居眠り運転記

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序章  AM1時38分、軽自動車と大型トラックの接触事故は高速道路の入り口で起きた。  僕は事故が起きたその15分後に現場に駆け付けた。  通行止めで一車線規制となり、一列に並んだ車が高速道路に向かって斜め上へ少しずつ進んでいく。  成人男性よりも少し背の高い看板等で通行止めをされているエリア内では警察や救急車、高速道路の入り口から高速道路までの道の左側の木や草原があるところを頭だけ突き抜けて横たわっている白い大型トラック、リアガラスから後部座席までが潰れている青色の軽自動車が停まっていた。  横たわった大型トラックは軽自動車の車体の半分にもたれかかっている。  警察官が男と話をしている。高速道路の入り口を横断する横断歩道の信号前の歩道から見る限り、警察官と話す男は被害者のように見られた。初老の警察官の剣幕が鋭くなく、むしろ同情をしているように見られたからだ。  一人の男が救急隊に運ばれている、それは加害者の方の運転手で意識を失っていた、おそらく即死だろう。頭は包帯で止血されていたが、見るからに損傷が激しかった。勢いよく車の中の何かにぶつけ、陥没したのだろう。  警察官ではない野次馬に混じっているだけの僕にはその事故の詳細はわからない。  しかし、当たり、のはずだ。  唯一の仕事仲間であり現役警察官の相棒が言うのだから間違いない。  僕には事故が起きた直後にその相棒から連絡が入り、当たり、かもしれないとのことなので僕の家の近くだったこともあり急いでここまで来たのだ。  次の日、その事故はニュースになった。  大型トラックの運転手の居眠り運転によって起きた事故だと報じられた。  やっぱり当たりだ、と僕は思った。  さて、これから普段は暇な僕は少し忙しくなる。  その居眠り運転事故の情報をかき集めるためだ。  僕は僕の家の隣に佇む事務所から飛び出し、相棒の家へ向かった。  相棒はちょうど休日で家で寝ていた。  起こされて機嫌は悪そうだが、僕が訪問することはわかっていたので、怒り顔はすぐに収まった。 「さっきニュースを見たんだが、昨日の事故、やっぱり当たりだったよ」僕が言う。 「だから言ったろ、俺が間違った情報を流したことがあったか?、これでも確証を得てから一般人のお前に教えてやってんだぜ、しかもリスクを負って。感謝しろよ」相棒の城田龍が言う。 「んで、その後発覚した情報を聞きに来たんだろ?」 「そうだ。教えてくれ」 「わかったよ」  相棒は僕に事故の詳細を語った。  まず加害者の名前は富田明道、36歳、トラック運転手、既婚者で子供が2人いる。事故直後すぐに死亡したそうだ。  被害者の名前は川田健太、26歳、会社員、既婚者。  事故は川田が一時停止している時に富田のトラックが停まらずに川田の車に突っ込みそのまま草原の方向に進み縁石にタイヤが引っ掛かり横転したそうだ。  川田には怪我は無かったが相当ご立腹らしい。川田はそれなりの金を富田の遺族に求めるだろう。  相棒の情報を聞き、僕はまず富田の家族に話をしに行くことにした。  そこには僕の家から車で15分程で着いた。住宅街内の交差点の角に富田の住んでいた一軒家が立っていた。  家にパトカーが停まってないことを確認し、僕は家のチャイムを押した。  富田の嫁はすぐに出てきた。僕は身分と事故の件と富田について話をしたいという旨を伝え、嫁の朱美は疑いの目を向けてきたが、中に入れてもらえた。  僕は来る時間を間違えた、と思った。  家の中に警察官がいたからだ。おそらく朱美から情報を聞き出しに来ていたのだろう。 「こんにちは、富田明道さんのお知り合いですか」と警察官は聞いてきた。  僕は自分の名刺を差し出した。  途端、警察官の態度は変わった。 「ああ、あなたがあの……」警察官は半笑いでそう呟いた。  僕のやってることは警察官には馬鹿にされていた。どこから頼まれているわけでもなく無報酬の慈善活動でお節介な活動をしているだからだ。警察官から、いや大抵の人間から見ればアホらしいのだろう。 「私が帰った後は何をしてもいいですが捜査の邪魔になることだけはしないで下さいね」警察官はそう釘を刺してきた。  こういうやり取りはいつものことだ、腹も立たなくなった。  僕は警察官と朱美が話している間壁にもたれ、話が終わるのを待っていた。  警察官は隠す必要も無いとのことで、話をそばで聞くことを許可した。おそらく隠す価値も無いくらいの意味でそう言ったのだろう。  それから30分程経ち、聞きたいことを聞き出した警察官は朱美に礼を言って家から出ていき、今度は僕が朱美から話を聞く番になった。 「単刀直入に聞きますが、まずは、何故明道さんは居眠り運転をされたのでしょう」とテーブルの前のソファに座った僕は切り出した。 「その前に、あなたの仕事について詳しく教えて下さい、何が目的なんですか」と朱美。  僕は自分のことについて大まかに話した。何がしたいのか、何が目的なのか。 「なるほど、あなたは少し変わった仕事をされてるんですね、しかし、私としては有り難いです、なので協力します」 「夫が居眠り運転をした日、夫は夜中一睡もせずに帰ってきて、それからも子供と夕方まで遊んでくれて、その後結局寝ることも無く仕事に向かいました、子供のことを思って夫は睡眠時間を無くしました、おそらくそれが原因で今回の結果になったのでしょう」 「わかりました。とりあえず今のところはその情報だけで十分です、ご協力ありがとうございました」 「これだけでいいんですか?」 「はい、僕は警察ではないので、細かいことまでは聞きません、僕の仕事はカウンセリングに似ているんですよ、事故を調べるよりも人の方を調べるんです、一旦僕の仕事をカウンセリングとしましょう、そうなった時に助けを求めているのは朱美さんには酷な言い方をしますが加害者側ではなく、被害者の方なのです」 「同時に言い方は悪いですが厄介なのも被害者側なのです、なので話し合うのに時間がかかるのも被害者側と、なのです」  僕は再びお礼を言い、失礼しますと家を後にした。  僕は次は川田家に向かうことにした。しかしさっきの警察官、はたまた別の警察官がいる可能性があるので、少し時間を置いて、近くにあった喫茶店で1時間くつろいでから向かった。  喫茶店から車で30分掛け、僕は川田家に着いた。  チャイムを押し、出てきた川田健太に先刻と同じように名刺を渡し身分を明かし、話を聞かせて欲しいと頼んだ。  結果はノーだった。胡散臭いからだ、と言われた。  僕は諦め、その場を後にして、被害者の川田健太はガードが固いかと思った。だが、これはよくあることだ。僕は対策を練ることにした。いかに川田健太を信用させるか、そして懐柔させるか。  これは仕事を進めるのに大事なところだ。被害者との関係でこちらが上手く立ち回るように出来れば、仕事は圧倒的に早く進む。  僕はいつもの通りの手を使うことにした。  それは相棒と一緒に被害者宅に訪問することだ。  僕みたいな一般的ではない職業の人間でも、警察官と繋がっていると思わせるだけで、印象は大きく変わり、僕単体には心を開かない相手からも話を聞くことが出来るようになる。この手を使えば大抵上手く行く。  それは失敗に終わった。 「警察官も落ちたものですね、こんな人とパイプを持つなんて」川田健太はそう言った。  僕は、まずいな、今回の仕事は一筋縄にはいかない、そう思った。  僕は事務所に帰り再び対策を練ることにした。もう夜になっていた。  活動再開は明日からになる。これはまずいのだ、時間が経ってしまうと、人はその間に色々と考える。結果、僕が話を聞く対象の相手は自分に都合の良い風に話を持っていくようになる。  まずいな、僕は事務所に1つしかないデスクを前に立ちながらタバコをふかしていた。  窓の外を見る、暗い外でも事務所の裏にあるビルのコンクリート壁はよく見えた。  その時、僕はあることを思い出した。それは今からでも活動をすることが出来、かつやり方によっては川田を懐柔させることも可能なものだった。  僕はその件で相棒と打ち合わせをするか、と思い、相棒に電話を掛けた。  今から家に行ってもいいかと聞いてみた。  独身の相棒は、明日は仕事だから、遅くまでいないならいいぞ、と返してきた。  相棒の家に入り、僕は相棒に川田健太はどんな人間なのかを訊ねた。  相棒の仕事は、地域で起きた小さな事件を扱うこと。今回の事故は相棒の仕事とは関係の無いものなのだ。  しかし相棒の同僚には僕に対して理解のある人間が多く、相棒が情報を求めれば呆れながらも、素直に情報を渡してくれる。正直警察官にあるまじきことであり、最悪法に触れるだろう。  それでもそういうリスクを負ってでも相棒は僕に協力をしてくれる。  とても有り難い仕事仲間なのだ。  相棒が仕入れた情報によると、川田健太は堅物らしい。  それは僕も、川田健太の眼鏡を掛けて短い黒髪で普段から険しい顔をしている外見からそう感じていた。  そして昼間に言われた言葉からも、そう感じた。 「川田は昼のお前と俺のせいで警察官にも心を開かなくなるだろう、まずいぞ、お前は捜査の邪魔をしている、と他の警察官に思われる、どうするつもりだ」 「警察官からの信用ははなから期待してないからいい、だが僕もお縄につくことはしたくない」 「どうするんだ」 「川田を説得する」 「どうやって」  僕は川田健太の名刺を相棒に見せた。  僕は実は川田家への最初の訪問で川田健太に迷惑そうにされながらも名刺だけは受け取っていたのだ。  それには携帯電話の番号やメールアドレスが書かれている。  夜だから電話を掛けるのはまずい、余計印象を悪くする、だからメールを送る。  しかし問題は文面だ、現在僕は川田健太に良い風に思われていない。だから慎重に言葉を選ばなければいけなかった。  相棒の家に来た一番の目的は、そのメールを送る時に川田健太の心を開かせるような言葉を使えるように助言をもらうことだったのだ。  宛先 川田健太  件名 昼間お宅に伺った×××ですが。先日の事故について  こんばんは、夜分遅くに申し訳ありません。  事故についてお伝えしたいことがあり、連絡させて頂きました。内容は金銭についてです。  もし、話を聞いて頂けるなら返信をお願いします。  相棒の考えた文面はこうだった。  相棒はこれなら喰いついてくるだろう、と笑っていた。相棒によると川田健太は金に執着心が強いらしい、相棒がそれに気付いたのは川田健太が被害者遺族から金をいかに多く取るかを画策しているらしいことと、川田健太は過去に幾度も会社の上司に自分は薄給だと訴えて衝突をしているらしいことからだった。  相棒の情報を集める能力は僕よりも凄い、正直そうなると僕には立つ瀬が無いのだが僕には僕の仕事がある。だから良いのだ。……まあ良いだろう。  僕の送ったメールに対して返信は5分程で帰ってきた。  宛先 ×××  件名 Re:昼間お宅に伺った×××ですが。先日の事故について  こんばんは、昼間の対応は失礼しました。何しろ仕事が立て込んでいたもので。  用件を聞きたいと思います。  内容を送って下さい。  相棒はそれを見て、金が絡んだ瞬間態度を変えたな、こいつと拍子抜けていた。 「で、どう返信するんだ、金銭についての話って何だ?」僕は相棒に聞いた。 「正直に言うと、出任せなんだよな、それ、本当は金に関わる情報なんて持ち合わせないんだ」 「じゃあどうすんだよ、話を聞き出せないじゃないか」僕は焦った。 「ちょっとは自分で考えろよ、相手は話に乗っかって来ているんだぜ、ならどんなことでもいいから金について嘘の情報を言いつつ、話を聞き出せよ」 「了解」  僕はその後、僕の知っていることを述べます。言いにくいことですが富田さんの遺族には賠償金等を払う余裕はありません。そこで提案なのですが、僕が川田さんが満足するような結果になるように仲介をさせて頂こうと思っているんですが、どうですか?とメールで送り、川田健太はその話について詳しく教えて下さい、乗るか乗らないかはそれからです。それからそれをやってあなたにメリットはあるんですか?交換条件があるのなら早く教えて欲しいのですがと返してきた。僕は川田健太は勘が良いな、と思った。  僕は、仲介の内容は大まかに言うと川田さんが富田さんに求める額を僕が肩代わりするというものです、それをやる理由はそれなら誰も困らないからです、僕のやっていることが慈善事業だということはご存知でしょう、なので僕は出任せではなく本当にそうするつもりです。そしてあなたの言ったそれの交換条件は確かにあります、それはあなたに事件についての話を隠すことなく話して頂くというものです。それが不可能なら、申し訳無いです、あなたはあなたの意には沿わない金銭しかあなたは得られない。僕はそれを回避する為関係者全員が納得出来るように動きたいのです。どうか御協力をお願い致します。と川田健太に送った。 「さすがだな、これで川田が乗ればお前の望むように話が進んでいくじゃないか、最初は俺の出任せだったのに、それを上手く使ったな。しかも出任せという言葉を然り気無く使いやがって」相棒は感心しながらも苦笑した。 「まあ慈善活動と言っても仕事だからな、儲けはほぼ無いが、ちゃんとやるよ」  そう、僕の仕事はどこからも金は出ない、依頼されているわけではなくて、自分が勝手にやっている活動だからだ、言ってしまえば趣味とも言える。しかし僕がこれを仕事だと言い張るのには理由がある。それはこの活動は僕の恋人であった人が僕に遺した唯一の僕の目的意識であり、その上で行っているものなのだ。僕はそれを趣味だとか遊びだとか言いたくはない、だから"仕事"と、僕はそう自称している。たとえ世間には認められなくて、どう思われるとしても。  僕が恋人との日々を少しだけ思い出していると、川田健太から返信が届いた。  宛先 ×××  件名 あなたは良いのですか?  僕はその話を了承したいところですが、あなたには僕から話を聞いたとしてもメリットは無い。それともあなたは富田さんに依頼されて動いているのですか?だから、金はどっちみち富田さんからあなたには入るようになってるのでしょう?  あなたは富田さんに僕に払う金よりも多い金を取るつもりではないのですか?  それならあなたは悪徳業者ですが、僕にはあなたがそうにしか見えない。  ですが、僕はその話で進めたい気持ちがあります、なので、もしあなたが上記のような悪徳業者ではないと仰るならyesと送って下さい。それが届けば明日の昼の2時に家で待ってます。  あなたが悪徳業者ならば、僕は話を断りたいと思います、その場合、noと送って下さい。そうなればもう会うことは無いでしょう。  僕は川田健太にyesと送った。  そして翌日、昼の2時、川田家に昨日とは打って変わって快く入れてもらえた。  僕はリビングに迎えられ「何から話しましょうか」と川田健太は聞いてきた。  ちなみに相棒は仕事中なので来ていない。 「まず始めに聞きたいのは、川田さんは富田さんの起こした事故についてどうお思いですか?」 「情けないと思います、トラック運転手ともあろう人が居眠り運転をして周りに迷惑を掛けるなんて、まさに仕事に対する責任感が欠けていると思いますね」 「なるほど、では次に川田さんの望む金額を教えて欲しいのですが」 「いきなりですね」川田健太は少しだけ疑いの目を見せた。 「失礼ですが、僕はさっきの川田さんの発言を聞いて、川田さんには富田さんにどんな事情があろうとも関係無いという意志を感じました、なので、そこは飛ばして、本題にいきます」  川田健太は眼鏡の位置を動かしてから「富田さんの事情?何ですか、それは。居眠り運転をしたことを正当化出来るほどのものなら聞きますよ」  僕は心の中で溜め息を吐いた。この男は情よりも金や責任という言葉が好きなのだろうと思った。 「一応話します、富田さんは居眠り運転をする前夜徹夜で運転をしていました、そして朝家に帰った後、その夜も仕事があるので本来ならば寝なければいけないところだったのですが、富田さんはそれが出来なかった、それは何故でしょうか」 「早く話の核を話してください、まあ僕の想像では仕事をそっちのけで遊んでいた、とかだと思いますけどね」 「確かに富田さんは遊んでいました、しかしそれは自分の為ではありません。富田さんはお子さんと休日が重なった為にそっちを優先して無理をしたのです」  それを聞いた川田健太の目は一瞬泳ぎ、しかし「だから何です、子供の為に体を張った結果が僕の車を壊して僕の仕事を邪魔することですか、いくら子供の為とは言え許されることではありませんよ」そう言いながらも川田健太は動揺を隠せず眼鏡の位置を直す手が震えていた。  僕は良かった、川田健太にも情はあるのだなと思った、なら上手く事を進められそうだ。  僕は「川田健太さん、僕は昨日言った通り、あなたの望む金額は払います、ですが、僕が本当に望んでいることは話を聞くことではありません、僕は川田健太さんと富田さんの遺族の方との和解を求めます」  立て続けに「居眠り運転というのは過失ではなく、誰も予期のしていない悲劇です、なのでどうか川田さんにはお亡くなりになった富田さんの気持ちを汲んで頂き、遺族の方を責めないので欲しいのです」 「あなたは何が目的なのですか、僕にはあなたのしたいことも、それによってあなたが得するところもわからないです」 「目的は話した通りです、僕は居眠り運転によって起きたことを悲劇のまま終わらせたくない、なのでこうして関係者の方のもとを訪ねて、全員が納得出来て、少しでも幸せを取り戻せるように動いているのです」 「それはあなたの自己満足でしょう、誰がそんなことを望んだのです?」 「あなたは金銭を望んだ、そしてそれは確実に手に入る、これは1つの納得の出来る結末ではないでしょうか」 「僕が言いたいのは、事故によって亡くなった身内を探られて遺族の方達には迷惑でしかないということです、あなたのしてることは人の心を掻き乱しているだけだ」 「富田さんの奥様は言われました、主人は戻ってきません、しかし主人を犯罪者のように思われるのは苦しい、と。僕はその言葉を聞いて、川田さんに富田さんのことを少しでも良く思ってもらおうとしたのです」 「だから、それがあなたの自己満足でしょうが。誰もそうしろとなんて言ってないのに、あなたは勝手に行動している」 「……それについては悪いですが、そうとしか言えません、自分の考えでお節介をして事故を悪い結果にさせないようにする、それが僕の仕事なのです」 「あなたの言い分はわかりました、金は言われた通り払って頂きます、しかしだからといって被害者の僕が自ら加害者側の家族のもとへ出向いて許しますなんてことは言いませんよ、本来ならば相手側が謝罪しに来るのが当たり前なのですから、少なくとも事故から今現在までの間に富田さんのご遺族は来てませんがね」 「少し電話を掛けさせてもらってもいいですか」 「話は済みました。電話をするなら家から出てからにして下さい」 「僕の用件はまだ終わってません、もう少しだけご協力下さい」  僕は電話を掛け電話の相手に向かって「お願いします」と伝えた。  そして川田家の玄関のチャイムが鳴り、僕と川田健太のそばで話を聞いていた川田健太の嫁が玄関に向かった。  川田健太の嫁はすぐに戻ってきた。  事態を把握出来ず怪訝な顔をしている川田健太の嫁に続いて出てきたのは富田さんの遺族だった。  そう、朱美とその息子達だ。 「この度は主人がとんでもないご迷惑を掛けて申し訳ありませんでした」床にひれ伏せた朱美は川田健太に向かってそう言った。「償いは何でもします」  川田健太は戸惑っていた。どう対応するかを頭をかなりの速度で回転させて考えているようだった。  しかし川田健太らしい自分の意見とプライドを第一にする振る舞い方法は思い付かなかったらしく、川田健太は「どうして今になって」と呟いた。 「遅れて申し訳ありませんでした、どうかご理解下さい、私も主人を亡くした身であり、悲しみから抜けきれず、そして死を受け入れられず、こうして真っ先にしなければいけないことを後回しにしてしまったのです」  川田健太はそんなこと僕には関係無い、とでも言うかと思ったが、川田健太は「お察しします」と答えた。  僕は度肝を抜かれていた。これはまさか……。  考える間もなく、富田さんの次男が川田健太に頭を下げて、「ごめんなさい、だけどお父さんを許して」と泣きそうな顔で言った。  川田健太は「ああ許すよ」と微笑みながら言った。  僕はそれに対して何も言う言葉が無かった。というより出る幕が。  僕はせめて場の空気を壊さないように、川田健太にまた来ますと言ってその場を後にした。  川田健太は?を顔に浮かべたが、すぐに富田さんの遺族に向かい合った。  そして夜に至る。僕は相棒とバーで飲んでいた。 「結局、僕がいなくてもあの家族達は上手くやっていたんだよ」悪酔いしている僕は相棒に愚痴をこぼしていた。 「そんなことない、お前が上手いことそこまで話を持っていったんだろう」相棒が言う。 「たとえそうだとしてもそれすら自分1人の力じゃないからな」そう僕は相棒に助けられていなければ何も出来ていなかった。 「いいんじゃないか、お前はきっかけになってるんだから、俺もお前が居眠り運転専門の探偵をやるなんて言わなかったら手伝ってないぞ、そもそも俺にはそんな仕事思い付きもしない」  相棒の言う通り、僕の職業、いや慈善事業を言葉にするならば、自称だが、居眠り運転専門の探偵だ。  僕は一応探偵として動いていたのだ。やっていることは遺族のケアや金銭問題の解決、カウンセラーや法律事務等の仕事のようだが。しかも探偵を名乗っている割に、調べることはせずに情報は全部相棒からもらっている。つまり僕でさえ僕の職業を何て言えばいいのか良くわからない。しかし1つ言えることはこの仕事をしている人間は当然ながら世の中で僕だけだ。  僕だけの仕事だ。  後日、川田健太に会いに行き、払う金の量を聞きに行った。  車の修理代、仕事を遅らせたことへの慰謝料の計で200万円。  まあこんなもんだろう。僕は一括ですぐに川田健太に現金で手渡した。  僕の職業を知る川田健太は最後までどこからこの金が出てくるんだと不思議そうだったが、聞いてくることは無かった。言うつもりも無いが。  僕がある日の朝、事務所で暇そうにしていると、来訪者が現れた。  朱美と富田さんの子供だった。 「おはようございます。あの……川田さんに聞きました、本当は私が払わなければいけなかったお金をあなたが肩代わりした、と」 「いくらですか、私にそのお金をあなたに返させて下さい」  僕は少しだけ微笑み「その必要は無いですよ、僕がしたくてしたことですから」と返す。 「ですけど」 「あなたはお金よりももっと大事な人を失った。僕に何かを返したいと言うならばどうか幸せになって下さい、それが僕の望みです」 「本当にいいのですか」 「ええ」 「そんな……」朱美も食い下がろうとしている。まあ当然と言えば当然だが、見ず知らずの他人が無償で金を肩代わりしたのだから。人によっては気味悪く思うだろう。  僕はいつものパターンを使うことにした「さあ僕も忙しい身なので、そろそろ話を切り上げたいんですが」 「私にはあなたが良い人か悪い人なのかわからないんです、だから不安なの、後から取り立てがやってこないかとか」  僕は想定内の疑惑に対してまたいつもの手を使うことにした「僕はそれほど頭の働く人間じゃありませんよ、さあさあ僕もそろそろ昼寝をしないといけないので今日はお帰り下さい、もし納得出来ないのなら後日また聞きますから、いつでもいいので、さあさあ」  朱美は不満げな顔をしたが、その表情からは呆れも見え「行くわよ」と子供達を連れて帰っていった。  朱美は事務所を出る時頭を下げるだけだったが、子供の次男の方は「おじさん、ありがとうございました」と深々とお辞儀をしてから出ていった。僕は次男に手を振った。  今回の件はこれで終わりだ。  円満に終えられて本当に良かった。朱美とはその後も何度か会うことになったが、最終的には朱美が折れた。  これが僕、居眠り運転専門の探偵、の仕事だ、これをする目的は居眠り運転で起きた事故の被害者や遺族の悲しみを軽減させたいからだ、真相を知るだけで救えられるなら救いたい、また納得をさせるためなら僕はどんな手でも使う。僕は以前の仕事、タクシードライバーを辞めてこの仕事を作った。僕の名前は武藤久だ。  そんなこんなで、僕はこの仕事を続けていくつもりだ。  ちなみに最後に明かすが慈善事業をしている僕が金を簡単に差し出せる程持っている理由はタクシードライバー時代に貯金をしていたから、とかではない。  これでもこの仕事は汚い部分もあるのだ。  朱美のような例がわかりやすい、いつか川田健太が僕を悪徳業者かと疑ったが、それもあながち間違っていないのだ。  金を肩代わりして、遺族からそれ以上の金を頂いたケースは結構あるのだ。それを受け取っている僕は詐欺師とも言えるだろう。  僕は自分を正当化はしない。ただの汚いお節介野郎だ。しかし1つだけ誇れることはこの仕事をすることになったきっかけは、そんな汚いことではなく、もっと真っ直ぐなものでそして悲しいものだった。それだけは間違いない。  結果的に今の僕は警察に犯罪すれすれのことをさせて、僕自信も詐欺のようなこともしている。いつ捕まってもおかしくはない。  まあそんなところだ。  事務所のチャイムが鳴る。訪問者は相棒だった。 「また居眠り運転事故が起きたぞ」相棒は走ってきたのか汗をかいていた。  こうしてまた僕の仕事が始まる。 居眠り運転記 1.病院のエリート  僕はコーヒーを飲んでいた。ブラックだ。寝起きにはこれが一番だと僕は思っている。  特に仕事がない平日の朝の頭を使わなくて錆びてしまいそうな時にはぴったりなのだ。  今日の僕の気分は良くなかった。  原因は昨日発覚した事実だ。数ヶ月前に起きた居眠り運転の事故の加害者の嫁の朱美が事務所に来てある告白をしてきたのだ。 「実は夫を寝かせないように仕向けたのは私なんです。本当のことを言います、私は夫の浮気癖に我慢が出来ませんでした、夫は私に隠れて何年も愛人を取っ替え引っ替えで作る人でした、しかもそれを隠そうともしない、最低の人だったのです、私が夫を寝かせないようにして居眠り運転をさせることを決意させたきっかけは夫が愛人と子供を作ってしまったから離婚して欲しいと言ってきたことです、このことは警察にも言ってない今では私と夫の愛人しか知らない事実です、事故の前後に公にならなかったことが幸いです、愛人はおそらく子供を堕ろして他の恋人を作ったことでしょう、想像の域ですが。これがあの事故の真相です、どうか御内密に願いたいと言いたいところですが、私は正直あなたのことを信用していません、黙 って頂いても公にして頂いてもご自由にして下さい、私疲れました、真実を隠すことも、1人の収入だけで2人の子供を育てていくことも、私が捕まっても子供達は私の両親が引き取るでしょう、なので大丈夫です。何を言ってるのかな、私は、あなたに子供の行く末まで話す必要無いのに。最後に受け取って欲しいものがあります、これ200万円です、金額は川田さんに聞きました、やっぱり私には肩代わりして頂く資格が無いので返します、では」厚い封筒を事務所のデスクに丁寧に起き、朱美は帰ろうとした。 「待って下さい」僕が引き留めた。 「それは持って帰って下さい、あなたが今気分が参っているのはわかります、あなた僕が公にしなくても自首するおつもりでしょう?しかし子供のことを考えてあげてください、あなたが犯罪者になる、あなたが目の前からいなくなる、その2つが子供達に良い結果をもたらすとは僕は思えません。だからあなたはその200万円をあなたが立ち直れる為に使って下さい、そしてあなたの犯した罪は子供に尽くすことで償って下さい、それがあなたの最善の道です」 「武藤さん……」朱美は泣きそうになっていた。相当精神面に負担が掛かっているのだろう。 「僕の仕事はあなたを含む事故の関係者の悲しみを和らげること。なのであなたも幸せになって下さい、僕はそれを望みます」僕は微笑みそう言った。  朱美は泣きながら僕にお礼と謝罪をし、200万円を持って、帰った。  これで本当にあの事故は解決した。  しかし問題が残っている。愛人の存在だ。それは僕にはどうしようも出来ない。無理矢理口止めするのは僕の仕事の範疇から外れている。  僕は朱美さんが愛人からたかられたり、良くないことをされる可能性が頭に浮かび気分が悪くなった。  愛人の方は朱美さんが事故を狙ったことまでは知らない、しかし愛人が悪ふざけで富田さんと子供を作ったことを警察に言って事態を悪化させたら朱美さんはどう動くかがわからない。自首をしてしまうかもしれない。それが僕は怖い。  そんなことを考えていたら、気分は滑るように沈んでいった。もう考えるのはやめよう。  僕はニュースを見ることにした。  テレビには最近話題の医者が出ていた。  この医者は若くして日本有数の大病院の中でトップレベルの医術を持つ。確かこの医者が勤める病院は僕の住むこの県で最も大きくかつ儲けている病院だったはずだ。  この医者は顔が良い。俳優とは違うタイプの男前で、医者の堅苦しく常に真剣な顔付きをしながらもそれをかなり美形にしたような顔だ。髪も長い、そこは医者らしくないように感じる。今ではこの医者、名前は柊修(収まりの良い名前だ)はテレビに引っ張りだこでタレントと化している。医療の天才、と呼ばれている。顔も良くて天才で話す内容も面白く話題になるからテレビ局はやたら使いたがる。  今ニュースではその柊修が出ていて、最近手術をし、居眠り運転事故を起こし重体となった運転手を回復させた時のことを語っている。  僕はテレビを呆然と眺めながら「居眠り運転か」と呟いた。  相棒は暇そうにしていた。  僕は12時頃事務所の入口のドアノブに休憩中の札を掛けて暇潰しに相棒の家を訪ねた。 「どうした、武藤」相棒が聞いてきた。 「いや、用事は無い、暇だったから」 「もしかして金が無いから昼飯をねだりに来たのか?」 「そういうわけではないが。ところで、相棒、最近流行っている医者知ってるか?ほらあの半島大学病院のエリート」 「知ってるけど、そいつがどうかしたのか」 「思ったんだが、あいつ、時々居眠り運転の手術とかもするらしいじゃないか、だから関わりを持って損は無い気がするんだ」 「仕事仲間にしたいのか?」 「そうだ、あいつは力になりそうだ」 「だけど、あいつは有名人で、お前は胡散臭い一般人、関わることすら難しい。それに有名人のあいつには言えないような、公に出来ないこともしているだろう」 「そこらへんは何とかなるだろう」 「何とかなるって、お前の情報源を聞かれたらどうするんだ、情報を集める手段を持ってないお前は正直に言うしか出来ないだろう。俺は告発されたくないぞ、だからその話は却下だ」 「……まあそうか、わかった、諦めるよ」 「それでいい」そう言いながら僕に横顔を向けた相棒はテレビの電源を付けた。  相棒がニュースにチャンネルを変えると、柊修がインタビューを受けていて僕が事務所で見た時と同じ内容を話していた。手術をした居眠り運転の運転手について語っていた。  柊修は居眠り運転についてどう思われますか、と記者に質問され、良いことではないです、不幸しか生まないから、しかし全く無くすのは難しいことでしょうね、と答えていた。  僕は柊修の回答は医者よりも政治家が言うものに近くないかと感じ、しかし居眠り運転が不幸しか生まないという点に対しては確かにその通りではある、何もしなければ悲劇だ、それには同意見だ、と思った。  相棒は「キザな奴だな」と毒づいていた。  僕はその後1時になり、事務所に戻り、誰も来る気配が無いので寝ることにした。滅多に事務所に居眠り運転に関わった人間が相談しに来ることは無いのだ。  僕は携帯電話の音で目を覚ました。窓を見ると外は薄暗く明かりは事務所の天井の電気と後ろに立つビルの幾つかの窓からの明かりのみとなっていた。どうやら夕方らしい。  僕は電話を掛けてきた相手を確認すると、それは相棒で、飲みに行かないかという誘いだった。  僕は明日は仕事じゃないのか、と質問した。  相棒に明日も休みだ、と即答され、僕はそうかと答えた。そして行く店を決め、僕は家を出た。  7時頃居酒屋に落ち合った僕と相棒は、中に入りすぐに飲み始めた。僕と相棒は2人共酒に強い。  あっという間に10杯程飲んだ後、相棒は店の角にあるテレビを見上げ「またあいつか」と呟いた。  テレビにはニュースが流れていて柊修が映っていた。 「居眠り運転というものは何も生まない、あって良いものでは無いのです」  柊修はもはや演説をしていた。  その言葉を聞いてそれまで柊修を良く見ていた僕もさすがに反感を覚えた。 「ほら見ろ、味方になるどころかむしろお前の商売を否定してるじゃないか、まああいつはお前のことなんて知らないだろうけどな、お前の職業も」と相棒。 「……そうだな」僕はそうとしか答えられなかった。残念な気持ちもあったからだ。  その後柊修を見て気分が冷めた相棒は帰ると言い出し、僕は柊修の最後の台詞を聞いてから店を出た。 「居眠り運転は悲しみしか生まない、しかしそれを阻止するために僕がいるとも言えます、僕は居眠り運転や勿論病気や怪我を負われた方の最後の希望でありたいのです」  柊修と僕は通ずるものがある、相棒と飲みながらテレビで柊修を見た次の日、僕は目を覚ましてすぐそう思った。  その日僕は自分が柊修と対面することになるとは思いもしなかった。  僕はその日木曜日で事務所を定休日にしていたので、昼からキャバクラへ行っていた。  そこで夕方まで過ごした僕は帰ろうと思い、支払いを済ませた時に、入り口から複数の男を連れた柊修が現れたのだ。  僕は急いで、支払いをやめ、残ることにした。  僕は柊修と話してみたかったからだ。しかし柊修は遠くの席に座り、わざわざ話し掛けに行くのは不自然なので、僕は柊修が帰るのを待つことにした。  2時間、3時間、時間は過ぎていき時刻は11時を回った。柊修らは11時半になってから会計をし、席からぞろぞろと帰り始めた。  それを確認した僕も再び会計をし店から出た。  外には駐車場に停まっている車を背にしてもたれかかっていた柊修が、連れてきた男達と笑いながら話している。  やがて男達は柊修に別れを告げタクシーを呼んで帰っていった。  1人になった柊修は今までもたれかかっていた車に乗り込もうとしたので、僕は呼び止めた。 「何ですか」ドアを開ける寸前だった柊修が少し苛つきながら聞く。 「あの、これ落としましたよ」僕は偶然持っていた新品の黒いハンカチをあたかも柊修が落としたかのように手渡した。 「……こんなの持ってたかなぁ」そう言いながらも柊修は受け取る。  いきなり柊修は顔色を明るくし「わざわざありがとうございます」と会釈をしてきた。 「あなたは親切な人ですね、僕は柊修と申します、良ければあなたの名前も教えてもらいたい」 「僕は武藤久と言います、あなたはテレビに出ていたお医者さんですよね、最近見させてもらいました、ちなみに僕は少し特殊な仕事をやっています」 「特殊ですか、失礼ですがどのようなことをされているんですか?」 「探偵なんですが、調べるものが居眠り運転専門という特殊な職業なんですよ」 「そうですか、僕のテレビでの発言を聞いて思うことがあったんですね」  柊修は2歩後退り両手を上げ「何が目的ですか」と急に身構えた様子で身の安全を最優先に確保しようとした。おそらく僕をそこらの犯罪者と同じに考えていて逆上することを恐れているのだろう。 「多分、柊さんが思っていることを僕は考えてませんよ、僕は偶然会った柊さんと話したかっただけです」 「僕と何故話したいんですか」柊修は姿勢を変えない。 「居眠り運転について話し合いたいと思いましてね、あなたの意見を聞けば今後の活動に役立つと思ったんですよ」 「僕にメリットは無いですね、僕はあなたに興味も持てない、残念ながら話し合いをする気にはなれません」 「そうですか、わかりました。……そのハンカチは餞別にお渡しします」そう言って僕は立ち去った。  後ろから柊修の「やっぱり僕のじゃなかったのか」という呟きが聞こえた。  黒を基調としたグレーのボーダーが1本入ったハンカチ。  僕が帰りに相棒の家によるとそのハンカチがテーブルの上に置かれていて、その目の前に柊修が座っていた。  柊修はビールを飲んでいた。 「あれ、さっきの」柊修が驚いた顔で言う。 「あなた、城田と知り合いだったんですか」城田とは相棒のことだ。 「ええ、仕事仲間です」  柊修は考え込んで「では、あなたは警察官をやりながらその居眠り運転専門の探偵をやっているんですか?」  柊修は相棒が僕の仕事を手伝ってることを知らないのだろう、だからその発想になった。 「反対ですよ、僕は警察官はやってません、城田が警察官をやりながら僕の仕事を手伝っているんです」 「なるほど、つまりあなたは無職とほぼ変わらない方なんですね」  僕は呆気に取られた。 「いや実はついさっき城田にあなたの職業について、こういう職業があると説明を受けたんですが、僕が思うに居眠り運転の探偵は基本やることはなくて収入も無いに等しくて、つまりフリーターと言えますし、悪く言えば稼ぎが少しあるニートですね」柊修は屈託の無く見える笑顔を見せた。その屈託の無さがかえって悪意を感じさせた。 「ところであなたは僕をその仕事と言えないようなものを一緒に行う仲間にしたいそうですね、それも城田にさっき聞きました」 「とりあえず返答します。お断りします、僕も医者ですし暇ではないので」  僕は返事をさせる間も無く話し続けた柊修に何から言おうか迷った。しかしとりあえず「仕事仲間になってもらえないことは全然構わないんですが、予想してたので、それよりもあなたと城田の関係について聞きたいのですが……城田はテレビに出てるあなたを見て自分と知り合いなんて言ってませんでしたよ」と返した。  柊修はそれを聞き、はははと笑って、相棒に向かって冷たいなお前と笑いかけた。 「僕と城田は同級生で高校から大学まで一緒だったんですよ、仲もそれなりに良かったです、といっても城田の方はやけに僕の性格にいちゃもんをつけてきてましたけど、キザとかかっこつけているとか」  その頃から相棒は柊修に対して今と同じようなことを言っていたのか、そして相棒と柊修は同級生、つまり柊修は僕とも同い年なのか。歳は同じでも社会的地位は天と地の差だ。 「まあ仕事仲間とかの話は無かったことにしてせっかくだから飲みませんか」と僕が言う。 「そうですね、せっかくなので」と柊修。  誰の酒がわかっているのかと不満そうな顔を浮かべた相棒をよそに僕と柊修は乾杯をした。  翌日、柊修は死んだ。  原因は飲酒運転の上での居眠り運転。更に睡眠薬を飲んでいて、この死は自殺だと報じられていた。  そのニュースを見て僕は久しぶりに活動をすることとなった。  まずは相棒の家に行った。相棒は心ここにあらずという状態だった。 「相棒、柊修のことはもう知ってるよな」 「……あぁ、ニュースで見たよ」 「お前の心は察するよ、だけど1つだけ聞きたいことがある、柊修は昨日自殺を匂わせることを言っていたか」 「あぁその捜査は俺にとっても仕事だからな、お前の無神経な質問は気にしないよ。断言する、柊は昨日それらしいことは何も言わなかった、友人の俺にもだ、正直裏切られた気分だよ」 「……だが、柊修は最後に会う人間をお前にしたんだ、それだけでも多少は救われないか」 「お前らしい慰めだな、ありがとう、だが、俺はあいつの相談相手にすら選ばれなかったんだ、ごめん、しばらく1人にしてくれないか」  僕は相棒の家を後にした。  そして事務所へ戻り、パソコンで柊修について調べた。  柊修。さすが有名人だ。名前で検索するだけで個人のホームページがトップに来てその次に柊修が更新しているブログ、その後にはその本人のことが細かく書かれているWikipediaが出てきた。  僕は柊修のWikipediaのページを開いた。  ページの中に幾つかある項目の内から僕は経歴と人物について書かれたところを見ることにした。  柊修、生まれは僕も住むこの県、小学校、中学校は近所のところに通い成績はトップレベルだった、高校生にはこの県の中で最も偏差値の高いと言われている切支丹東盟高校に進む、この高校は警察官、消防士、弁護士、医者、看護士と幅広く簡単には就けない仕事に進むには打ってつけの高校だ、当然生徒のほとんどは進学する、柊修はこの高校の中でもトップレベルの成績を残していたらしい、そして大学は浜崎大学に進む、この大学は成績が良ければ柊修の勤める日本の病院でトップ5には入るほどの儲けを打ち出している浜崎大学病院にエスカレーター式で就職出来る大学だ。柊修は大学を卒業しそのまま浜崎大学病院に入り5年でその病院の中でもトップレベルになった。  性格については当たり障りのないことしか書いてなかった。このページの文章を記した人間は柊修をあまりわかっていないのだろう。  経歴を見て僕が思ったことは柊修はトップレベルの病院で若くしてトップレベルの成績を残している。当然抜かされたベテランに良くは思われてないだろう。あからさまに悪い態度を取る人間は少ないだろうが、あくまでこれは僕の想像だが柊修を殺したいくらい恨む者もいる可能性は無いとは言えないだろう。  この情報は重要だ。もしかしたら、僕の想像が当たっていれば柊修は自殺ではなく殺された可能性もある。  数日が経った。柊修の家も忙しい状態から落ち着きを取り戻しつつあるだろう。そして相棒の心も。  僕は相棒の家に向かった。 「ごめん、待たせたな、もう大丈夫だ」と相棒。 「柊修について教えてくれるか」 「あぁ何でも聞いてくれ──」  警察仲間からはまだ情報を聞き出せていない相棒は主に過去に見てきた柊修と、ニュースで流れた情報と柊修という人間の性格を重ね合わせた情報を提供してくれた。  柊修には嫁が1人いる。家では嫁と嫁の兄と暮らしているそうだ。何故嫁の兄も一緒に暮らしているかと聞いたら、相棒は、嫁の兄は介護が必要な体だからだと答えた。足が不自由らしい。確かに医者の柊修なら介護もリハビリもお手のもので身近に身体障害者がいても困らないだろう。それに嫁は介護士をやっていたらしいから尚更だ。  他の情報はニュースで流れた情報がメインだったが、相棒は一貫して柊修は自殺するような人間ではないと訴えかけた。柊修は僕が日本の医療を進歩させると日頃から言っていたそうだ、そんな志を持った人間が自ら死ぬわけがないというのが相棒の言い分だった。  相棒の持っている情報を聞き出した僕は相棒と共に柊修の住んでいた家へと向かった。家には嫁と嫁の兄がいるだろう。だから名目は柊修と友人だった相棒と共に線香をあげさせてもらうということにした。  相棒がいるため家にはすんなりと入れてもらえた。  家には僕達以外に柊修を悼みに来ている人間は多かった。それは元からの知り合いや世話になった患者やその家族だけではなく、テレビを見て柊修のファンになった人間もいるだろう、実際それらは本気で悲しんでいるようにも見えるが、あくまで直接関わってない人間なのだ、悲しむ様子はどこか薄い、更にその中には悲しむ素振りすら見せず悪く言えば興味本位を醸し出す野次馬のような人間もいる。 「ここにいるのは14、5人か、相棒、しばらくここにいよう、人がいたら仕事の話は出来ない」 「あぁ、俺なら長居をする資格はあるからな、とりあえず俺は柊の嫁と話してくるよ、お前は適当にやっていてくれ」  僕は辺りを見ながら相棒を待つふりをした。  柊修の死を悲しむ者達の会話が聞こえてくる。 「どうして柊さんは自殺なんてしたのかね」 「プレッシャーが凄かったんじゃないか、もう限界を迎えたんだろう」という老夫婦の会話。 「柊は昔から努力家で、こんな終わり方をする人間じゃないはずなんだけどな」と切なそうに相棒と同じく昔からの付き合いらしい男が仏壇の前で呟いていた。  それ以外にもいくつかあった悼む声や悲しみを嘆く声、柊修の死について語る声、何人かの会話の中から僕が気になった会話が1つあった。 「柊修も可哀想だよな、あんだけ頑張ってたのに」 「あぁ、同僚に恵まれないというのは本人がどうにか出来る問題ではないからな」  同僚に恵まれない?僕はその相棒も知らなかった情報が気になった。  まさか本当に柊修に嫉妬する人間がいたのか?  しかしそれだけの情報では答えが出せないまま僕はそれについて考えるのをやめた。この情報が後に事件の核心を突くことになるとは思いもしなかった。  家から人が減ってきた時に相棒は僕の方へ戻ってきた。 「戻ったぞ」それまでのどこか暗かった相棒とは違い、相棒は笑顔を取り戻していた。 「人も減ってきたし僕も柊修の奥さんと話してくるよ」 「いや、やめといた方がいい」 「どうしてだ」 「彼女それらしくは見せないがかなり神経質になってる、だから今は柊については何も聞かない方がいい、俺も世間話だけに押さえておいた、事故については何も聞かなかったよ」  事故か。僕はさっきの医者としての柊修を知っているらしい2人の会話を思い出す。 「お前も遺された人の気持ちをよく知ってるだろう?」 「わかったよ」 「そういえば、彼女何か様子がおかしかったんだよな」 「どんな風に?」 「俺が柊が使ってた机の上に乗っていたメモ用紙を見つけて、それについて彼女に聞いたら彼女は焦りながらそれをポケットにしまって何でもないと答えたんだ、その時目が泳いでてさ、多分彼女は何かを隠してる、だが、今はそれについても触れない方がいい、それよりも柊のお義兄さんに挨拶しに行かないか」  僕は、メモ用紙には何が書かれていたんだろうと考えながら「あぁ行こうか」と答えた。  柊修の嫁の許可を取り僕達は2階の嫁の兄のもとに向かった。その時には気付いたが2階へ行く為の階段の手前にはエレベーターが備え付けられていた。足の不自由な兄が移動する為だろう。  相棒がノックし名前を告げ、兄の部屋に入ると兄はベッドと本棚とデスクとカーテンの閉まった窓しか無い閑散とした部屋で車椅子に乗り携帯用の小型テレビを観ていた。 「城田くん、久しぶりだね」黒の混じった白髪に白い無精髭、30代にしては老けている兄は銀色のフレームの眼鏡の奥で目を細め皺を強調させ相棒に挨拶をした。 「こちらの方は?」兄の目は僕を見た。 「あ、えっと仕事仲間の武藤久です、警察官になってから出会いまして」と相棒が愛想笑いをしながら答える。 「初めまして、武藤久です、仕事仲間と言っても僕は警察官ではなく別の仕事をしています、相棒の方にそちらの仕事を手伝ってもらっています」 「そうですか、僕は柊修の義兄の立田洋二です、よろしくお願いします」 「今回の件はとても痛ましいとしか言えないです、心中お察しします」と相棒。 「義弟は頑張り屋でした、これからも出世していくと思ったんですが……僕としても残念です。さて城田さん、友人のあなたがここに来たということは義弟のことを聞きに来たんでしょう?何でも聞いて下さい」 「いえ、警察官とはいえただの友人の僕には聞く権利はありません、お気持ちはありがたいですが、結構です、しかし武藤の方はそうではないので、初対面で悪いですが武藤の方に柊のことを教えてやって頂けませんか、勿論わかる限りで結構です」 「……武藤さん、あなたの職業は何なのですか」 「居眠り運転専門の探偵です、いや活動内容は遺族のケアがメインですが、怪しいことをしているつもりはありません」 「なるほど、そういう職業があるんですね……わかりました、何か聞きたいことはありますか」 「いきなり失礼なことをお聞きしますが、柊さんは職場であまり良い思いをされていなかったのではないですか?」  予想外の質問に相棒は目を見開く。  立田は少しこちらを睨み、口を開いた。 「……テレビでの義弟は観ているでしょう、義弟の仕事は順調そのものですよ、何も問題はありません」 「そうですか、わかりました、今現在他に質問はありません、ありがとうございました」  機嫌を損ねた立田による圧力から場に沈黙が生まれ相棒が「すみません、こいつ世間知らずで、そろそろ失礼します、申し訳ありませんでした」と謝罪し、相棒は僕の腕を叩き、手を使い、出るぞと示した。  僕達は部屋から出て、そのまま嫁に挨拶をして家からも出た。  外に出た瞬間、相棒は僕に「どうしてあんなことを聞いた」と問い詰めた。 「柊修は不審な死をした、職場で何か問題を抱えてる可能性は否めないだろう」 「お前にあいつの何がわかる、お前の調べたい気持ちはわかるが言って良いことと悪いことがあるだろ」 「悪かったよ、僕は少し焦ってたのかもしれないな」 「もういい、とりあえずお前はもうここには連れてこない、いいな」  相棒がそう言った時、パトカーのサイレンがこちらに向かってきた。  2台のパトカーが柊邸へ停まる。  僕達は、いや少なくとも僕は胸騒ぎがしてそれを眺めていた。  時間で言えば15分、その間に柊修の嫁の柊幸子、そして幸子の兄の立田洋二の2人が手錠を繋がれパトカーに乗せられ連れていかれた。 「どういうことだ、相棒」 「そんなん俺が聞きたい、何であの2人が逮捕されたんだ」 2.柊修という人間 「義弟は自殺をする人間ではありません、そして私と妹には義弟を殺害する理由など無いのです」それが立田の証言だ。 「夫には自ら死ぬ理由はありません、はい、本当に無いのです、私は夫は殺されたと思っています、しかし間違いなく言えることは犯人は私と兄ではないのです」こっちが幸子の証言だ。 「どう思う?相棒、お前嫁の幸子が怪しいと言ってたな、この証言も何かを隠してる感じがしないか、僕には幸子が夫の死の真相を知っているように思える」 「お前の言うことはわかる、しかしそれなら何故幸子はそれを公表しない?公表すれば自分らの潔癖と真犯人の正体を両方証明することが出来る、メリットしかないはずだ」 「うん、確かにそうだ、だが幸子には何かがある、それがわかればこの事故の真相も明らかになると思うんだが」 「幸子は、幸子はって。結局お前には探偵としての考えしか無いんだな、遺族を疑ってまで真相を知ろうとする、お前は──」 「落ち着け」 「相棒、今お前は友人を亡くして平静を保てなくなってる、お前は本当に僕が遺族を蔑ろにはしないことを知ってるだろう、確かに目的は事故から派生したことの全体としての解決だ、しかしその為に遺族を責め立てるようなことは僕はしないよ、全員が納得出来る状態を作り上げるために確実な情報が必要なんだ」 「悪かった」 「とりあえず柊修の遺族は容疑者として逮捕された、ニュースではあの2人が柊修に睡眠薬を飲ませたと報道されてるが、僕はそれは違うと思うんだよな」 「……柊の家に行った時から思ってたが、お前こそ、柊修について何か掴んでるんじゃないのか、なんか知ってるだろ?」 「あぁ、そうだよ、まだ推測の段階だが、柊修は職場で上手くいってなかった、その根拠は弱いからまだ何とも言えないが。線香をあげに行った時に来ていた最近の柊修を知ってるらしい人間の会話を聞いたんだ、柊修は同僚に恵まれていない、と、それに柊修は若い上に優秀すぎるだろ、嫉妬されてる可能性があると思ったんだ、だから僕は柊修の死には病院の人間が関わってると思う」 「なるほどな、確かにそれは有り得そうだ、その線で調べていこうか」 「あぁ、そうしよう、ただ1つ疑問なのは僕は柊修が死ぬ前日に柊修に会っているんだ、キャバクラでだが、そこで柊修は何人かの男と楽しそうに話していた、それが同僚の可能性もある、だから正直まだ何もわからない、もっと調べてからじゃないと何も言えない」 「そうか、謎は多いな」  そこから僕と相棒の本格的な捜査が始まった。  まず僕は浜崎大学病院を調査することにした。  僕は病院で調査をするのを円滑に進める為には、それを自然に、聞き込みをそれとなくしなければいけないと思った。なので僕は自分の左手の指の骨を全部折った。相棒に頼んで左手をタンスの下敷きにしてもらったのでどういう風に折れているかは正確にはわからないがこれなら入院することが出来てある程度は早く直るだろうと思ったので、この怪我を選んだ。病院での怪我の理由はトレーニング中に手に30キロのダンベルを何度か落としたと言った、正直怪しい目を向けられたが。とにかく浜崎大学病院に入院が決まり僕は調査を開始した。  僕の病室は4人部屋で僕の他には男性老人が2人と少年が1人入院していた。  僕は窓際のベッドで向かいは少年だった。  僕は4人部屋を好都合と捉えていた。看護師や医者の出入りが多く病院の内情を知りやすいからだ。しかしそれだけでは働く人間の表の顔しか見れないこともわかっている。なので出来る限り病院内を歩き回ったり人がら話を聞くつもりだ。  まず僕が目を付けたのは病室の人間だが、残念なことに老人2人は痴呆症だった。証言能力は期待出来ない。残るは右足を骨折している中学生になりたてくらいの少年だった。少年の証言能力も知れているだろう。  しかし僕はこれも縁かな、と全く別の発想をして窓の外を見つめていた少年に話し掛けた。 「おはよう」 「おはようございます」 「君、名前は何て言うの?、あぁ僕は武藤久、一応仕事はしているよ、ちょっと怪我をしたからここにいるんだ」 「怪我をしたからここにいるってことはわかりますよ」  少年の返答はそれだけで、少年は再び外を見始めた。  僕は心を開かない子なのかな、と思いつつ「君はどうしてここにいるの?」と聞いてみた。 「見てわかりませんか」少年は返答の時にこちらを一瞥しすぐに外に目を向ける。 「君は外に出たいの?」  少年は意を突かれたからか、子供らしい満面の驚いた表情でこちらを見つめた。  よし、これで他の大人とは違う、と思わせることが出来る。これで子供も少しは心を開くか? 「僕、サッカーをやっていたんだ、だけどちょっと練習中に失敗して、少し前からここにいるんだよ、リハビリがあるから外には出れないことはないけど、なるべく出たい、外が好きなんだ」  よしよし、上手くいきそうだぞ、と僕は思う、これでも僕は大人相手に心理戦をしている人間なのだ。子供の心を掴むのは容易い。 「今からこっそり抜け出さないか、どっちみちもう昼御飯まで用事は無いだろ」今は10時過ぎだ。 「いいの?」子供は目を輝かせた。 「あぁ見つかっても怒られるのは僕だから大丈夫だよ」 「外でこっそり話でもしよう」僕がそう言って2人で外へ出た。堂々と歩いていれば忙しい看護士や医者もこちらを意識しなかった。  僕と少年は病院前の広場にある病院寄りのベンチに座った。 「どう外の空気は?」僕が聞く。 「最高」少年は嬉しそうだった。  その後はしばらく他愛もない話をした。少年は中学1年生で名前は柴田栄太。この病院の近くの中学校に通っているらしい。  しばらく目的のない話をして、しばらくして僕は切り出した。 「柊修ってお医者さん知ってる?この前亡くなった人だけど」 「知ってるよ、僕の専門医だったからね、僕の足を手術したのもあの人なんだ」  なるほど、柊修はこういう大きい病院のベテランにありがちな患者を選ぶということをしていなかったということか。  と、思っていたら「僕のお父さんは県知事っていうのをやっていてね、柴田大典だよ、それで柊さんが進んで僕を手術すると言ったらしいんだ、それがなんでなのかはお父さんは教えてくれないけどね」と少年は言った。  ……柊修は患者を選んでいた?もしかしたら患者を奪うようなこともしていた可能性もあるな、だとしたら恨まれている可能性は高くなる。……どうしてだ、僕は柊修がどうしても恨まれていたという方に思いたがる。僕自身が本当は柊修を良く思っていないのか? 「なるほどね、なら君は柊さんが亡くなって悲しい?」 「うん、悲しいとも思うけど、あの人は僕の言葉を聞いてくれなかったからね、リハビリでしか外に出してくれなかったし、優しくなかった」 「僕の言葉を聞いてくれなかった?」 「うん、話し掛けても怪我に対する話以外はしてくれないんだ、サッカーの話をした時もすぐに足のことに話が変わったし」 「そうか、ありがとね、色々教えてくれて、そろそろ戻ろうか」時間は11時半を回っていた。  病室に戻った時僕を任されている看護士と鉢合わせて、何をしているんですかと昼御飯まで説教を受けた。  一方、相棒は警察仲間から柊修の事故の情報をかき集めているらしかった。  相棒は柊修の自殺を疑っていて、警察仲間からは柊修は家族に殺されたという線で固まりかけていると告げられているらしい。僕はこれをまずいと思った。柊修が家族に殺されたという結果は自殺の方を受け入れない相棒の感情と合致するからだ。  僕は柊修が家族に殺されたとは思えない。何故なら報道されている動機が不自然だからだ。  警察の報道では、柊修は兄を老人ではない要介護者が入る介護施設に入れようとして、それを阻止する為に家族が柊修の殺害を計画したと言われている。  僕はその事実を介護に適した柊家の家庭環境と矛盾していると思った、それに幸子の隠したメモの存在もあり、何かこの事故には別の裏事情がある気がするのだ。  なので相棒までが幸子や立田が犯人だと思ってしまうのはまずいのだ、僕の同業者の相棒が間違っている可能性の高い報道に納得してしまえば、僕達は真実からは必ず遠退く。  僕はこの事故に対する調査をその方向にだけは進ませたくないのだ。  浜崎大学病院に入院してから3日が経った。  その間、この中で手に入れた情報は主に柊修の人間性を表すものでそれは3つある。  柊修は積極的に世間で名前が売れている政治家や官僚等の権威のある人間を手術するようにしていた、時には仕事仲間から患者を取り、それだけ出世欲が高かった。  もう1つは柊修はある意味医者という仕事に徹していて患者のケアを多少はするが患者と仲良くなるということを相手が政治家等の大物でない限りしないらしかった。  あとは柊修は柊修の同僚や先輩、仕事仲間のほとんどから認められてはいたが良くは思われていなかった。これをする証言者は多かったので事実なのだろう。  僕は僕の予想に自信を持った。おそらく柊修の死には病院の人間が関わっている。間違いないだろう。  そして柊修が死ぬ前日に店で僕と会った時の一緒にいた男達は只の友人なのだろう。浜崎大学病院に勤める人間ではないはずだ。  僕が仕入れた情報はこれくらいで、その翌日相棒からは1つ重要なものが見つかったと伝えられていた。  それは幸子が隠し持っていた柊修の書き残したメモであり、その内容はどうやら遺書らしい。しかしそれは警察に保管されていてよっぽど上の人間にしか見れないところにあるとのことだ。  上の人間にしか見れない証拠品、そんなものがあるのか、と僕は思い、わけがわからなかったが、間もなくその理由を推測することが出来た。  幸子はメモを取られたことで吹っ切れたのか、夫、つまり柊修が病院で犯罪紛いのパワーハラスメントを日常的に受けていたことを明かしたのだ。  幸子の行動はそれを隠すためのものだったのだ。  夫の名誉を守りたい、その一心だったのだろう。  僕はそれを知り、メモに書かれた内容が病院側には見られて困るものであり、病院のトップが警察に圧力をかけるか交渉して、もしくは金を渡してかはわからないが、そのメモをトップシークレットの情報にして公にしないようにしているのだろう。未だそのメモのことは存在すらも報じられていない。  幸子の証言だけでは効力は弱くて、メモに残された遺書の効力は高い。だからメモを警察は隠している。  全く居眠り運転から国家を揺るがす問題にまで発展させるなんて柊修はどれほど出世欲が強いのだ。テレビでは自分の言葉を政治家の発言みたく語っていたが、まさか本当に柊修の遺した言葉が浜崎大学病院と警察の汚い部分を見え隠れさせるものになり、世の中にとってここまで大きくなるとはな。  大物だよ、柊修は。 3.メモ争奪戦  柊修の死から一ヶ月が経った。僕の怪我は完治はしてないが僕は退院し、相棒の方は行方不明になっていた。 「柊のメモを必ず手に入れる」半月程前に病室で僕にそう言って相棒は姿を消した。  警察官の仕事はどうしているんだろう。相棒の仕事仲間と連絡を取り合える程の関係の者はおらず僕には相棒の現状がわからなかった。  一方、柊修の事故の件は変わらず遺族が犯人に仕立て上げられている。しかし僕と幸子との何度めかの面会の時に裁判を起こすと言っていた。病院に対して訴訟をする、と。  その更に一ヶ月後、第1回の裁判が始まった。病院側からは院長が来ていた。どうやら幸子が訴えたのは院長に対してらしい。  僕は傍聴席にいた。隣に相棒はいない、未だ見つかっていない。  幸子は僕に話したように、夫が病院で受けていたパワーハラスメントのことを洗いざらい話し夫の死の原因は病院にあると訴えかけた。  院長の浜崎はそんな事実は無いの一点張りで、幸子は証拠があると言うが、その後メモを持っているはずの警察もそんなものは無かったと言い放った。  僕は憤りを感じていたが、何も出来なかった。出来ることが無かった。  1回目の裁判の結果を言うと議論の余地はあると判決され引き伸ばされたのは幸いだが、状況は何も変わらなかった、遺族側が犯人の汚名を着させられたままだった。  次の裁判はちょうど一ヶ月後。  僕は僕の動きをするしかないと思った。  しかし出来る動きがほとんど無かった。揉み消されたに等しい厳重に保管されている証拠品のメモを手に入れる手段も無ければ、病院を調査することも今はもう必要が無く意味の無いことだ。そして遺族は今回は他人を巻き込んでない柊修だけの事故なので、事故について納得させる相手もいない。出来ることは幸子と立田のケアをしつつ情報を聞き出すくらいだ。情報ももう同じことを繰り返し聞くだけになっている、なので形だけになってきている。  状況の進展の無いまま第2回の裁判が始まった。  結果を言うと、証拠が無い幸子達の言い分は聞いてもらえず、更に幸子達の家から睡眠薬が見つかったらしく、裁判長の意見は幸子達の犯人説の方に傾き始めた。裁判長は最後に次の裁判までに決定的な証拠が見つからなければ、被告を今事件の犯人と決定しますと言い2回目の裁判は終わった。  本来なら最初の1回で幸子達を犯人として終わらせることが出来ただろうが、弁護士が優秀なのだろう、何とか3回目までは漕ぎ着けた。だが、まずい状況だ。次の裁判までに唯一幸子の意見を真実だと認めさせられる証拠品のメモを見つけ出さなければ、幸子達は犯人になりこの事件は終わりだ。  だが事態はこれから好転することとなる。  2回目の裁判の10日後、相棒から連絡があり、メモを手に入れたと伝えられた。  それを聞き僕は走り出した。  呼び出された場所は僕の家の近くのあるホテルだった。  相棒の待つ部屋へ入ると相棒は袋叩きにでもされたように、顔には傷を多数残し服には至るところに血が付いていた。 「悪いな、変なところに呼び出して。今警察に見つかるとまずいんだ、だから申し訳無いが俺の家ではなくお前の家寄りのホテルに身を隠させてもらった」相棒はかすれた声でそう言った。 「何があったんだ」と僕が聞く。 「何、簡単なことさ、俺が警察の証拠品の詰まった立ち入り禁止エリアに忍び込んでメモを取り出しただけのこと、厄介なのは警察は暴力団とも繋がってたことだ、お陰でメモを取られて困った警察は暴力団に俺を追わせた、しばらく逃げていたが結果一度捕まりこの様さ」 「そうだ、メモはちゃんと持ってるぜ、取られてない」相棒は今にも気を失いそうだった。 「ありがとう、相棒。あとは任せろ」 「あぁ頼むぜ、何せ俺はもう警察官ではいられないだろう、職を手離してここまでやったんだ、しっかりやってくれよ」  それから相棒は少し寝ると言い、僕は部屋を後にした。  ここは2階であり僕は階段を降りる為に階段の上に立った。そこの下にスキンヘッドのいかつい男が立っていた。そばには誰もいない。 「おいお前武藤久だろ、そこを通るぞ」いかつい男はそう言って、階段をゆっくりと上がり僕をはね飛ばした。  体勢を崩した僕に目を向けずいかつい男は迷わずに相棒の寝ている部屋に入っていった。  僕は察した。あの男は相棒を追っている暴力団の1人だ。  僕は急いで相棒の部屋に入った。  中では暴力団の男が相棒の胸ぐらを掴んでいた。  僕が相棒を助けようとそこに向かった、途端銃声が鳴った。僕はすぐにその弾ける音を銃声だと判断出来た。その理由は時々遊びで相棒に銃声の音を聞かされていたからだ。  僕は窓からの光の逆光で細かくは見えない2人のシルエットは見て、相棒が撃たれたと思った。  しかしすぐに暴力団の男が倒れた。  相棒はふらふらとこちらに向かってきた。 「武藤、こういうことだ、俺は警察ではいられないし、あと暴力団を相手にした連続殺人犯だ、もうここにもいられない、メモのコピーを渡しておく、絶対に無駄にするな、あと今までありがとうな、もう多分外では会えないだろう、じゃあな」  柊修直筆の最初のメモを持つ相棒は僕にそれのコピーを渡し、ふらふらとどこかへ行った。  さよなら、相棒、とでも言うべきか。  もう事態がここまで来ていたら引き返せない、僕も相棒もここでお別れなのだろう。  僕は最後に「相棒、捕まるなよ」と声を張り上げた。  階段の上に立つ相棒は驚いた顔でこちらを見て、笑って「あぁ」といつもの調子で応え、階段を降りていった。  これがこの事件の中で最後に相棒と言葉を交わした瞬間だった。  僕は状況を整理した。まず暴力団は僕の名前を知っていた。それはおそらく暴力団のバックに付いている浜崎大学病院か警察組織が教えたからだろう。僕もどちらかから狙われている?しかしさっきは暴力団の男にはね飛ばされただけで他に何もされていない。つまり目的はあくまでメモ。なのでそれを持っているのが確実な相棒が狙われた。僕もコピーを持っていることが知られれば狙われるのだろう。  裁判まであと20日間の時間がある。このメモがあれば裁判には勝てる。このメモはその間コピーを持つことを知られないようにしないといけない。もし知られたなら逃げ続けなければいけない。メモが取られるのだけは防がなければいけない。  翌日、僕は夢を見た。 「久、この花ね、勿忘草って言うんだよ、一本上げる」僕の恋人の三穂は道に生えていたたくさんの勿忘草の内の一本を抜き取り僕に手渡した。「だから私のこと絶対に忘れないでね」三穂は幸せそうに笑った。その幸せの中にはこちらの幸せを伺うような雰囲気も抱えていた。  昔のデートを再現した夢だった。  三穂、尾崎三穂、居眠り運転で命を落とした、僕がこの仕事を始めるきっかけとなった人だ。三穂は自殺だ。僕はそう思っている。今日見た夢は三穂との最後のデートであり一緒に過ごした日だった。  この翌日に三穂は死んだ。おそらく三穂の、私を忘れないで、という言葉は死を知らせて、かつさよならを込めた言葉だったのだろう。僕はそう思っている。  僕はこんな大変な時に見る夢ではないな、と思い、事件について頭の中でおさらいした。  それから5日が経った。特に変化も無く。狙われることも無く。  そして更に10日が経ち、僕はあることを思い付いた。それから5日が経ち3回目の裁判が始まった。  裁判、3日目が始まった。表に出てきた幸子は絶望しきっていた表情をしていた。救いの無さを感じさせるそれが顔に現れていた。同じく出てきた立田もやつれており、今日何度も話した証言を再びすることに一種の怖れを抱いているようだった。  僕は今、傍聴席に座っている。今日僕は居眠り運転専門の探偵としての最後の仕事をする。  その仕事は法に触れるだろう。だから最後の仕事だ。しかし僕は今回の事件の一番の被害者、メディアに頻繁に出て派手だった柊修の性格に沿ってこの事件の終わりを華々しいものにしたかった。  ……この日が来るまで暴力団のバックにメモ帳のコピーを持っていることが知られなくて本当に良かった。  裁判はいつも通りの感じに進んでいった。  そしてじきに加害者と見做されている幸子の証言が始まった。  僕は幸子が話し始め夫が残したメモについて語るまで待った。  証言の内容がそこに触れ始め裁判長が聞き飽きたと言うように疑惑の目線を幸子に向けながら、そのメモはどこにあるんですか?と幸子に訪ねた。  幸子は下を向き黙り込んだ。もう顔に生気は宿っていない。真っ暗だ。  裁判がそこまで進んだ瞬間、僕は立ち上がった。  そして、鞄の中に入っていた柊修の遺書のコピーをばら撒いた。ざっと100枚は作ったはずだ、勢い良く散らしたのでこの場全体に広がったはずだ、この場の全員が僕を見てその視線は各自拾った遺書に向けられた。  これで僕も犯罪者か。僕は裁判所からつまみ出された。じきにパトカーが来るらしい。僕は大人しく裁判所の入り口でそれを待った。  これで僕の仕事は終わりだ。今回の仕事だけではなくこの仕事が終わりだ。僕は大事な仕事を失うことになる。それでも柊修、相棒、このふたりの悲劇に比べたら軽いものだ。これで良い。  僕はその後警察署へ連れていかれ懲役1年の刑となった。  取り調べ等があった。僕は素直に起きたこと、罪を犯した理由を全て話した。  相手は警察全体から見れば下の方の警察官は全てを知って、戸惑いを見せて、僕に対して高圧的にはなることはなかった。  そして半年後、僕は出所した。  それからまず事務所に戻った。事務所は3回目の裁判前と何も変わっていなかった。  僕は事務所でゆっくり煙草を吸い、それから自宅へ戻った。そしてニュースを見た。  ニュースでは警察組織、そして浜崎大学病院の闇の部分について未だに話題になっていた。幸子と立田は冤罪だと証明されたらしい。  柊修、良かったな、と僕は呟き、少し眠ることにした。職を失った現在金だけはあるので、それと何となく、新しい職を探す行動をする気にならなかった。それに僕は悪い経歴を持ってしまったから職は見つかりにくいだろう。いや見つからないか。 4.次の道  眠っていた僕はチャイムの音で目を覚ました。  玄関先には相棒が立っていた。相棒は傷1つ無く顔付きも元気そうになっていた。おそらく警察と病院の悪事が公になったことで、暴力団は相棒を追う理由が無くなったのだろう、相棒は解放されたのだ。しかし今は代わりに人殺しの犯罪者となっているので警察に見つからないよう身を隠すのに必死なはずだ、なので元気なはずがない。僕がそう思っていたら、相棒は僕の表情から察したのか、「久しぶりだな、元気か?……いきなり皮肉のようなことを言ってしまうが俺は犯罪者じゃなくなったよ、警察組織の悪事が明らかになって俺の暴力団殺しは有耶無耶になった、どうやら警察もそれどころじゃないらしくてな」と笑った。 「良かったな」と僕は返した。 「上がっていいか、少し昔話でもしよう」と相棒は微笑んだ。  僕と相棒を繋げたものは1つの居眠り運転事故だった。当時既に探偵を名乗っていた僕はとある居眠り運転の事故現場に鉢合わせたのだ。そこに相棒がいて、僕と話をした。そして相棒は僕の仕事に興味を持った、そして仕事仲間となった。  その過去を掘り下げていった相棒は、話の区切りが付いたところで、ふと「なぁ、もう探偵は終わりか?」と聞いてきた。  僕は黙るしかなかった。意地悪をされているような子供じみた気分になった。  ただでさえ社会的地位が無いような仕事だ、前科持ちの僕が活動を再開しても誰も救えないだろう。 「新しい仕事が見つからないんだろ?」相棒が言う。 「実は、俺もだ」相棒は笑った。  僕には相棒が何をしに訪ねてきたのかが掴めなかった。いや犯罪者になる前の僕なら相棒の言いたいことを察することが出来ていたはずだ。今の僕には言葉の裏の意味まで理解するほど頭を回せなかった。 「物流業をしないか」俯いていた僕に相棒が言った。 「物流……?」 「そう、俺の兄が靴を運ぶ仕事をしているんだが、そこに俺とお前で行かないか?」  そういえば相棒には兄がいたことを僕は思い出す、前にそんな話を相棒から聞いていた。  相棒は肩をすくめて「もう仕事を選んでられる立場じゃないだろ、俺達は、それにもう三十路だしな、どうだ、とりあえずプライドは捨てて働いてみないか」  結論を言うと僕はその話に乗った。  就職先は埼玉県。この県からは中々遠い。なので引っ越しの必要があった。  僕は事務所を片付け売り飛ばし、自宅の片付けをした。その時に、前に同棲していた彼女、三穂の日記を見つけた。僕はすぐに三穂の居眠り運転事故の前日のページを探した。  そこにはこう書いてあった。 "今日は買い物をしていたら、近所の仲の良いおばさんに会い、子供は作らないの?と聞かれた。私は少し恥ずかしかったが、私の方は作る予定です、ですが彼氏の方がまだ結婚すら考えてない仕事馬鹿で、と返して話は盛り上がった。私はいつか子供が欲しい、出来れば久にそっくりな顔の男の子を産みたいな、そしたら名前は友とでも名付けようか、誰とでも仲良くなれる人に育って欲しいと願いを込めて。"  読み終わった僕は泣いていた。涙が止まらない。三穂は自殺では無かったんだ。その事実が僕を号泣させ立てなくさせた。  後日引っ越しの手続きを終え、再就職先も決まった僕と相棒は引っ越しの前日に近所の小山に登っていた。  登り終え、ライターを持った相棒は「本当にいいのか」と聞いてきた。  僕はあぁと返し、今までの僕の仕事の記録帳、居眠り運転記を手渡した。  相棒は寂しそうな顔を浮かべ、居眠り運転記に火を点けた。  燃えながら地面に落ちたその手帳は僕の今までの事故の記録を思い出させた。  こうして僕の作った居眠り運転専門の探偵という職業は跡形も無く消え去った。  後には紙の燃えかすが風に吹かれ飛び散るだけだった。  僕の恋人の死がきっかけに生まれた僕の一時の青春は終わった。  僕と相棒は小山を下りた。後ろには僕の青春が塵となっていた。 了
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