととの交換条件だと悟った。  よくある展開だ。昇大は少し悩んだ様子を見せてから食事をありがたく受け取ることにした。よくある展開では主人公はこうしていた、これが賢い選択だと思った。  すぐにお手伝いが食事を持ってきて昇大はその食事に手をつける。  食べ終えたあと、昇大はお手伝いに「食事ありがとうございました、美味しかったです」と言う。 お手伝いは「それは良かったです」と返し笑顔を見せる、結構な笑顔だった。続いて「もうお帰りになりますか」と昇大に聞く。  昇大は「いや市長にも挨拶したいんだけど」と言う、その時お手伝いは急に真顔になり「家長は今手が話せないので私から伝えておきます」そう言った、少し焦りも見られたように思えた。そして笑顔に戻った。  昇大は内心疑惑を感じていたが「わかりました」と言って名家を後にした。  昇大は家に帰ってから、取り敢えず今日は仕事がオフだったので走り疲れてたこともあり寝ることにした。  そのあと16時に目覚ましで起きた、この時間は部長の退社する時間だと知っていたからだ。そのまま何回も練っていた謝罪の内容を思い返し少し時間が経ってから部長に電話をかける。しかし着信拒否で繋がらずLINEなども試すがブロックされていた。  昇大はあきらめてもう一度寝ることにした。  そのあとまたふと目が覚め部屋の前の彼女がくれた木製の向日葵を模した時計を見ると21時を過ぎていた。昇大はテレビで特番がやる時間だと思い、寝る前から付けたままにしていたテレビを見た。その瞬間昇大の眠気が吹き飛んだ。  特番のミステリー番組で珠喃市の伝説の石の紹介をされていたのだ。その石はその石を持っている人間の一番叶えたい願いを読み取り叶えてくれる石だと番組の冒頭で紹介された。昇大は読み取りと聞いてコンピュータみたいだなと思った。続いて石の歴史や時空を越える話等どんどんオカルトチックになっていき、最終的にパラレルワールドまで話が飛んでいた。  そこまでが中盤くらいで時間は22時くらい、そこから昇大は次のコーナーの石の発見者登場!?という見出しを見て度肝を抜かれた、間違いなく市長が出ると思った。  しかし出たのは全くの別人だった。横浜に住むNさんという市長とは似ても似つかない体格の人物が顔にモザイクをかけられいかにも知ったようなことを言っていた、願いは叶えないんですかと聞かれ、それには複雑な手順があってと言い訳していた。手順について言いたくなさげだったがしつこく聞かれ渋々説明させられていた。  Nの願いを叶えるための手順の説明が終わり番組も終わった、途中Nさんの叶えたい願いは、という質問も出たがNは私にもまだわかりませんとはぐらかし会場を沸かせていた。最後は司会者が石を安易に探すのは危険ですのでお止めくださいとわけのわからない忠告をして締めた。  時計を見て23時半かと呟き昇大は寝た。 4  次の日昇大はいつもより早く会社へ行き、部長の元へ駆けつけた。しかし部長や社長等、上役が集い仕事をする部屋に向かうが、4階最上階にあるその部屋に唯一辿り着ける2階のエレベーターの前にある、その部屋直属の会社員を通すかどうかを判断する受け付け嬢に事情を説明するが、いつもだったら軽い用でも通れるが今日は部長は不在のための一点張りで通れない。  昇大は以前本人に聞き知っていた今日は息子の運動会の前日だから頑張って働くと。だから今日は内藤は出勤している……。  昇大は自分のオフィスへ行きデスクへ座ると、全体の20人の半分くらいがチラホラ昨日の特番の内容を話す声が聞こえてきた。あと昇大が来たのを知り憐れみの視線を送ってくる人間もチラホラ。  昇大はその視線を気にしないで昨日の今日で普通に同僚とも話せるわけがないと思い、特番の会話にも参加せず仕事に打ち込んだ。だがその合間にネットで昨日の特番の情報や伝説の石自体の情報を調べた。  定時になり昇大はタイムカードを打ち、帰り仕度をしていると後ろから肩をポンと叩かれた。振り向くと内藤が立っていた、昇大は立ち上がりお疲れ様ですと言い昨日の件の謝罪をするが、内藤はいいよいいよとどうでも良さそうな感じで言う。それから一言、君6番部署に異動になったからと言った。  昇大は唖然とした。この会社には部長以上が揃って仕事をする上役部屋と呼ばれる部署と、あと業績順で並べた6個の部署がある。  昇大が今いる場所は1番部署、一番業績の良い部署だ。6番部署は最も業績の低い所謂"窓際"部署だった。  昇大は出世の道を失ったも同然だった。部長はそれだけ言い部署内にお疲れと言いながら出ていった。  チラホラだった哀れみの視線はほぼ全員に変わりその視線に耐えながら昇大は荷物をまとめ1番部署通称エリート部署を後にし帰宅した。  家に帰ってから家の電話に留守電があることに気づく、別れた彼女からだった。内容はあなたが忘れられないやもう一度会いたい等だった。  彼女はありきたりな言葉を使うことが好きな女性だった。昇大は彼女に愛想を尽かせていたから、ありきたりな言葉が余計わざとらしく感じられイラつきすら感じた。  昇大は彼女の演技掛かった仕草が好きではなく、愛想を尽かせて別れた理由は半年前ちょうど仕事に軌道が乗って来た時に、ありきたりに仕事より私を大事にして、と彼女の"桜井未琴"が良い放ったからだ。  昇大から一方的に別れ話に持ち込み強引に別れた、未琴は泣いていた。  昇大は未琴に対する嫌悪感や罪悪感は残っていたが自分の今の状況を誰かに聞いてほしいと思い、会うことにした。 5  待ち合わせをしたのは一週間後の13時。付き合ってる間よく待ち合わせに利用した昇大と未琴の共通の最寄り駅前の喫茶店。未琴がここを指定した。昇大はここを指定したということは未琴に寄りを戻したいと言われると感じていた。おそらく断ることになるだろうが。  この一週間昇大は会社では部署は変わったが基本的な仕事内容は変わらず仕事自体はやる気は全くないが前と同じようにこなしていた。プライベートでは石についてもっと深く調べ願いが叶うというのはネット等でも多くの意見があり、昇大の中で真実味が少し増していた。その中には本当であってほしいという期待も混じっていた。  現在12時半昇大は喫茶店に既に来ていた、早く会いたいという気持ちがあるわけではないがなんとなく。  昇大が石や会社のことを考えている内に13時直前になり、未琴が慌てたように笑顔で小走りで来た。  立場が付き合ってる時と逆になってることに未琴は驚いただろう、昇大自身も内心その事実に気づき驚いていた、丸で自分が会いたがってるようではないかと。 「ごめーんギリギリになった」と自分の頭をコツンと叩きながら笑顔を作り未琴は謝罪する。  その様子に少しだけイラつきを覚えながら昇大は「大丈夫だよ」と優しく言う。これも昇大を悩ませてることなのだが昇大は未琴に対してよっぽどじゃないと強く言えない、それで付き合ってる間はストレスで胃を痛めていて胃薬に助けられていた。  話は未琴の急にごめんね、から始まりそれから今までどうしてたか等核心には触れないように回りくどく会話を続けていた、ある時会話が止まりそれから急に未琴がそれで、と言った。 「昇大くんは今付き合ってる子いるの?」  昇大は考えるふりをし未琴を焦らしてからいないよと答えた。それに対して未琴は良かったぁとホッとした風に笑顔で胸を撫で下ろす仕草をし、それから突然に真剣な顔になり声を低くし、なら私と寄り戻さない?と一番大事な部分でお得意の演技掛かった仕草を使い聞いてきた。  昇大は次は本当に頭を悩ませ考えてから、それでも決められず眉間にしわを寄せ目をつむりながら「考えさせて」と答えた。  未琴は悲しみが混じったような戸惑った表情をして、わかった待ってると答え、今日の私の用事はそれだけだからと昇大に言った。  それは用事は済んだし良い返事をもらえなかったからもう帰りたいというサインだと昇大は思い、うんじゃあまた連絡すると言った。  未琴は席を立ち、私次フラれたら石にお願いしようかなと呟いて昇大に背を向けた。  未琴の驚いた顔が目に入った。  昇大は席を立ち未琴の肩を掴んでいた、無意識に。未琴が石を持ってることをほのめかす言葉を吐いたからだ。  昇大はもう少し話しない?と未琴に言った、未琴は目を細め少し考えてからコクンと頷いた。  未琴が座ってから昇大は質問する。「石ってテレビで紹介されてた願いが叶う石のことだよね?」  未琴は頷く。  昇大は未琴にその石を持ってるの?と聞く。  未琴は持ってないけど、と言い、ここで昇大はまた演技掛かった出任せかと思ったが、それから未琴は手に入る方法なら知ってると答えた。  昇大はしめたと思った、未琴は石についてそれなりに知っている。  それから昇大は未琴に石について知ってることを洗いざらい聞いた。  目新しい情報はそれほど出なかったが、一つだけ昇大も知らない事実があった。  石を叶えるには条件があり、簡単には願いは叶わない。  未琴がその情報をどこで手に入れたかは聞き逃したが、それほど昇大はその情報に心をひかれていた。聞けば嘘の可能性も出てくるかもしれなくてそれを恐れたのもあるが、それ以上に昇大はこれなら市長から取り返して自分が願いを叶える余地があると思ったからだ。  叶えたい願いはもちろん、仕事で出世街道に戻ることだ。  その話を聞いたあと、昇大は未琴と別れる。  未琴は一方的に使われたみたいで少し不満そうだったが、話がたくさん出来て嬉しかったと言っていた。  昇大は真っ直ぐ自分の家、月7万円のアパートに戻り、市長から石を取り返す計画を立て始めた。 6  未琴と会った日から2週間が立った。現在昇大は市長の家の前にいる。手にはカバンを持っている。  石を取り返すための準備をしてきたのだ。  まず昇大は市長の家の門についているインターホンを押した、ピンポンと一般庶民が使っているものと同じ音がした。  はーい、と声が聞こえ、どなたですかと聞かれる、この声は前に会ったお手伝いの声だ。  この前食事をごちそうになった奈江山ですと答えると、何の用事ですかと聞かれた。  この前のお礼に手土産を持ってきたので市長に直接渡したいんですがと言うと、少々お待ちくださいとインターホンを切られた。  少し待つとお手伝いが玄関から出てきて、家の中まで案内してくれた。敷地内を通っている時に昇大はあっけにとられていた。こんなに簡単に市長に会わせてくれるのは計算外だったからだ、土産だけならお手伝いが預かると言われると思っていた。その時のための手段も用意していた、  前の食事部屋の前まで案内された。ノックをして部屋に入ると部屋の奥に市長がいた、部屋の中心に白く長いテーブルがあり、その中のこの屋敷の中心に一番近い真ん中一番奥の席に市長は座っていた。  市長は言う「お土産なんてわざわざいいのに、一応お礼は言っておくよ、有り難うね、どうぞ座って」  昇大は出口に極力近い下座の席に座った。  それから市長は「どうせなら君もそのお土産一緒にどうだ?」と言い、「すぐに帰る気はないだろ?……石のことを聞きに来たんだから」と不敵な表情で続けた。  昇大はもう驚かなかった、これは想定内だった。 昇大は「はい、石についてテレビを見て知って、取り返しに来ました」と返した。 7  市長は口角だけを上げて笑う。そして「それを私が許可をすると?」と言い、それに私の手元に石があるとは限らないよ、確信はあるの?と昇大に聞いた。  昇大は真剣な顔で「それはあなたが知っている、そしてあなたは私に石を差し出せばいいだけだ」と言った。  市長は声を出して笑い、拍手をし、素晴らしいと言い、それから「強気だな、さすがその歳でエアースポーツの出世街道に乗れるだけある」  エアースポーツとは昇大のいる会社の名前だ。  市長は続けて「そうだ、せっかくだから石の願いの叶え方を教えてあげようか」  市長は一瞬黙り真剣な顔でこちらを見つめ、実演でと呟いた。  それから市長は石をお手伝いに持ってこさせ、願いを叶えるための条件を説明し始めた。  石は願いを叶えたい人間の名前を書くことで叶うらしい、市長は石に自分の名前を書いた。  昇大は止めようとしたがお手伝いに取り押さえられ、市長が名前を書くのを見ているしか出来なかった。  市長が名前を書いてから1分ほどした時に、石は光だし、その光は周りが見えなくなるまで強くなり、その後昇大の視界はブラックアウトした――。 ――次に目が覚めた時、昇大は自分の部屋にいた。  だが窓から見える景色が大きく変わっていた、田舎だった街が、映画に出てくるような近未来に近い都会になっていた。  昇大の部屋からでも見える街の真ん中に立つこの町一番の会社のビルも遥かに大きくなっており、屋上に建っている看板には社長の名前として市長の名前の大木伴史(おおきともし)と大きく書かれていた。 「なんだここは……」昇大は目の前の光景を見て咄嗟に呟いた。世界が変わっている。  もう一つ昇大を驚かせる事実があった。  昇大は石で誰かの願いが叶った後、それによって起きた変化の、変化する前の事実は人の記憶から消えるという情報を持っていた、しかし昇大の記憶は消えていない、市長が石を使って世界を変えたという事実を知っている、この世界にはその事実は無いのに。 「石に触った人間は記憶が消えないということか……?」昇大は再び呟いた。  昇大は外に出た、何故か無償に逢いたくなったのと、その人物の記憶を確かめたく未琴に連絡をした。  今から会いに行くことになった。  未琴の家は昇大の家から車で15分ほどで行ける、昇大は車を持っているがあえて徒歩で行くことにした。街の状態をじっくり見たかったからだ。  街は大きく変わったが人には見てわかる変化はなく大騒ぎするでもなく普通に生活している。昇大は思った、この世界の住人にとってはこの世界が当たり前の普通なのだ。ただ所々で不幸を匂わすような家があり人がいる。  前の世界では普通の家だったところが今は空き家同然の見た目で全体的にボロボロで蔦が窓のところに絡まってる、一階の窓が割れていて外から中が見えた。ホームレスのような風貌の人が布団の無いベッドで寝ている。  そんなような家や人を時々見掛けた。  歩いている途中、洗濯物を外に干していた高齢の女性にこの状況の理由を聞いてみると、元市長が社長をやっている金融会社のせいで一部の人はお金が回らなくなり、それで別の家を襲ったり、泣き寝入りしてホームレスになったりしてるそうだ、ボロボロの家は襲われたかららしい。  これを聞いた昇大はその年でそんなことも知らないのと常識知らずに見られた。  1時間ほど歩いて未琴の住むマンションについた。  未琴はマンションで独り暮らしをしている。実家が金持ちなのだ。  未琴の住む部屋の前まで行きインターホンを鳴らす。  未琴はインターホン越しにはいと言い、昇大がごめん遅くなったと言うと、声が高くなり待ってて今開けるからと言う。  ドアが空き、未琴が出てきた。  未琴は入って入ってと言う、やっぱり言葉の響きは演技掛かっていた。  変わっていない。前の未琴のままだと昇大は少し安心していた。  未琴は昇大を部屋に招き入れリビングのテーブルに座らせ麦茶のペットボトルを出した。  これは付き合ってる頃に昇大が未琴の家へ行った時の習慣だった。  昇大はその頃と同じようにそれを受けとりすぐに飲む、貰い物に弱いのだ。  未琴は昇大の向かいに座り、今日はどうしたの?と昇大に聞く。  昇大は世間話から入った、最近のことなど。 そうして少しずつ前の世界との違いと未琴の今の生活と記憶を探ろうと思ったのだ。  10分ほど話すが前の世界との違いは既に見て知ってる情報ばかりだった。市長と市長の会社のこととホームレス同然の市民のこと以外に大きな違いがなかった。未琴の生活は特に前の世界と変わらず記憶だけ違っていた。  石の伝説のことは知っていたがテレビで流れた内容やその後に昇大と共有した新しい情報を知らなかった。  やっぱりそうだ、前の世界で石に触れたり直接関係している人物の記憶はそのままでそれ以外の人物の記憶はおそらく書き換えられていると昇大は確信した。  知りたいことを知った昇大は未琴に次会える日を告げ、家を後にした。  家から出た後に昇大は会社のことを思い出した。連絡が来ていないということは今日は休みなのだと安心したが、明日は出勤だろうと思い会社の今の現状も知りたいと思い、家へ帰るため歩き出した。  家に帰った後は石について知っていることを紙に書きだした、幸い忘れていることはなく順調に情報をまとめることが出来た。しかしもしかしたら忘れてることすら認識できないように記憶が書き換えられているかもしれないと不安が頭をよぎった。  石の情報についてまとめた後、歩き疲れたこともあり眠気が強くなったので、ケータイの目覚ましをセットし明日持っていくものを用意し眠ることにした。昇大は歯を磨き寝巻きへ着替えベッドに横になった。  昇大はこの豹変した世界のことでまだ明確になってないことがたくさんあり、複雑な心境だったが一旦気持ちをリセットして切り替えた。  昇大はもやもやし出すと眠れなくなるからだ。気持ちを仕事に向けて昇大はそのまま眠った。  目覚ましが鳴り昇大は目覚めた。  ベッドから出て洗面所へ行く。顔を洗い歯を磨き寝室へ戻りスーツに着替える。  昇大は出発前の準備を嫌う。焦ることで精神状態の余裕を保てなくなるからだ。なので出掛ける寸前の準備は最小限に抑える。  昇大は外に出て車に乗り会社へ向かう。  30分ほどで会社へ着いた。前の世界と同じ位置に会社はあった。会社は外見は特に前の世界と変わりはなく入り口をスーツを来た人間が行き来しているので機能もしてそうだと昇大は思った。  中へ入るが中も特に変わりはなく昇大は安心した。  昇大はそのまま自分の部署――窓際部署へ向かう。  仕事内容は変わらないが仕事の量が前の世界より遥かに少なかった。少ないどころか無いも同然だった。前の世界からこの部署は簡単すぎるぬるい仕事だと思っていたが、これでは手に余りすぎる。  昇大は前の部署だったらこの世界でも仕事はあったんだろうと思い、目の前の前はぎっしり埋まっていた今は空白に近いメモ帳を見て急速に仕事に対する熱意を失った。部長の子供を泣かせた事実はこの世界でも残っている、前の部署にはもう戻れない。  仕事中どうしても世の中のことが頭から離れずどこか上の空で仕事をしていた為定時が来るのが遅く感じた。集中していた方が早いのだ。  仕事の最中にふと時計を見ると短い針が定時の6時を指しており長い針が1の字を指していた。定時を過ぎている。  昇大は取り掛かっていた仕事をキリの良いところで止め帰り支度を始めた。定時は絶対がモットーなところがこの会社の良いところだ。  会社内で所々世界が変わった片鱗が見えていたが世界が変わったと認識しているのは石に関係した昇大と市長のみなので、会社の中はこの世界の状況をいつもと同じ日々として回っていた。  会社を出てすぐ昇大は未琴に連絡を取った。周りの人間が自分とは違う常識を元に動いている、そんな状況が昇大を迷子になった子供のように心細く人恋しくさせた。  そして未琴なら昇大の言葉をノーとは言わないからだ。今昇大は誰かに受け入れて欲しかった。  未琴と電話で会う約束をし、そのまま未琴の家へ車で向かった。  未琴のマンションへ着き未琴にいきなりごめんと言い部屋に上がる。  未琴はいつも通り演技掛かっていたが珍しく昇大が自分から連絡をしたからかいつも以上に明るかった。  未琴はいつもお茶を出してくるが今日は珍しくお茶ではなくビールを出しお疲れ様と言った、演技掛かっている。  おそらく仕事帰りということもあり気を利かせてそうしたのだと思う。  しかし車で来ているので昇大は断り、未琴にビールを返した。  未琴はそれを受け取り、急に明日は仕事?と聞いてきた。  昇大が明日は休みだというと、未琴は泊まっていけばと言った。その言葉は何故か演技掛かっておらず昇大の心に心地好く響き、昇大の判断力を一瞬鈍らせた。  昇大は誘われたら断るつもりだったが、今の出来事で未琴の見え方が少し変わり迷ってしまった。  結果昇大はビールを飲んでしまう。  酒好きな昇大はお酒が強くあっという間に6杯目まで飲みきった。  一気に大量に飲んだ為酔いが早く回った。昇大の頭はかなり鈍くなっている。  そんな時未琴はちょっと休んだらと言い、昇大を寝室の自分のベッドまで連れていき寝かせる。  未琴は上着を脱ぎブラジャーのホックを外そうとしている。  ブラジャーを外し履いていたズボンを脱ぎ着衣がパンティのみの状態になってから、未琴は昇大の隣に寝転ぶ。  昇大は連れていかれてる途中で酔いながらも未琴の魂胆には気付いていた。  それでも付いてきたのだ、昇大は人恋しかった。誰でも良かったのだ。  昇大は未琴にキスをされた。昇大のたがは外れ、未琴の背中に手を回し口の中に舌を入れた。  その後は付き合っていた頃のように熱くドロドロに溶け合う夜を明かした。 8  昇大は最寄り駅の前で未琴を待っていた。  生まれて初めて会社で有給を使い、連休を取りこれから未琴と列車で旅行に出掛けるのだ。  あの夜以来昇大と未琴は何度も逢い引きをしている。  昇大は仕事に対する情熱を無くし、それがそのまま未琴に対する愛情に変わったのだ。  未琴を待っている間に電話が掛かってきた、相手は――市長だった。  昇大は電話に出る。  市長は電話越しに、やあ久しぶりと言う。  そして唐突に、今から家へ来れないか?と聞かれた。  昇大は驚き、すぐに返事は出来なかったが、少し考え用事は何ですか?と尋ねた。  市長は、ちょっとやってほしいことがあるんだよ、詳しくは来てから話すよ、食事も出すからさと言い、じゃあ待ってるからねと電話を切った。  昇大は市長の権力者らしい振舞いが助長されていると思った。  昇大は未琴に電話を掛け、出発の時間の変更を伝えた。未琴は快く了解した。もしかしたらまだ準備が出来ていなかったのかもしれない。電話の声も寝起きのようだった。  昇大は車で前の世界に市長の家があった場所に向かった。  市長の頼みを聞く気は無かったが、市長と話し石についてもっと知りたいという気持ちが高まったからだ。  20分ほど車を走らせ市長の家に着いた。場所は同じだが見た目は変わっておりすぐには気づかなかった、前の屋敷のような家から、洋風の濃いめの黄色に配色された分譲マンションに変わっていた。  昇大は思った、おそらくすべての部屋が市長のものだと。  車から降りしばらく歩きながらマンションや辺りを観察していると後ろから声をかけられた「疲れてそうだな、待ってたよ」  市長だった、口調や言葉のニュアンスは石を奪われた時と全く同じだった。  しかし、今回は昇大は前のように走っていないので疲れてはいなかった。  昇大は「お早うございます」と下手に出た。内心怒りが燃え上がっていたが石のことを知らないといけない焦りもあり、下手に出た方が話を聞きやすいと判断したからだ。  食事はカレーだった、昇大はこの料理を庶民的な料理だと思っていたが一口食べたら考えが変わった、作る人間によって一流の料理になると知った。  市長に対してほんの少し畏敬の感情を抱いた。  食べながら突然、市長に石をまた探すのは大変だろうと切り出される。昇大は驚いたが黙っている。怒りの視線を市長に送る。  市長は、それから昇大にバイトをしないかと持ち掛ける。  石を探しだしてここに持ってきてほしいと。賞金もといバイト代はたくさん出すからと続けて、それに今まともな仕事ないだろといやらしい目線を昇大に送り市長は言う。 「確かにそうですね」と昇大は返す。認めたくないがこれは事実だ。  昇大は続けて「いくら出るんですか?」と市長に質問した。  市長はカレーを完食しナプキンで口を拭きながら「5000万」と即答した。その間市長の目線は昇大の目ではなく左下を見ていたが、誤魔化す感じではなく嘘を言ってる様子も微塵も感じられなかった。  昇大は驚き、疑惑の感情も浮かんだが市長のあまりにも真摯で堂々とした態度と、市長の今の立場を考えればその額を出すのは不可能ではないと思い信用した。  昇大は市長の人をおちょくるような態度ではない真剣な態度を初めて見たが、昇大が知らなかっただけでビジネスの時にはいつもこうで、こっちの方が本来の姿なのかもしれないと思った。  市長は続けて「但し、君が石を調達して、私がその石で願いを叶えた後だがな、金を払うのは」と付け加える。市長は再びいやらしい目付きになり口角をしっかり上げて笑う。  そして、更に話し始める。 「そう、以前の願いを叶えた時と同じさ。君が石を私の前まで持ってきて私が願いを叶える。」 「それに知ってるか?」 「あの日、君が石を追いかけながら私の家まで来た日、君は何かが乗り移ったように顔つきから生気がなくなり、急に人が変わったようだった、自分から私に石を差し出したんだ、おそらく石の念が入り込んだんじゃないか?その時の記憶ないだろ」 それから「だから石は私を選んだんだ。今回も、この世界でもそうなるだろう」と続けて市長は楽しそうにハハハハと声高らかに笑う。  昇大は言葉を失っていた、石が市長を選んだ?世界を滅茶苦茶にするような男を?  昇大はあまりのショックで思考停止していると、市長は「カレー食べたな、話はそれだけだ、まあ前向きに検討しておいてくれ、返事はいつでもいいから」と言い、続けて「何せ時間はいくらでもあるからな、あと別に君に頼まなくても石を持ってこれる人間はいくらでもいる。しかし私には君から何かを感じるんだ、一種の希望のようなものを。だから君ではないといけないような気もする、だから君を選ぶ」と言い放つ。  昇大は頭がまとまらず返事ができなかった。  市長はお手伝いではなく近くに立っていた側近を呼び昇大を帰すように指示する。前の世界ではエプロン姿のお手伝いの女性がこの役目をやっていたが、今はスーツを来た男性が側近をやっていた。  側近は茶髪の長髪でネクタイの色もピンクと全体的に派手で一見ホストにも見えるが、見た目に反して立ち振舞いは堂に入ていて大物の側近をやるのに相応しいと感じた。  昇大はほぼ放心状態で彼に付いていき、外まで案内された。  市長宅に戻る側近を眺めた後、昇大は車に乗り少し考え事をした、今の気持ちはまるで石を見つけた時の直前のように一人で考えたいものだった。  しかし未琴と旅行に行く計画を立てていたことを思い出し未琴に連絡した。  未琴は既に準備ができていたらしく昇大からの連絡を待っていたらしい、昇大は未琴に謝り駅で落ち合う約束をした。  昇大は車で駅へ向かう。  駅へ着くと未琴は既に着いていた。  昇大は車を未琴の隣に停め、窓を開け再び未琴に遅くなったことを詫び、そのまま駅の近くのパーキングエリアへ向かった。  車を停め、駆け足で未琴のもとへ向かった。 未琴と話しながら駅の中へ入る、目的地は東京だ。  まずは最寄り駅からこの県で一番大きい珠喃駅へ向かい、新幹線に乗り換える、そこから東京まで一直線だ。  駅にはあまり人はいなかった。土曜の午後だということもあるが最寄り駅は基本無人駅だということを昇大は思い出した。15分ほど待ち電車がやっていた。車内も人は少なかった。  前から二両目の車両の中に二人で入り、窓際に一列に並んだクロスシートの前から二番目の席が空いていたのでそこに座った。  珠喃駅まで20分ほど掛かった。その間昇大と未琴は他愛ない話をしていた。  電車から降り新幹線のチケット売り場へ向かう。チケットを先に買っておかなくて良かったと昇大は思った、昼に衝動的に市長に会いに行ったからだ。チケットを買っていたら金が無駄になるところだった。  駅の中にそれなりに人はいたが一番早い新幹線のチケットを二人分購入できた。  昇大は未琴と新幹線が停まるホームまで移動し20分ほど待ち新幹線が来たので乗り自分達の座席へ向かった。  車内を移動中、一瞬昇大の目を引くものを見かけた気がしたがそれが何なのかはわからず座席へ着いた。  車内では目的地まで3時間ほど掛かるので昇大と未琴は眠ることにした。  昇大は目を覚ました時まだ到着まで1時間近くあった、隣を見ると未琴は熟睡していた。  微かに寝息が聞こえる。  昇大は携帯電話を開き画面を見た。見たことのない電話番号から電話が掛かってきていた。  昇大は未琴を起こすのは悪いと思い今は電話を掛け直さないことにした。  昇大は再び寝ようとしたが寝付けないのでトイレに行くことにした。今気付いたがおそらく目が覚めたのは催したからだ  トイレは前の車両を通過した先にある。  昇大は前の車両への扉を通り、トイレへ向かう。  トイレを済まし戻る時、最初に通った時にこの車両に目を引くものがあったことを思い出し用心深く見回しながら通った。  しかし一つ座席が空いていること以外特に変わった点は見つからなかった。  昇大は再び車両間の扉を開け自分の座席のある車両へ戻った。  そこで驚くべきものを見つける。  自分の座席にスーツ姿の男が座っており未琴と楽しそうに話しているのだ。しかもその男は市長宅にいた市長の側近だった。  昇大はそこまで行き、側近に対し「何をやっているんですか?」と聞いた。声には少し怒りが込めた。この怒りは側近が未琴と話していたことから来る嫉妬ではなくて、市長の側近という立場の信用できないこの男が馴れ馴れしく自分の座席に座っているという事実に不愉快さを感じたことからきている。  側近は「いや、申し訳ない、出発したての頃自分の席に座っていたらあなたが通路を通っていくのを見かけたので話したいと思い、ここまで来てしまいました」と言ってから「待っていたんですよ、あなた達は座って早々寝てしまったから、起きられるのを。電話も掛けたんですがそれでも起きられなかったので諦めていたのですが、さっきあなたがトイレへ向かったのを見てチャンスだと思い、ここで待たせて頂きました。」と続け、「あ、遅くなりましたが私、内藤謙二と申します」と締めた。  話が長いと昇大は感じた。  昇大は謙二に「それで用件は何ですか?」と訪ねる。  謙二は「そうでした、そうですね、単刀直入に言うと石についてです」  昇大は驚く。  謙二は続けて「あなたに石を取ってきて欲しいと社長は仰られました、それは問題ないんですが、社長の願いを叶えるのは私は反対でして」 「あなたにそれを阻止して欲しいのです」と言う。  社長とは市長のことだ。  昇大は更に驚いた。しかし昇大は「最初からそのつもりです」と返す。  本来市長の味方であるべき側近の謙二がこの内容を言ったことに対して驚いただけで、内容自体は最初から考えていたことだった。  謙二は「わかりました、では社長に報告しますね」と言い不敵に笑う。  昇大は度肝抜かれた、そして「試したのか……」と謙二に言った。  謙二は「ええ……」と言い少し黙り、その後に吹き出し大笑いを始める。  昇大は混乱し始めた。  謙二は笑いすぎで出てきた涙を左腕の袖で拭い「冗談です」と言う。  続けて「先ほどお願いしたことが本当です、あなたがあんまりにも素直に社長を裏切ると答えられたのでついからかってしまいました。申し訳ありませんでした」 「しかしあなた方のことはまだ信用するには情報が足りないので少しだけ調べさせて頂きます。旅行に同行させて頂けたら手っ取り早く幸いなのですが……」と低姿勢に言った。  昇大は「断る」と言い放つ。  謙二は「そうですよね、わかりました、うーん、ならプライベートを漁るしかないですね、尾行したり、あ、これは冗談ではないです、私も社長の願いを阻止する為に必死なんですよ」  昇大は言葉を失った、怒りは爆発しそうだが言うべき言葉が見つからない、謙二があまりにも堂々と間違った行動をすると言ってるからだ。  数秒経ち昇大はようやく質問ができた。 「新幹線まで着いてきたのもその為なのか?」  謙二は「とんでもない、これは偶然なんですよ。先刻あなたが社長宅に訪れた後に丁度長期休暇を頂くことが出来て、手始めにずっと行きたいと思っていた東京へ行こうと思ったのです、何せ私は三年前に社長の側近の役目を頂けてから長い休暇を頂けた試しが無いんですよ、今回社長のご機嫌が今まで見たこともないくらいとても良くなっていて、長期休暇を頂けることになったのです」  昇大は「なるほど」と言い、「そこまで筒抜けに言ってくれるのを見て俺は少しあなたのことを信用した」と続けた。  謙二は目に光を灯らせ「そうですか、ありがとうございます」と言った。  昇大は「ではそろそろ席をどいてもらえませんか?」と言う。  周りの乗客が迷惑そうな目線や不審な目線を立ち話をしている昇大に送ってきていたのだ。  謙二は丁寧に謝罪し席から離れ、また会いましょうと言い自分の座席へ戻っていった。  昇大は自分の座席へ座る、隣を見ると未琴が「さっきの人、面白い人だったね、言うことは危険だったけど」と演技掛かった口調で言った。  昇大は「ああ、ホストみたいな見た目であの馬鹿丁寧はちょっと気持ち悪かったよ」と返した。  新幹線が発車してから3時間ほど経ち目的地へ到着した。  未琴と共に昇大は車内から降りた。  近くを見渡すが謙二の姿は無かった、おそらく昇大達より先に車内から出ていた。  昇大は良かった、尾行はされてないと安心した。  辺りは少し暗くなり始めていた。昇大と未琴はタクシーで予約していたホテルまで行きチェックインを済ませ、待たせていたタクシーで出発前から行くつもりだった東京タワーへ向かった。  東京タワーに着きタクシー代を払い昇大達は立ち姿のまま東京タワーを眺めた。昇大は東京タワーを見たのは初めてではないがやっぱり綺麗だなと思った、未琴は花火みたいねと感想を言った。昇大は未琴は感覚も変わってるなと思った。  しばらく眺めた後、東京タワーの中へ入った。  展望台まで上がり東京の夜景を見る。昇大はそれも綺麗だと感じ未琴も綺麗と呟いた。  しばらく眺めていると、後ろから「あれ、奇遇ですね」という声が聞こえていた。  昇大は声を聞きこれは自分に向けられたものだと確信し振り向いた。  そこには荷物を両手にたくさん抱えた謙二が立っていた。  昇大は内心関わりたくないと思っていたが無視はせず会釈をした。  謙二は「東京タワーから見えるこの景色、綺麗ですよね。私いや僕は社長の元で働かせて頂く前はよく東京に来ていたんですがその度にこの景色を見に来ていました」と言う。  昇大は気になり「謙二さんは市長の側近の前は何をされてたんですか?」と質問した。 謙二は「そうですね、最初はセールスマンでした、高卒で。今の話し方はその時に身に付いたものです。しかし長続きはせず2年で辞めました。それからは顔がいいと言われていたこともあり、京都に住んでいたんですが小さいホストクラブがありそこでアルバイトをしていました」と淡々と答える。  そこまで聞き昇大はやっぱりなと思った、今でもホストの雰囲気は染み付いてる。  謙二は話を続ける「その仕事は楽しくずっと続けていこうと思っていました。2年目に正社員に上がり合計4年ほど続けました。4年目のある時女の子を連れて社長が来店され、その時は市長だったかな、それが3年前でその日から色々あり今の仕事に着くことになりました」  昇大は好奇心で「ホストから側近になるまでにはどんな過程があったんですか?」と聞いた、このやり取りを面接みたいだと昇大は思った、また聞いてから失礼だと気付き後悔した  謙二は腹を立てた素振りを見せず申し分けそうに「その話は口止めされているので話せません、申し訳ありません。ただ僕のどこかが社長の琴線に触れたということだけ言っておきます。本当はホストをしていたということも言うなと言われてるんですが、社長は世間体を気にされる方なので。しかしあなたには隠し事はしない方が賢明だと思い話しました」  謙二は真っ直ぐ昇大の目を見て言った「あなたは社長の暴挙を止める方ですから」  それから笑って「と僕は思っています」と謙二はおどけた。  それから謙二は更に「その為にこちらももっと深い部分の情報を渡せるように、あなた方のことをもっと知り信用度を上げたいのです。しかしあなたはあまり協力的にはなられないので困ってます。まあ無理にとは言いません、こちらにも調べる手段はあるので。なので調べることだけはすると今断っておきます。これも信用して頂くために言っておきます。しかしあなたが心配されているような尾行等はしませんので安心してください。関係を悪化させたくありませんので」 「失礼ですがあなたは駅から出る時辺りを見回してましたよね、それからタクシーに乗り込む時と東京タワーへ入る前も。ですので本当に尾行などをされるのはお嫌いなんだろうなと感じたんです」と続ける。  昇大は内心に怒りを抱え言った「尾行したのか」  謙二は「今日限り、ですよ。今日であなたがプライベートを侵害されるのもとても嫌う方だということがわかったので、もう二度としません。あなたとは良い関係を作っていきたいので」と答える。  続けて「今日駅から東京タワーまで来たあなた方を見て充分わかりました。あなた方は本当にただの一般人で変な繋がりを持っていない。例えば社長に敵対する組織等と。そういったものは見られず本当に観光を楽しんでいた。そこまで見てほぼ完璧に信用しました」と言う。  昇大は「もうこれ以上俺達の邪魔はしないでくれ」と言った。  謙二は「そうします。知りたいことも知れたので。あとさっき言ったようにあなたとは良い関係を作っていきたいのです。ではここでお別れしましょう。ご安心下さい、もう東京では接触することはありません。本当に偶然会わない限りは。ですが地元に戻られた後は幾度か連絡をさせて頂きたいと思います。何度も言いますが僕は社長の願いを阻止するために必死なのです。電話番号を勝手に調べたのも申し訳ありませんでした」と応える。  謙二は少し黙り、目だけで下を見る。そうすると長いまつげが際立つ。  昇大も一気に捲し立てられて言葉が出ない。この階には今は昇大達以外誰もいないので辺りはしんとする。  謙二は口を開く「それくらいですね。ではお邪魔しました、失礼します」  そう言い謙二は荷物を再び持ち、昇大達に背を向け歩き出す。昇大達は口を開かずそれを眺める。  出口まで歩いた時、謙二は急に昇大達の方に振り返り大声で話し出した、石は現在アメリカにあります!と言い、続けて、調べればわかるはずです!では本当に失礼しますと。  それだけ言って再び出口を方を向き扉の奥に入っていった。  昇大は呆然としていた。一気に餌を与えられた気分だ、謙二という同じ志を持つ仲間、石の現在のありかの情報、両方とも市長と戦うために欲しかったものだ。  昇大は少しだけ心強い気持ちになった。  ふと隣を見ると未琴は不貞腐れた顔をしていた、長い間放っておかれたからだ。  昇大は謝罪し、そろそろ出ようかと未琴に聞く。未琴は昇大の目を見ずに頷く。  二人は出口に向かって歩き出した。 9  東京タワーを出た後昇大と未琴は買い物をしホテルへ戻った。  現在は深夜で昇大はベッドで寝ながら携帯電話で石について調べていた。隣では未琴が寝ている。  調べてわかったことはアメリカミネソタ州南部にあるミネソタ川に時々光る石が流れているのを目撃した人が多いということ。しかしその情報が載ってる数少ないサイトでは大抵、伝説の石の噂は知っているがそんなものは存在しない。ただのまやかし物だ。など否定的な意見が書かれていた。  昇大はそれは仕方ないと思っていた。仮に石を見つけられたとしても叶える方法を知らない人がほとんどでそれ以前にアメリカの大河に流れる石を捕まえるのは困難だ。信じられないのも無理はない。しかし意外だったのは伝説の石について知っている人間は多かったことだ。だが納得は出来た、伝説の石は願いを叶えたら必ずしも世界が変わるというわけではないので、小さい願いごとならおそらく同じ世界で何度も叶えることが可能だからだ。  川についての方向から調べたら否定的な意見が多かったが、石のことだけを調べたら肯定派や実際に願いを叶えたという意見があった。  おそらく石は願いを叶える度出現する場所を変える。過去に安全な場所で石を手に入れた人はいてその時は信じる人間は多かったが今は大河という手に入れにくい場所で出現する為否定的な意見が多くなってしまっている。噂も時間と共に変化するらしい。  昇大はそこまで調べて、携帯電話ではこれ以上を調べられないなと思い寝ることにした。  翌朝未琴と二人で東京巡りをした。謙二は宣言通り現れなかった。特に尾行されてる感じもしなかった。  そのまま夕方まで買い物をし、昇大は明日から仕事なので夜行列車に乗り珠喃市へ帰った。  帰ってからは何も変わらず旅行前の日々に戻った。  仕事は相変わらず少なく、仕事後と休日に予定が合えばほとんど未琴と逢っていた。  何も変わらない。しかし一ヶ月ほど経ったとき昇大は決断する、アメリカに行き石を取ると。  昇大はそれまでずっと調べながら悩んでいたのだ、石を取りに行くべきか、それを諦めてこの世界を受け入れるか。  昇大の願いは以前だったら前の部署に戻りたいであっただろうが、今はそれよりも前の世界に戻りたいという気持ちが強い。  昇大は市長に連絡しようと思ったが、その前に謙二にこのことを伝えておこうと思った、何かしらの協力を得られるかもしれない。  謙二はすぐに電話に出た、しかし仕事中だからまた掛け直すという旨を伝えられ切られた。  昇大は外で散歩でもして時間を潰そうと思ったが、窓越しに外を見ると今は昼だが天気は悪く曇っていて薄暗く雨が降ってきそうなのでやめた。  昇大はふと思い出し次月の勤務希望表を見る、昇大の会社は休みの希望は紙に書いて提出するのだ。  昇大はまた有給を使いアメリカに行こうと思っている、未琴と二人で行くつもりだがそうすると未琴も喫茶店のバイトを休まないといけなくなるので昇大は悩んでいる。昇大が誘えば未琴は無理をしてでも行くことにするだろうが、昇大はそれは申し訳ないと思っていた、なので一人で行こうと思っている。しかし一応未琴には相談だけはしてみるつもりだ。  昇大は今から未琴を呼び出そうと思った。今日はバイトは休みだったはずだ。  未琴の携帯電話に電話を掛ける。  未琴はすぐに出た、昇大は今から会えないかと誘った。未琴はいいよと快く了承したので家に来てと伝えじゃあまたと言い電話を切った。  未琴は30分ほど経った時に来た。  未琴は家に入ってきてすぐ、急にどうしたのと昇大に訊ねた。  昇大はちょっと相談したいことがあってと言い未琴を部屋に入れテーブルの前に座らせてからついさっき考えていたことの説明を始めた。  未琴の答えはノーだった、昇大君が行くなら私も絶対に行くと言い始めた。  それには固い意思を感じられ、昇大も言い崩す気にならなかった。ただ疑問には思い、どうしてと聞いたら「そんな危ないことをしたらもしかしたら死ぬかもしれない、その時に私がいないことが耐えられないから」と答えた。  加えて「それよりも行かないでほしい気持ちの方が強いんだけどね。だけどそれを言ったら昇大君の意思を否定することになるでしょ。だからそれは押し付けない」と続けた。  昇大はそこまで聞いて未琴に対する見方が変わった。今までは大した理由もなく好きだからというだけで昇大に付いてきてると思っていたが未琴の中にはしっかりとした動機と深い愛情が存在するのだと昇大は思い直した。  昇大は未琴がそこまで考えてるならと思い「わかった、二人で行こう」と言った。  その後は行く日にちを決め、世間話や他愛ない話をして夕方ごろに未琴は家に帰った。  昇大は勤務希望表の五ヵ所、五日分に有給と書いた。  その後昇大は謙二に電話を掛けた。  謙二はお久しぶりですと言った、続けてご用件は何ですか?と昇大に尋ねた。  昇大はアメリカに行き石を取りに行くことを伝えた、それから協力は得られないかと聞いた。  謙二は中々答えず悩んでいた。悩んでいる様子は電話越しでも伝わってきた、少し経ち謙二は「行きたいのは山々なんですがちょっと前に休暇を頂いたばかりなのでおそらくもう五日間も頂けるとは思えません。なので私の関係する社長の会社の機関の者を数名行かせます。少なからず必ず役には立ちます、それでも宜しいですか?」  昇大は「わかりました、それで結構です」と答えた。  続けて「用件は以上です、ありがとうございました、失礼します」と言い、謙二からも似たような返しがきて電話を切った。 10  謙二は現在休憩を与えられていて、社長宅の屋上で足を伸ばし手を体の後ろに広げ体の重心を支えながら座っていた。  謙二の仕事は社長のサポート業務で、朝九時から仕事は始まり終わるのは夜の八時で休憩は一時間を二回と合計二時間与えられる。  謙二は昇大のアメリカに行くという内容の電話が終わった後ふと過去を思い出していた。  昔ホストをやってる時今の社長と会った。市長はひどく酔っ払っていた。謙二は絡まれ私は女には飽きた、男を抱きたいんだがお前相手にならないかと冗談混じりに言われた。謙二は只の冗談だと受け取りからかわないで下さいと笑って返した。その直後その言葉が冗談などではなかったことを知る。  謙二には嘉穂という恋人がいた。名前と似て少しお堅い感じの女性だったがキラキラという名のキャバクラで働いていた。その時の社長は夜遊びが激しくキラキラの常連客だった。社長はどこから聞いたのかわからないが嘉穂が謙二の恋人だと知り手を出した。嘉穂の真意は謙二にはわからないが嘉穂は社長のその手を受け取った。  その後謙二に写真が送られる。嘉穂と社長が一緒にベッド上で裸で抱き合う姿が写っていた。嘉穂は恥ずかしそうにだが楽しそうに笑っていた。  そこまで考えた時にある場面がフラッシュバックした。自分が社長に掘られている場面だ。  謙二は脅されたのだ。恋人を返して欲しければ私にお前を抱かせろ。あいつは今私の虜だからお前の元へ帰るかどうかは私のさじ加減次第だからな、と。  謙二は受け入れた。人生で一番屈辱的な体験だった。その後嘉穂が帰ってくることもなかった。最後の会話で謙二はあなたにあんな趣味があるなんて、と嘉穂に言われた。  誰かが嘉穂に謙二が市長のお気に入りになっていることを伝えたのだ。謙二はそれをしたのは市長だと確信している。謙二はホストを辞め市長に取り入った。復讐するためだ、表向きは社長を尊敬しているという顔を見せて――。  休憩が終わり謙二は社長室で会社の書類の整理を始めた。  市長は外出中で謙二は仕事の合間を縫って市長に途中経過を報告していた。  謙二は市長が戻るまでに済んだ仕事の書類は全部処分しないといけなくて、それをこなすために区切りがつく度に逐一報告しろと市長に言われていた。  書類が一通り片付いた後、少ししたら市長が帰ってきた。  謙二は嫌な顔はせず笑顔でお帰りなさいと言う。謙二はこの言葉を言うように強制されている。これは男色家でもある市長の至福の瞬間の一つらしい。  市長はまっすぐ謙二を見つめにやりと笑い、あぁただいまと返す。  謙二はこの瞬間毎度腹の中に虫がわいたような気持ち悪さを感じるがもう慣れてしまった。  市長に仕事の報告をし、謙二の今日の仕事は終わった。  謙二は帰り支度を済ませすぐに帰宅した。  謙二は市長の会社の近くの住宅街の中の一軒家に暮らしている。ホスト時代から貯金をしていて今年に入ってから自分で買ったのだ。その為に貯金をほとんど使ってしまったので車は持っていなくて一軒家を購入してからは徒歩で通勤をしている。その前は電車通勤だった。  家についてすぐに会社の中の何人かの人間に連絡を取り、石についてと切り出しアメリカに石を取りに行く人間の援助を出来ないかと聞いた。  会社の一部の人間は石の存在を知っておりその中の更に一部は社長命令で取りに行かされたこともある。しかし成功した人間はまだいない。  一通り心当たりのある人間に連絡したが、行けると答えたのは二人だけだった。  一人は会社の中の男勝りの受付嬢、名前も田仲勲と男のような名前をしている。髪はショートで中々の美人だ。もう一人は最近子会社から引っ張られた優秀な外国人男性のマイケルフォース、この男は優秀だが市長のことを快く思ってない節があった。  謙二が驚いたのは受付嬢の方は昇大の知り合いだったことだ。以前同じ学校に通っていて中が良かったらしい。  謙二の記憶ではその学校は確か男子校だったが、6年くらい前に急に男女共学になった学校だった。  謙二は何故かそのことが胸に引っ掛かっていた、しかしなぜ引っ掛かるのかは見当もつかず、またそれがわかることはないだろうという予感もしていた。  謙二は昇大に二人付き添うことができることを報告し、その後に食事を取り早めに寝た。  謙二はわかりそうもない疑問にぶつかった時はなるべくすぐに眠ることにしているのだ。  眠ればその記憶は薄まり胸のつっかえと気持ちの悪さも軽減されるからだ。  謙二は布団の中でうたた寝し始めた頃、昇大と勲の通っていた学校の件が胸に引っ掛かっていた理由を理解した。しかし目を覚ました瞬間にその記憶は抑えられたように思い出せなくなった。 謙二はしばらく思い出そうと努力したが、思い出せずもう一度眠りに入った。 11  昇大は現在アメリカ行きの飛行機に乗っている、右隣の座席には未琴が座っていて左には窓がある。  後ろの二席には出発前に知り合った外国人のマイケルフォースという名の男と久しぶりに再開した旧友の田仲勲がいた。  昇大は飛行機に乗ってからずっと勲のことを考えていた。  前の世界では勲は男性だったのだ。そして前の世界の記憶に沿って学校の話をしたが最初は話が噛み合わなかった。昇大の前の世界の記憶では学校は男子校だったのだ。  しかし、昇大はこの世界の記憶を思い出そうとするとしっかりと記憶の中に存在し思い出すことが出来た。この世界の女性の勲と学校で話した記憶も、共学になっている学校での生活も頭の中に存在していた。  昇大は気付いた。石に関わったから記憶が両方あるのだと。  勲の性格は変わっていなかった。前の世界では強気な男で今の世界では男勝りな女性だ。共通しているのは明るく誰とでも距離がなく話せること。  昇大は友人のその変化に悲しいという気持ちは抱かなかったが、いたたまれない気持ちになり、自分のために世の中を変えた市長に対する怒りは増幅した。  ある程度気持ちの整理がついた後昇大は到着まで眠った。昇大は不快な気分の時にはなるべく眠るようにしている、眠れば忘れられるからだ。  着いたよと、未琴に起こされ、昇大は目を覚ました。未琴は人見知りなどする性格ではなくいつも通りの未琴で口調は演技掛かっていた。  飛行機から降りた昇大達はまず空港の中のレストランで五日間の計画の確認をした。  アメリカでは現在昼で、帰るのは4日後の0時だ 謙二からの情報によれば、石が川を一周するのに3日かかるらしい。あの石は独りでに動くので川の流れになので沿ってないらしい。昇大はその情報に納得できた、石が動くのを見た経験があるからだ。そしてそのスピードはかなり早いから用心して欲しいのと川がとても長いため一度逃すと3日間ではもう見られないだろうとのこと。  ミネソタ川には5日間の内3日以上は張らないといけない。まず今日は準備と出発、ミネソタ川までは今いるホテルから4時間ほどかかる。それでも一番近いのはこのホテルだったのだ。ミネソタ川に着いてからはテントを張り川のそばで休める環境を作る。それが今日の予定でその後、明日から3日間で石を捕まえ、4日後に珠喃市に帰る、これが全体の計画だった。  その次は誰が順番で石を張り込むかの話になり、昼間は全員で張り込み、夜は昇大とマイケルが交代で張っていくことになった。川に網を垂らしたり場合によってはロープを体に巻き川に飛び込む体を張る役も昇大かマイケルの二人に決まった。  必要な荷物の準備は日本からの出発前にマイケルが準備したので今日は出発とミネソタ川での張り込み準備だけに済んだ。  昇大達は計画の確認と食事を終え、タクシーを捕まえミネソタ川に向かった。今回のこの会は市長を通しているため金ならいくらでもあるのだ。  四時間ほど経ち川の周辺に着いた。移動中は未琴が場を盛り上げようとしたが、昇大は勲を気にして上手く話せず、マイケルは口を開かず外を眺めていて運転手は言葉が通じないため、結局未琴と勲が二人で話す形になった。  川は想像以上に大きく、長かったが幸い流れは激しくなく網をセットすることはできそうだった。  本来そういった行動は禁止だが、石の伝説を知った若者が次々と石を捕らえようと飛び込んだり、すぐに壊されたが流れを止めるバリケードを作ったり、そんなことが長い期間行われたので今は暗黙の了解で許されておりいわば無法地帯となっている。  昇大はこれもある種市長が世界を変えた影響だなと思った。  昇大達はまずテントを組み立てた、それは30分ほどで出来た。  それから未琴と勲はテント内で食事の準備を始め、昇大とマイケルは川に網を張りに行った。  網は四角く、四方を川辺の根本辺りと崖になっている部分に釘で打ち付け、川に流れる石の動きを遮るような形にセットする予定だ。  川に網を張る作業をしていると、マイケルが昇大に話しかけた。 「謙二に聞いたが、お前、社長のことを良く思ってないらしいな」と。  昇大はマイケルが片言で話すかと思ったが、流暢な発音だった。  昇大は少し焦った、マイケルは市長を支持していて、市長に敵対してる昇大に対して良い感情を持ってないと思ったからだ。  しかしその予想は外れた  マイケルは「俺は日本人だったがこの世界でアメリカ人になった、中途半端に石に触れたことから記憶はそのままだが」と続け、笑みを浮かべていた。  それを聞いて昇大はマイケルも味方だと直感した、そして考えた、あの場にそれらしき人物はいなかったはずだがと。  昇大は疑問に思いそれを質問した。  マイケルは「そうだ、謝らないといけないな、俺はあの時お前を気絶させて石を飲み込ませる役だった、あの時は社長を崇拝していたんだ、すまなかった」  石を飲み込ませる?昇大の疑問はますます膨らんだが、マイケルがあれ石じゃないか!?と叫んだので聞けなかった。  見てみると光るものが泳いできている、川の流れに乗っているのではなく、独自のペースで進んでいる、それは小さい光の塊で生きているみたいだった、スピードはとても早くあっという間に目の前まで来た。  昇大はこれは間違いなくあの石だと思った。 石は網にぶつかった、しかし意思の勢いが強くまだ網のセットがまだ不完全だったため網ははだけて石を逃してしまった。  マイケルは石を追いかけようとしたが、石は瞬く間に見えなくなった。  二人は肩を落としたが、マイケルはまだ1日目だから必ずもう一度流れるはずだと昇大を励ました。  二人は網を完成させてテントへ向かった。  テントへ着くと未琴と勲は作った料理にラップをかけていた。  料理はカレーだった。料理を選んだのは未琴で昇大は未琴らしい選択だなと思った。  未琴がカレーできてるけど食べる?と聞いてきた、演技掛かっていた。  昇大とマイケルは食べると答え、4人で食事を摂ることにした。  昇大は石が現れたことと取り逃したことを女性2人に説明した。  未琴は残念ね、だけどまだ初日だしと言い、勲はまあ大丈夫でしょと楽観的に答え、昇大の肩を叩いた。  食べ終わった後洗い物は未琴達に任せ、昇大とマイケルは再び川の方へ向かった。  石が捕まってないか見るためだ。  マイケルはさっき来たばかりだからまだ早いだろうと言ったが、昇大はまた来てる可能性があると言い少し強引にマイケルを言い負かした。  昇大はあの石は自分の意思を持ってるからどう動くかはわからなく、一方向に進むだけではなく急に逆方向に進む可能性もあると考えた。  それに目を放した隙に網に一時的にかかっても逃げる可能性もありそうなる困ると思った、あの生きてる石ならそれが可能だ。  川に着き、網を見たが石は引っ掛かってなかった。  昇大達から川を挟んで向こう岸に日本人の3人の青年が立っていて昇大の方を見ていた。  その中の一人が話しかけてきた「お兄さん、石を狙ってるの?」と、昇大は青年が石を知ってることに驚いたが関わりたくなく、あぁとだけ返し目線を網の方へ向けた。  マイケルは青年達の方を見ている。  青年達はそっけない昇大に呆れ、どこかへ行こうとし、昇大達に背を向けたが、すぐに振り返った。マイケルが呼んだからだ。  マイケルは青年達に自分の会社の社長のことをどう思うかを聞いた。  青年達はあんまり知らないけど気に入らない顔をしていると、全員がそんな風に答えた。  マイケルは口角を上げ、青年達に石を取るのを手伝う気は無いかと聞いた。 12  石を逃してから二日が経った。  現在昇大とマイケル、そしてマイケルにスカウトされた青年達3人は個別に川に五個ある網を見張り、石が来るのを待っている。  五人は一人一人が10キロメートルほど離れた場所に経っている。  これは一人が網を逃した時に、すぐに次に網を張ってる人間に連絡をし、網を強化させて石の捕獲の成功率を上げるというマイケルの提案だった。  しかし一向に石は現れず昇大とマイケル以外の青年達3人はただ石を待つ状況に飽きていて、始めはマイケルから報酬が出ると聞きやる気を出していたが現在は意欲をなくしていた。  四番目の場所で待っている昇大は青年達の言葉を思い出していた。  青年達は昇大に声をかけた時はただの興味本意だったが、石については大分前から知っていて自分達も取ろうとしたことはある。そして実際に捕まえたこともある、と。  青年達はそこまで話し、どうして今は石を持っていないのかは石を捕まえたあとに教えると言った、昇大はこれをただの虚言だと思っているがどこか引っ掛かるところもあると感じていた。  なぜなら青年達の石を捕まえた体験談は自分の経験と似ていたのと、もしかしたら青年達が自分の知らない石の謎を知っているかもしれないという期待が頭に過ったからだ。  昇大は川を眺めていた。昇大はふと思い出した。高校生の時、勲と家の近くの川で遊んだことを。  確かあの時勲は彼女を連れてきていたなと昇大は思い出した、その瞬間昇大の背筋は凍った。  彼女の顔を思い浮かべたからだ、昇大は無意識に呟いた「あの顔は……」  呟きに被さるように電話が鳴った  三番目の網の前で待機してる青年からだ。  報告は網を強化したが石のスピードが早く千切られた、網では捕まえるのは無理だ、というものだった。  電話を切り、昇大は網を強化しながら悩んでいる、網で無理ならどうやって捕まえるか、使えそうな道具は他にない。考えていると左から石が流れてきているのが見えた。  昇大は焦りだした、なぜか市長の台詞が頭に浮かぶ「石が私を選んだんだ」「君には希望のようなものを感じる」昇大は混乱し始め、マイケルに電話をかけ、石を逃したと伝え、網を強く引っ張っていた手を離し川へ飛び込んだ。  飛び込んだ先は左の川辺と右の川辺の間の真ん中辺りだった。  石は目の前に迫ってきた。  昇大は両手両足を広げて体を大の字にした、石を受け止めようと思ったのだ。  川の流れで体勢が崩れそうだが、昇大は持ちこたえる。  すぐに左脇腹の辺りに鈍い痛みが走り、骨の砕けるような音がした。  体が川の流れと石の勢いに乗り後ろへ下がっていく。しかし石は確かに腹に抱えている。昇大は勢いのなくなった石を手に持った。  石は抵抗をしない。静かになり光っていること以外はただの石のようだった。  昇大はそのまま流されていき、マイケルが持っている5番目の網に引っ掛かった。  昇大は笑いが止まらなかった、マイケルに引き上げられた後も一人で笑っており、マイケルは怪訝な表情を浮かべていた。  笑いが収まってきた頃に昇大はいきなりマイケルに話しかけた。 「これで市長に一矢報えるぞ」そしてマイケルに握手を求めた。  マイケルは一瞬きょとんとしたが、すぐに「あぁ、そうだな」と返し、少し口角を上げ独特な笑顔を作り握手に応じた。 13  昇大達は石を捕まえた後青年達と少し話し、報酬を渡し別れた。  その後テントへ戻り女性二人に報告をし、石を鍵付きの木箱に入れテントを片付け帰り支度をした。  タクシーでホテルへ戻った後、昇大は病院へ行き他の三人は付き添っていたが、昇大がせっかくだから買い物にでも行ってきたらどうかと提案し通訳に必要なマイケルのみ残り他の二人には行ってもらった。本当の理由はいられると気を使い疲れるからだ。  昇大は骨折をしていて入院が必要だと診断されたが早く日本へ帰りたかったので、医者に嘘の報告をさせて応急処置だけ行い入院せず帰ることにした。  昇大とマイケルは病院を出た後未琴と勲と落ち合い、それから帰る時間までアメリカを観光し満喫した。  帰りの飛行機に乗る前に空港で昇大は謙次に電話を掛けた。  謙次はすぐに電話に出た。昇大は石を捕まえたと報告をし、これからどうするかを帰った後話したいと伝え会う約束をし電話を切った。  帰りの飛行機で昇大は石を捕まえてからのことを振り返り今の現状について考えた。  まずは勲のこと。今の勲の姿は前の世界で男だった勲の彼女そのものだった、どういうことかはわからないが、昇大はこの世界に男の勲の姿をした勲の彼女がいるかもしれないと考えていた。  この世界は市長の強引な願いから来る歪みだけに収まらず謎の現象まで起きているのだと思った。  それから青年達の石についての情報だ、青年達は前に石を捕まえたが、その時石からお前らではないという老人のような声が響きそのまま透明になって消えたと言っていた。  青年の一人はだからアンタらが捕まえても同じことになると思ったんだが、そうならなかった、アンタ達は選ばれた人間なのか?と昇大に聞いた。  昇大は答えず、お礼のみ言い報酬のアメリカ紙幣を渡し青年達と別れた。  昇大は考え事をシャットアウトし目を閉じ眠ろうとした、隣にはマイケルが座っておりマイケルも寝ており寝息が聞こえる、前の席では未琴と勲が楽しそうに話している声が聞こえる、未琴達の会話を聞きながら眠りに入った 「ねえ昇大君と付き合っていた時があったの?」「うん、半年だけだけどね、あの時は…………」  「着いたよ」と声が聞こえた。声の主は未琴だった、その声で昇大は目を覚ました。  日本に到着したらしい。  昇大達は飛行機から降りそのまま未琴と勲は会話をしながら昇大とマイケルは無言で空港出口に向かった。  外に出たあとマイケルが片手を上げ、タクシーを呼んだ。  外を照らすものは月の明かりと空港からの照明のみだった。  未琴はお別れだねと勲に言った、口調は演技掛かっていた。マイケルは運転手と話している。  ここからは別々でタクシーに乗り帰ると話がついていた。  マイケルはタクシーを待たせ、こっちに戻ってくる。またなんかあったら呼べと言い、再びタクシーに向かっていった。少しだけ微笑んでいたようにも見えた。  未琴は初めて声を聞いたと驚いた声を出した。  続いて、勲がタクシーを呼び、至って普通に特別なものもなく昇大と未琴にただ別れの言葉だけを言い帰っていった。  昇大にとっては衝撃的な出逢いであっても、勲にとってはただ昔の友人に再会したというだけなのだ。それ以外の特別な感情が生まれるはずがない。  昇大は今回のメンバーが揃うことはもうないだろうなと考えながら、タクシーを呼んだ。少し寂しい気持ちを感じていた。  二人でタクシーに乗り込む、昇大と未琴は同じタクシーで帰り、二人で昇大の家の近くの病院に向かう予定だった。こちらの病院では本格的な治療をしてもらう。  タクシーが出発した後、未琴は楽しかったねと言い、続けて、あと怪我大丈夫?痛くない?と昇大に心配そうに言った。  昇大は大丈夫だよと答える。  その時、社内に耳に響く大音量で音楽が鳴り響いた。すぐに音は小さくなり、運転手がすみませんと謝り備え付けのラジオをいじる。音量の操作を誤ったらしい。  流れている曲はローリングストーンズのブラウンシュガーだった。  昇大は古い洋楽には詳しくなかったがその曲は知っていた。  未琴が急に「そういえば昇大くん、勲ちゃんと付き合ってたんだって、モテるねー」と楽しそうに言った。しかし少しだけ嫉妬の混ざった響きにも感じた。  昇大はその記憶があり上手くかわすこともできたが、無性に腹が立ち「黙れ」と返した。  未琴の表情が固まり「ごめん、触れて欲しくなかったのね」と言った。  昇大は罪悪感で見ていられなくなり、窓の方を見るようにした。  それ以降未琴が話しかけてくることはなかった。運転手も話さず車内は到着まで静かだった。  病院に着き昇大達は運転手に料金を払い病院へ向かった。  未琴は未だに無言で俯いていて、昇大も話しかけなかった。  病院内の急患病棟へ入った、中には人は少なくすぐに呼ばれ、診察ではレントゲンを取り、軽い骨折と診断された。  昇大は手術を受けることになった。  未琴は残ると言ったが、まだ先程のことを引きずっている様子で昇大は申し訳ない気持ちになり、大丈夫だから帰っていいよと言った。  それに昇大は未琴が明日はアルバイトがあることを知っていたから付き合わせられないと思っていた 未琴はごめんねとだけ呟き帰っていった。  それから手術を行い、手術後入院することになった。完治までは一週間掛かるらしい。昇大は未琴にその結果をメールし病室のベッドで看護師に付き添われ横になった。看護師は忙しいらしく何かあったら呼んでくださいねと笑顔で言いナースコールの場所を昇大に教えすぐに病室を後にした。  病室は四人部屋で周りの人間は全員就寝していた。昇大は窓側のベッドで窓の外では別の病棟と夜空が見えるだけだった。  もう一つ窓上部にちらっと見えるものがあった。それが何か知りたくなり昇大はベッドから降り窓のそばで向かいの病棟の上を見上げた。それは月だった。  今日は満月だった。それを見て昇大は何故か充実した気分になった、慣れてない手術後の特殊な精神状態のせいかもしれない。  昇大はベッドの横に置いてあるテーブルの上の時計を見て日付が変わっていることを確認しもう一度ベッドに入り目を閉じた。  疲れているためすぐに眠りに着いた。  昇大は夢を見た。夢の中で謙二が出てきた。昇大はそういえばまだ報告をしてなかったなと思った。謙二の隣に誰かが歩いて近寄る、未琴だった。未琴は泣いていて謙二と楽しそうに話しキスをした。  続けて夢の中で女の勲が隣から肩を組んできた、勲は顔を近づけてきて目を閉じた。キスをせがんでいる。前方では謙二と未琴がこちらを見て微笑んでいる。  そこで昇大は目を覚ました。声を上げそうだったが寸前で周りの状況を見て堪えた。  昇大は悪夢だと思った、そしてしばらく眠れないだろうなと感じた。  昇大は再び窓のそばに行き月を見上げた、先程と変わらず輝いていた。  月を眺めながら何故か昇大は呟いた「勲……」と。  自分でも勲の名前が出てきた理由はわからない。ただ勲に会いたいという気持ちが芽生えてきていた。それには恋愛感情が混じっていたように感じた。昇大は恐れた。この世界の記憶が前の世界の記憶より大きくなっていて馴染んできている。  このままでは前の世界の記憶を失ってしまうのではと思った。早く世界を戻さなければ、いや違う前の世界に戻らなければと思った。  昇大は決意を込めて再び呟いた「すぐに……」 14  謙二は車を運転していた、市長を取引先の会社まで送るためだ。  現在時刻は16時23分。  電話が掛かってきた。  運転中ですぐには出れないと判断し市長を送り届けるまで放置した。  市長に誰からだと聞かれたので、信号待ちの時に、奈江山さんからですと答えた。  取引先の会社の近くのパーキングに車を停め、市長が車から出ていった後すぐに電話を掛け直した。  時刻は16時34分だった。  電話はすぐに繋がり、電話の向こうでは昇大がもしもしと言った。  謙二はお疲れ様です、謙二です、すぐに出れず申し訳ありませんでしたと謝罪し、それから石のことですよね?、既にマイケルフォースから聞いておりますと続けた。  昇大はそうです、市長より先にあなたに報告しなければと思い、市長の願いを叶えたくないからです。何か考えはありますか?と聞いた。  謙二は残念ながら既に社長は石が手に入ったことを存じてます。そして何故報告をしてこないかとあなたにも立腹されております。……計画は考えてあります。しかしこれにはあなたにも協力して頂けなければいけません。あと無理にとは言いませんが人数が必要なため未琴さんにも来て頂きたいのですが……と申し訳なさそうに言った。  昇大は少し黙り、そうですか、未琴と話し合って検討してみますと答えた。  謙二はお願いしますと言い、ではもう時間がないので今から計画の説明をしても宜しいですか?あなたにも準備して頂きたいものがありますのでと昇大に確認した。  昇大は決行はいつですかと聞いた。 謙二は二週間後ですと答えた。昇大はそれなら退院していると安心した。  謙二が一通りの説明を終えた後、昇大はわかりました。それなら未琴も必要ですね。なんとか説得してみますと言った。  謙二はお願いします、これしか方法はありません。本当に申し訳ありませんと再度謝罪をした。それからまた連絡をします、それではと言い、昇大はまだ聞きたいことがありそうだったが謙二は電話を少し強引に切った。  市長が会社から出てくるのが見えたからだ。  市長が車に近付いたのを見計らい謙二は後部座席の扉を開け市長を車に導いた。市長が乗り込んだ後に扉を音をたてないように閉め駐車料金を払いに行った。  車に戻った後パーキングエリアから車を出そうとした時に市長は口を開いた、誰に電話をしていたんだ、と。  謙二は驚きと動揺を見せないようにし奈江山さんより石についての報告を受けておりましたと冷静に答えた。  市長はふうんと言い、その後は口を開かなかった。  謙二は胸を撫で下ろした。計画のことだけは絶対に知られてはいけないからだ。  この計画の流れ次第では市長は死ぬ可能性もある。そしてどう転んでも会社の損害は免れない。  間違っても知られてはいけない。  謙二はいつも以上に慎重に車を運転した。胸中の動揺を悟られないために無意識にそうしていた。  それに勘づいていた市長が後ろで口角だけを上げ不気味に微笑み真っ直ぐ謙二を見つめていることには気付いていなかった――。  時刻は17時24分。  夕陽は沈みかけていて眩しかった。  謙二はとにかく心を乱さないように車を走らせた……。 15  昇大が謙二の計画を聞いてから、一週間が経った。  昇大はようやく退院が出来る、今日までの間未琴は一度も見舞いに来なかった、そのことが昇大を不安にさせていた。  他に男が出来てないだろうか、と。  こんな心配は以前付き合っていて仕事がうまくいっていた時には一度もしなかった心配だ。  昇大は自分の未琴に対する心境が大きく変化していることに気付いた。  そして思った、未琴に早く逢いたいと。一週間も会っていない。  病院を出てからすぐにタクシーで未琴の家へ向かった。  その間何度も電話を掛けたが繋がらなかった。それも昇大を不安にさせる一因だった。  道中未琴の家に近くまで来た時に金が足らなかったのでタクシーを降り徒歩に変えて向かっていたら思いもしなかった相手を見つけた。勲だ。買い物袋を持って小走りをしている。  昇大は見て見ぬふりをしようかと思ったがこっちの存在に気付かれてしまった。  勲はこっちを見て笑顔で左手を振る。「おーい、久しぶりじゃん」遠くから大きい声で言った、よく通る声だ。  昇大も笑顔を作り右手を上げる、視線はすぐに左を向き笑顔もぎこちなかった。  勲はこっちに寄ってきて「見舞いいけなくてごめんね、忙しくてさ、ねえ今度ご飯でも行こうよ、せっかく会えたんだしさ」と一度に言い、腕時計を見て「ごめん急いでるから日にちはまた連絡するね」と申し訳なさそうなポーズをとりじゃあねと言って駆けていった。  昇大が何かを言う前に勲は話し終え行ってしまった。  これから未琴と会う昇大の複雑な心境をますます根深くされた。  未琴の家へ着いた。インターホンを押す。未琴ははーいと返事をする。口調は演技掛かっていたがその時の昇大はそれを気にするどころではなかった。  未琴はドアを開ける。昇大の姿を見て驚いた顔をし「昇大くん……」と呟いた。  未琴を見た昇大は想いが溢れ、未琴に問い詰めた、「なぜ一度も見舞いに来なかったんだ」と。  未琴は黙っている、下を向いているが目付きは今まで見たこともないような鋭さを抱えていた。昇大に対して怒りを覚えている。こんなことは初めてだった。  昇大は続けて「俺はお前に見捨てられたのかと……」そこまで言うと涙が出てきた。止まらなくなり昇大は崩れそうになる。  未琴はそれを聞き少し驚いた表情になり真っ直ぐ昇大を見つめ、泣き崩れそうな昇大を支えた。  未琴は辺りを見渡し、誰もいなかったが、中に入ってと昇大に言い昇大を家の中に連れて行った。  中に入り昇大の涙は止まった。  未琴はいつも通り緑茶をテーブルに出し、他に男は出来てないよと言った。  昇大が座ってる正面に未琴が座り、私が会いに行かなかったのは怒ってたからだよと言い話し始めた。 「昇大くん、アメリカから帰ってきた日タクシーで私に怒ったでしょ、別にそれはいいんだけど、私が無神経だったから、だけど今は私が彼女だよ、怒った理由くらいは教えてほしかった。後からでも。昇大くんが何を抱えているのか私は知りたかった」  そこまで言って未琴も涙を流し始めた。 「私はずっと待っていたんだよ、昇大くんから許しの言葉と事情の説明が来るのを。だけど来なかった、一週間も。その間どれだけ私は寂しくて罪悪感に苦しめられてたかわかる?見捨てられたと思ってたのは私の方だよ。だからそろそろ話してよ、昇大くんは何を隠してるの?」  昇大は悩んだ、世界を跨いできてることを言っていいのかどうか、というより言ったら未琴にどう思われるかを気にしていた。今昇大は未琴が何より大事だ、不思議なことを言って変に思われたくないという気持ちが働いていた。  昇大は「もうすぐ」と切り出した。  それから「もうすぐ市長に石を渡しに行く、だけど俺は渡すつもりはない。市長に願いを叶えさせたくないから。奴は暴君だ、一度石の願いで世界を自分の思いのままにしている、この世界がそうなんだ。市長のために回っている、市長に石を渡す日に俺は石の願いで前のまともだった世界に戻るつもりだ。それを叶えるために未琴にも協力してほしいんだ」と続けた。  未琴は「石のことは私も知ってるから、それは信じられる。もちろん協力するよ、でももう一つ隠してることあるでしょ?」と昇大に言った。  昇大は自分が心配が杞憂だったと思った。未琴は簡単に人を見限る人間ではなかった。それと同時に勲のことを尋ねられていると察した。  昇大は言うべきか一瞬迷ったが、言わないと未琴は納得しないだろうと思い、勲に心の中で謝罪し勲は男だったと話す決心をした。  しかし未琴は「言いたくなさそうね、だけど言わなくていいよ。昇大くんは自分の名誉を守りたいだけだったら隠さず言うはずだから、さっきも正直に言ったし。多分迷ってるということは勲ちゃんの方の名誉に関わるってことなんだよね」と言い、それから昇大くんを信じるよと続け微笑んだ。  昇大は未琴がここまで懐が深い女だと思ってなかった、なぜ前の世界で仕事を優先して雑に扱ってしまったのだろうと後悔をした。  そして昇大は未琴に本番の計画を伝え始めた。 16  昇大が未琴に計画の説明をした日の夜に勲からLINEが届いた。  内容は「明日の夜九時 場所はサテライトサーカス本店 遅れないように! P.S.もし不都合なら連絡 を下さい」  サテライトサーカスとは珠喃市を拠点に神奈川県のみに展開しているインドカレー屋だ。中々栄えていて全部で10店舗はあるはずだ。珠喃市にも2店舗存在する。  昇大は思い出した、インドカレーは勲の大好物だった。  「了解。」と昇大は返信した。   翌日仕事を終えた昇大はすぐに帰宅し私服に着替え洗面所の姿見を見た。自分の服装を見て彼女と会うわけでもないのに気合いを入れていると苦笑した。  約束の時間直前まで音楽鑑賞を行い車でサテライトサーカスへ向かった。家から近く10分も掛からない。  昇大は先程まで音楽を聴いていた時に勲に対する気持ちを確認していた。間違いなく恋愛感情は無い。それがはっきりしすっきりとした気分で店へ向かうことが出来た。  昇大は約束の10分前に店へ着き入り口付近で店を見渡す。勲はいない。昇大は待つことになるのかと思い計画での未琴の役割を思い浮かべた。果たして大丈夫だろうか、無事に怪我などせず済めばいいがと少し不安を感じ目を閉じ眉間に皺を寄せ右手でそこを触れた。  そんなポーズを取っているとたったったっと走る音が聞こえてきた、その音はこちらへ向かってきている。音が大きくなっていくのでそれがわかった。  昇大は音がする方を見る、勲が走ってきていた。昇大の隣に着いた勲は体をエル字にして両手を両膝に当て荒い呼吸をしている。額一面には汗が垂れている。勲はホッとしたような溜め息を吐き出した。  それから「ひどいんだよ、私会社の受付嬢なんだけどさ、勤務終了直前に色んな会社の重役が社長に会いに来たの、もう忙しくてさ、帰れないし、大変だったよ。」とそこまで勲は開口一番愚痴を言い、それから「ごめんね、ギリギリになって、そして本当に久しぶり、ずっと会いたかったよ」と握手を求めてきた。正式には再会を祝えてなかったので今言ったのだろうと昇大は思い握手に応じた。  勲はにっこり笑った。八重歯が見えた。  店に入り席へ座る。幸い空いた席がありすぐに座れた。  店員に注文を言う時勲はいつも頼むメニューを頼んだ。その時昇大は戦慄を覚えた。この世界での記憶の方が馴染んでいてしっくりきていたからだ。  昇大はメニューを見た。この店は前の世界には無かったが見覚えのあるものだった。昇大はいつも選んでいたものが記憶にあるのを感じ無性にその料理を食べたくなりその料理を注文した。  勲は笑顔で「二人ともいつも通りのを頼んだね」と言う。  昇大はそれどころではない心情だが歪んだ笑顔でそうだねと応えた。  勲はそれを見て一瞬表情が固まったがすぐに「話は変わるけど」と切り出した。  「聞きたいことがあるんだ、私さ……」と言い、続けて「昇大とは付き合ってないよね」と昇大と聞く。  そのまま塞き止められていたものが出るように勲の言葉が溢れ始めた。「だってさ私達が行ってた学校は男子校じゃん、なんで共学になっているの」  そこまで聞いて昇大は勲は外堀を埋めていっているんだと気付いた。  勲は「なのに記憶では今言ったことがはっきり事実として残ってるの」と言う。  昇大は勲は気付いていると確信した。  この言葉を最後に一度言葉は途切れる。勲は「私は私じゃない、俺は女なんかじゃ……」と訴えかけようとした。  そこまで言って料理が運ばれてきたので勲の嘆きは途切れた。  二人の料理は同時にきて、二人は黙ってその料理を食べた。勲の方は泣きそうな顔をしていた。  昇大はやはりこの世界は完全じゃない、綻びはこんなものではないはずだ。いつか一人の人間の独裁国家のようになってることは明らかになり暴動などが起きてしまうはずだ。何とかしないといけないと思った。  昇大の方が先に完食し勲が食べ終わるのを待った。その時に勲に向けられた視線には憐れみが含まれていたと昇大は自分でもわかっていた。  勲が食べ終え無言の食事会はこれから終わりを迎える。  勲は急に笑顔になって「さっきは変な話してごめんね、私おかしくなってるみたい」と言う。笑顔は無理に作っていた。  昇大は勲の話を聞きながら決意をしていた、未琴にしたように勲にも全てを話そうと。  昇大は場所を車に変え勲に石とこの世界のことを全て話した。こんな話を周りに人がいる場所でする気にはなれなかった。  勲は「やっぱりそうなの」と俯きながら答えた。  昇大はごめんと言い「俺が市長が願いを叶えるきっかけを作った、本当にごめん」と謝った。  勲は「昇大は悪くない、悪いのは社長よ」と言い「計画のことは謙二から聞いて誘われてる、正直社長を裏切ることに抵抗はあって迷ってたけどこれで吹っ切れた」と続け、最後に私も喜んで手伝うよと言った。  昇大はその言葉を聞いて微笑み勲にああよろしくと言い左手で握手を求めた。勲は昇大の手首を掴み昇大を引き寄せ昇大に口付けをした。唇を話し勲は艶っぽい顔で「女目線から昇大を見ていたら何で昇大がモテていたのかわかるわ、私も今日心は大きく揺れていたよ、好きになりそうだった」と言う。  昇大は言葉を発せれない程驚き唇に左手首を当てた。目を見開いている。  そんな昇大を見ながら勲は「男同士だったらあんまりしないけど、これは男女の特権だね、こういう経験も今しか出来ないだろうし許して?」と片目を閉じた。それから「それくらい昇大は魅力的だよ」と呟くように言った。  勲は手を叩きパンと音を立てて「さあ、気持ちを切り替えて、これから社長に喧嘩を売るんだから」と一方的に言った。昇大は未だに声を出せないでいる。  その後勲に別れを告げ勲は昇大の車から降り自分の車で帰っていった。車から降りる時に「またしようね」と悪戯に笑い冗談を言った。昇大は何も言えず苦笑した。  昇大は勲の車が帰る様子を目で追っていたがじきに見えなくなり、昇大は前を向き真っ先に勲にも記憶は残っていたのかと思い、続けてなのにあんなに気丈に振る舞っていると考えて胸を痛めた。しかしこれで計画に含まれた人間全員が市長に敵対心を持つことがわかり謙二も裏切り等の可能性を考える必要がなくなり計画を遂行しやすいだろうと思った。  昇大は絶対に世界を元に戻すと決意を強め車のエンジンをかけた。  車を走らせ好きな音楽を流した。最近の洋楽だ。  幸い道は空いており信号待ちもせず、昇大の車は順調に進んだ。一度信号待ちした時に昇大は携帯電話を見た。勲と会っている間はマナーモードにしていたが未琴から電話が何度もかかってきていた。  これは市長と戦う前に別の一戦があるぞと昇大は思い車を走らせながら苦笑した。 17  計画は当日を迎えた。昇大と未琴は市長の会社の前まで来ていた、昇大は市長に連絡を取り石を持ってきましたと報告した。市長と話すのはしばらくぶりだ、市長は謙二を迎えに行かせるからと言い電話を切った。  昇大は市長が石が手に入るのでもっと喜んだ様子を見せるかと思えたが何故かそっけない口調だった。  それに計画の通りだったら今謙二は会社内にいないはずだった、昇大は胸騒ぎがした。  すぐに謙二は来た。来てすぐに昇大のポケットに紙を入れた。昇大が口を開こうとすると、謙二は口元に指を添えて「静かに」という指示を出した。  謙二は付いてきてくださいと言い、会社内に進んでいく、昇大達も付いていく。  昇大は謙二が渡してきた紙を見た、紙には「計画は中断。全部知られた。今も盗聴されている」と書かれていた。  昇大は内心焦った、どうなるのか不安になった。  未琴の方を見ると未琴も不安げな表情をしていた。  謙二に付いていき3人でエレベーターに乗った、市長がいる階に到着するまで全員無言だった、3人に共通しているのは不安を抱えていることだった。  最上階に到着し扉は開いた、謙二に案内されエレベーターの目の前にある部屋に入った。  中には窓の方を見ている市長が立っていた。  部屋の中は物が少なく両サイドに本がびっしり入った本棚、そして市長と昇大達の間に一つの机と一つの椅子があるだけだった、奥に備えついている窓は天井から床まで伸びていて、横幅は20cmほどで外を眺めるには不自由しないだろうと思えた。  謙二が口を開き、この部屋は緻密に計算されて作られており、100cm四方の真四角の部屋になっておりますと説明した。  昇大はこの部屋に案内した時に説明するように命令されているんだろうと思った。しかし今の状況では場違いな発言に思えた。謙二も混乱気味だ。市長からは怒りを感じ、昇大と未琴は計画が知られてそれどころではない状態だった。ただ、昇大達が計画を知られたことを知ったことを市長に悟られないように振る舞うにはそれが丁度良いのかもしれない、謙二と昇大が影で繋がっていることまで知られてはいけない。  昇大達もそれに乗っかり少しだけ堂々とした立ち振舞いに変えた。  市長が口を開く「私が君らを呼んだのは……」 「石をもらい私の願いを叶えるためだ、それを他の人間に譲るためではない」  それを聞いた謙二は焦った表情で「約束が違う」と叫んだ。  叫んだ後謙二は昇大を見て気まずそうな顔をし俯いた。  昇大は「どういうことだ」と謙二に尋ねる。  市長が再び口を開き「私が説明しよう」と言い話し始めた。 「私は二週間ほど前から謙二が仕事以外の不穏な動きをしていることに気付いていた。しかし放っておいた。謙二を信頼していたからだ、だが、ある時疑惑が生まれた」  市長は体を窓から昇大の方に向けて昇大を見た。そして「あなたから謙二に電話が掛かってきた時だ、謙二はいつもだったら運転中でも電話に出て、断りの言葉を言い後で掛け直していた。運転中に電話に出るマナーの悪さはホスト時代に得たものなのだろう。私はその行動が嫌いだったが無視していた、それはどうでもいい、言いたいことはあの日昇大さんから電話が掛かってきた時だけ謙二は電話を放置したことだ。おそらくその時の謙二は動揺していて違う行動を取ったのだろう。そのお陰で私は気付くことが出来た。謙二が私に何かを隠していると」と言った。  市長は再び窓の外を眺め話を続ける「それからは簡単だった。石の願いを譲ってやるから隠していることを話せ。その言葉だけで謙二は全て吐いた。なあ謙二、お前には私を裏切らないといけないほどの願望があるからなぁ。」嫌らしく謙二に向かってそう言い再度話を続ける「そして今に至る。昇大さん、あなたは私の願いを横取りし自分の願いを叶えるつもりだったらしいが、謙二の計画に乗っている内はそれは不可能だったよ。謙二は最初からあなたにも願いを叶えさせるつもりはなく自分の願いを叶えるつもりだったのだから」  市長はそこまで話し黙った。表情は昇大が今までに見たことのない、目は怒りを込めていて口は笑みを浮かべているという昇大の知る限り最も怒りを表現する表情をしていた。口角が上がっていることが怒りの表現を増幅させている。昇大はそれを見て寒気がした。おそらく未琴も同じように今の状況に恐怖を抱いていると思った。  謙二が口を開く「奈江山さん、石を置いてお帰りください、そうすれば報酬は手に入ります、こればっかりは」と言い、一瞬の間を空け「信用してください」と続けた。  市長は「あぁ、そうだな、その方がいい、帰ってもらって結構だよ、帰り道はわかるな?」と昇大達に聞いた。  昇大は迷いながらも石の入った箱を市長に手渡した。そして未琴に行こうと言い部屋を後にした。  昇大達が部屋から出た後、市長は謙二に聞いた「どうするつもりだ、私に裏切るつもりだったんだろう?、どう責任を取る」と。  謙二は「もちろん、言われた通り石を飲み込む役をやります」と返し、携帯電話を取り出し電話を掛けた。  市長は「何をしている」と聞いた、表情には疑惑よりも不安が見られた。何しろ謙二が市長に逆らうような行動を取ることは珍しく計画を立てたのが初めてでこれが二度目だ。謙二が市長の不安げな表情を見たのは初めてだった。  謙二は電話の向こうに向けて、また市長にもあえて聞こえるようにか「計画は続行します」と大きめの声で言った。続けて「始めてください」と叫んだ。  市長は「何を言っている」と謙二に言い、外から騒ぎ声が聞こえたので窓の前に移動し窓越しに下を見た。そして目を見開いた。  大勢の社員がスピーカーを持った一人の社員に手引きされ外に出ていくのが見えた。その社員は勲だった。  やがて社員達はスピーカーを持つ社員を追い抜いて駆け出していく。何かから逃げているようだと市長は感じた。  市長は「どういうことだ」と謙二に向け叫んだ。顔からは焦りと怒りと何が起きているかわからないという疑問が表れていて、謙二は市長の慌てふためいた姿を見て満足げに笑った。  その表情のまま謙二は「社長、裏切って申し訳ありませんでした」と言い、続けて「お詫びに花火をお見せします」と言った。  謙二がその発言をしてから少しするとパンパンと乾いた音が聞こえ始めた。  市長は「何の音だ」と小さく呟いた、表情からは怯えが伺えた。  音は次第に大きくなっていった。市長達のいる階に近付いてきているようだった。  時期に音は耳に響くほど大きくなり、突如謙二と市長の間から轟音と火花が飛び散った。 18  昇大達は壁に張り付いていた。  帰ろうとしていてエレベーターに乗ろうとした時に爆発音が聞こえた。その音は段々上がってきてるようだったので避難のつもりでエレベーター奥の鏡が張られている壁に体を押し付けていた。  爆発は上がっていくばかりではなく、建物内の横にも広がってるようだった。昇大は崩れるんじゃないかと思い冷や汗をかいていた。  昇大達がエレベーターに乗ってから少し時間が経ち爆発は遂に市長のいるこの階まで来た。  昇大は急いで市長の部屋まで行く。  壊れて半開きになった扉の前まで来ると、ちょうど家長のオフィスから石が入った箱が転がってきた、昇大はそれを拾い部屋の中へ入る。  部屋は真ん中が陥没していた、いや陥没ではなく穴が開き周りが水飛沫のように盛り上がっていた 昇大は絶句した。市長がいつも通りの堂々とした振る舞いではなく子供のように怯えた顔をしてしゃがんで怯え震えていたからだ。  市長と向かい合って部屋に開いた穴を挟んだ位置で謙二が立っていた、心なしか笑っているように見える。  昇大は謙二に「計画は中止したんじゃなかったのか」と聞いた。  謙二は「見てわかる通り続行しました、それについてはこれから話します、爆発は予定通りマイケルが起こしました」と答える。  昇大は「そういえば職員はどうしたんだ」と再び質問した。  謙二は「田仲が外に誘導しました、全員爆弾を仕掛けた、これから爆発すると言ったらすぐ外へ出ていきました、誰も社長を心配して上には来ませんでした、お陰で助かりました、全員無事のはずです」と答えた。  昇大は「勲か……そうか無事なら良かった」と言い安堵した。昇大は勲を心配していた、爆発が始まり未琴を守る姿勢を取りながらも心のどこかで勲のことが気にかかっていた。  昇大は謙二に尋ねた「石は名前を書けば叶うんだな?」と、そして箱から石を取りだし持ち合わせていたペンで奈江山昇大と名前を書いた。  その瞬間、昇大の後ろから笑い声が聞こえた、市長が立っていた、いつもの堂々とした立ち振舞いに戻っている。  昇大が驚いた拍子に市長は昇大の手から石を取った。  市長が叫ぶ「バカが!伝説の石だぞ、名前を書いたくらいで願いが叶うわけないだろうが、あの日君に見せた光る石はただの光るだけの石だ」  昇大が言い返す「だけど俺はその時に意識を失い、次に目が覚めた時この世界だった」市長から石を取り戻そうとするが上手く避けられてしまう。  市長は「それはスタンガンで気絶させただけだ」と言う。  昇大は少しだけ絶望を感じ、困惑し、記憶を探った、石について調べた時に叶う方法を見たはずだが失念していた。  昇大が諦めの思いと共に下を向きかけた瞬間、ガン、と鉄の音が響いた。  前を見ると市長は倒れていた、後ろには消火器を持った未琴が立っていた。  未琴は市長の手から石を取り上げ、昇大に渡した 未琴は「どうやったら願いを叶えられるんだろうね」と言った。  市長が声を発するが上手く声が出ないみたいだ「き……さま…た…だで…済むと思うなよ」  徐々に回復してきたのか市長は続けて言う、おそらくこの状況でやけになってきて漏らしたのだ「願いを叶えるには自分以外の誰かに石を飲み込ませないといけないんだ!私は君が気絶してる間に飲み込ませたんだ、前の世界で、しかし飲んだ人間は死ぬ、世界そのものが変わらない限りそれは覆せない、君みたいな例は特殊なんだ、私に感謝しろ!君に人を犠牲にする覚悟はあるのか?」 「1つ昔話をしようある日の真夜中、誰もいない山奥で私は機関銃を始めて使った。引き金を引きながら横に動かしたり右斜め左斜めと銃口を動かしたりそれを地面に向けたり目の前の一通りの場所を撃ち砕いた。葉っぱは粉々に散り枝は吹き飛び幾つもの空洞を作り木は倒れた、その時の興奮は今でも忘れられない。破壊とは素晴らしいものだ。人間は何かを壊すことでストレス解消をするが、それを突き詰めたものが真の破壊だ。それは芸術であり一つの人間の隠された欲求であり真理だ。その時に私は目覚めたのだ。この世の中を壊したい、そんな考えが生まれた。それからそれを本当にする為に動き始めて今に至る。幸い頭脳だけは長けていてこの世には願いを叶える石という存在があった。考えてみろ、この世の中に私以上の破壊 者はいないはずだ。私のおかげで日本はもう終わる。私の願望は叶ったのだ。一つの国を破壊したのだ」  市長は早口でそう捲し立てた、諦めと焦りもあるのか言わなくていいことを市長は全部口走ったと昇大は思った。そして後半は誰も聞いていなかった。  昇大は悩んだ、犠牲にしたい人間などいないからだ、しかし今願いを叶えるのを逃して市長にも渡したくない。  昇大が考えてる時に、後ろから未琴が何かを言った。  昇大にはそれが私が飲むわという言葉に聞こえた、その言葉の響きはいつも通り演技掛かっていた。  昇大は驚き呟いた「未琴……」  未琴の衝撃的な発言を聞き昇大は悩んだ。  世の中は色んな人間の企みによって出来ていて、運命の数も無数にある。誰を犠牲にするか変えるだけで自分の本当に叶えたい願いも変わってしまう確信があった。  未琴が口を開く「私はとても楽しかったの、前まで冷たかった昇大くんが急に優しくなって、それから過ごした今日までの日々が、もう思い残すことはないわ、昇大くんの為に死ねるんだもん」  続けて再び言った「私が飲むわ」  辺りはしんとした。空気が重い。  考え抜き、昇大は決断し言った「いや未琴は飲むな、謙二に飲ませる」  それを聞いた未琴は目を見開き口元に手を持っていき演技掛かった驚きのポーズをとった。 最終章  昇大の意外な発言に辺りの人間達はしんとしている。  その空気を破くように謙二は昇大に質問する「なぜ僕を選ぶのですか?」  昇大は「願いで世界が変わった場合、この石を飲み込んだ人間は叶えた人間と共に記憶を残したまま世界を移動することになる、俺は願いで必ず世界をまともな世界に戻す、その後に市長が再び石を使わないように見張りが欲しいんだ、この世界の記憶を持つ者で、かつ市長に対して反感を抱えてる人間で、市長に反感を持つ人間はたくさんいるだろうが、しかしその中で適任なのは謙二だと思った、だから選んだ」と答えた。  続けて「もちろん謙二にとって良い条件では無いことはわかっている、その世界の謙二がどういう生活をしてるかわからないが存在が消えるわけだしな、しかしあえてお願いしたい、お前しかいない、石を飲んでくれ」と謙二に頼んだ。  謙二はしばらく考えた後、「俺には恋人がいました、この世界で、そいつはとても綺麗で……、もう今は俺のもとを去っていったんですが、新しい世界に行けばこの世界の記憶を持たない彼女がいますね、再びチャンスがあるわけだ……わかりました、石を飲みます」と返した。顔は何かが吹っ切れたように明るく今までの真っ直ぐさを演じてるような闇を抱えた表情ではなく心から真っ直ぐな表情をしていた。  昇大はこんな顔を隠し持ってたら女にもモテるな、ホストになれるわけだと半ば呆れながらも、謙二の答えに感動し、ありがとうとお礼を言った。  謙二は石を受け取り飲み込んだ。昇大は言った「俺の願いは元の世界に帰ることだ」  市長が叫ぶ「うおおおおおおお私の石を、よくもおおおおおお」  周りが光り始め、世界が光に飲み込まれていった。未琴は昇大に「じゃあね」と言い笑顔を作った。その口調も笑顔も仕草も演技掛かっていた。昇大は泣きそうになった、光が増していく中未琴に向けて手を伸ばすが未琴は光に飲み込まれて消えた。  昇大と謙二のみが光に飲み込まれず形を保っている。  謙二は泣き顔の昇大に言った「まだ終わってはいませんよ、新しい世界がありますから」  泣き顔のまま昇大は言った「そういえば計画に俺達はいらなかったんではないのか。俺と美琴は何もしてないぞ。」  謙二は昇大のその疑問に対して「実は計画を立てる前に社長に知られた時の場合も想定していたんです。申し訳ありませんでした、伝えてなくて。社長に知られた場合はあなたと未琴さんには協力をして頂けないので僕と勲とマイケルだけでも計画が進むようにしていました。申し訳ありませんでした」  昇大は「そうか」と言い、若干腹が立ったが計画は成功している事実に目を向けてそれ以上に安心した気持ちで相殺した。そして「結果計画は成功してるから怒らないよ、許す」と続けた。  話が終わってもすぐには周りの光は消える気配は無かった。  それから昇大の時間感覚は定まってなかったが、おそらく10分ほど経った時に光は消え始め、前の世界の珠喃市の名所の山の頂上に昇大達は姿を現した。  昇大の心は帰ってきたのかという胸が躍る気持ちと、同時に以前の世界を思い返し喪失感に溢れた。 「勲……」と昇大は呟いた。  辺りは暗く謙二と共に街まで降り、昇大は謙二と話したいことがあったので家に来てもらうことにした。  謙二は家まで来て玄関には上がらず、立ちながら話をすることを望んだ。  昇大は巻き込んだことを謝罪し、これからのことについて少しだけ話し、昇大は謙二に泊まっていかないかと誘うが、謙二は頭を整理させたいから今日は帰ると告げタクシーを呼び帰っていった。  昇大は家の中に入りすぐにベッドに入った、眠れなかった、勲のことが頭から離れずとにかく悲しかった。  気付いたら眠りに入っていて目覚めたら昼の2時だった。  昇大は起きてすぐ未琴に電話を掛けた、幸い会社は休みだった。  未琴は「はい」と眠そうな声を出した。  昇大は「今から会えるか」と聞いた。  未琴は無愛想に「いきなりどうしたの?……すぐは無理、バイトあるから夜には会えるよ」と返した。  昇大はわかったそれでいいと了承し別れの言葉を言い電話を切った。  昇大は出掛ける支度をし再び電話を掛けた、相手は勲だった。  勲はすぐに出て「もしもし」と言った、もちろん男の声だった、昇大の心は勲は元は男なのだというこの世界の昇大だからこその安堵した気持ちと、あの世界の女の勲に惹かれ始めていた昇大の悲しい気持ちが二重になっていた。  昇大は「もしもし、久しぶり、元気か?」と聞き、会う約束を持ち掛けた。  勲は快く了承し夕方に会うことになった。  昇大は少し時間を潰してから、待ち合わせ場所に向かった。  勲は変わっていなかった、相変わらずのがっしりとした体格に爽やかな笑顔を見せる好青年だった 世間話をし、大いに盛り上がった。  昇大は話してる内に前の世界の勲の記憶が薄まるのが感じられた、しかし忘れるまではいかなかった、忘れることはないらしい。  二時間ほど話し昇大達は別れた。  別れ際に昇大は「次はキスしないんだな」と言い笑った。  勲は「何のことだ?」と驚いた顔で聞いたが、昇大は「何でもない、ごめん」と笑いながら謝った。  それを見た勲はわけがわからないというように疑問を顔に浮かべてじゃあなと言い昇大に背を向けた。  勲が帰っていくのを見送った昇大は下を向き溜め息を吐き「帰ってきたんだな」と呟きその事実を再び実感した。  その後昇大は未琴との待ち合わせ場所に向かった 場所は駅前の喫茶店だ、昇大が喫茶店に着くと既に未琴は来ていた。  未琴は不満を口にせず「久しぶり」とだけ言った、口調は演技掛かっていた。  昇大は「ごめん、遅れて」と謝り席に座った。  未琴は「いいよ、来てくれただけで嬉しいし」と返した。  それから二人は他愛ない話をして、話が一段落ついた後に昇大は少し歩かない?と提案した。  未琴は驚いた顔をした、昇大はそういえば夜道を二人で歩くのは初めてかもしれないなと思った。  歩きながら昇大は未琴の手を握った、未琴は驚いたのか一瞬体を震わせ、顔を赤らめた。  そのまま少し歩き、昇大は未琴に「もう一回付き合ってくれないか?」と聞いた  未琴は再び驚いている、この短時間での三度目の驚きだった。  未琴は「喜んで」と呟くように言った、片手で照れくさそうな仕草をし今にもきゃーと声をあげそうだった。  昇大は「ありがとう」と言った。  未琴は聞く「なら、これからはずっと一緒だよね?」  昇大は未琴に笑いかけ、前の世界で未琴と楽しく過ごした日々を思い出す。  昇大は「今は仕事よりお前が大事だ、これからはずっと一緒だよ」と返した。  未琴は昇大に抱きついた、昇大もそれを受け入れた。  それから二人はドラマのように抱き合いながら回った。いつまでも回り続けた。 fin
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