春夏秋冬の叫び

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 私は叫びたい、春の新しい出会いを生まない寂しさを、夏の青春に取り残された感情を、秋の無知な自分に対する自己嫌悪を、冬に飛び出しそうになる閉じ込められた激情を、それら全ての嘆きを私は口に出して叫び出したい。 春夏秋冬の叫び 1  山の隣に佇む学校。それが私の通う高校だ。  私の名前は霧谷三枝。15歳だ。今の季節は春なので私は新しい学校に入りたての新入生、どう可愛いでしょ? 「高校生になりたての慣れないセーラー服を脱がせて滅茶苦茶に触りたい、そう思うでしょ。」  途端私のクラスの中の若々しい雑音が静まった。 「三枝、お願いだから官能小説を声に出して読まないで」私の前の席に座り私の方を向いてそう言ったのは親友の水野浩子だ。 「ごめん、浩子、今良いとこなの、話し掛けないで」私はそう返して浩子から"紺色に包まれた裸体"というタイトルの官能小説の方へ目を戻した。 「まったく……」浩子は呆れたように目を閉じて黒板の方向、即ち前を向き通学鞄から教科書を取り出し机に仕舞い始めた。  今の時刻は8時15分。朝のホームルームが始まるまであと15分だ。ちなみに官能小説観賞は私の趣味だ。  ホームルーム5分前に担任教師の谷口悟が教室に入ってきて、8時半にはクラスの全員を席に座らせ、時間通りホームルームを始めた。  私のクラスは割とやんちゃな方なのだが、誰も体育教師でがたいの良い谷口には逆らえない。谷口はとんだ堅物で威圧感が凄いのだ。  官能小説を谷口に見られる前に通学鞄に仕舞っていた私はふとクラスを見渡すと1人欠席しているのを見つけた。  確かその廊下側の端の席に座るそいつの名前は橘あたるという男子生徒だったはずだ。落ちこぼれの集まるこのクラスには珍しく派手さが無く真面目で大人しい性格だった。しかし不思議だな、今は5月でこのクラスにはこれまで欠席はおろか遅刻すら無かったのに。  疑問に思った私は黒板の前の教師が授業中使う机に両手を乗せて何かを話していた谷口に橘君はどうしたんですかと横槍を入れた。  谷口は私のかけるちょっかいにいつも通り怒ると思ったが、意外にも谷口は今まで見せたことの無い悲しげにも見える神妙な顔で「橘は行方不明になったよ、昨日から家に帰っていないらしい」と答えた。  そうか、ただの家出か。思春期にはよくあることだな、と私は1人納得し「そうですか、それはそれは」と答えた。  クラスメイトがいなくなったのに興味無さそうにおかしな返事をした私に谷口は一瞬怒りを含んだ目を向けてきたが、すぐに前を見つめ「今日はホームルームでそのことを聞きたいと思っていたんだ、橘について何か知ってる奴がいたらいつでもいいから俺のとこまで来てくれ」と言いホームルームは終了した。  授業が始まった。ここでこの学校のことを紹介しておく。私は高校一年生であるが、実はそこまで初々しい気持ちにはなっていなかった。何故ならこの学校は中学校からエスカレーター式でほぼ全員がそのまま上がる私立の高等学校なのだ。ちなみに中学校の校舎は隣にあるので通学時間すら変わらない。そして私のクラスメイトは中学三年生のメンバーと全く同じだ。だから、私はいまいち高校生活から目新しさを感じられないのだ。  授業が終わり帰りのホームルーム時に谷口は朝と変わらない表情を浮かべホームルームを手短に終わらせた。おそらく橘についての手掛かりは見つからずこれから忙しくなるのだろう、主に橘の両親との話し合い等で。まあそれは私の予想だが。  私は帰ることにした。  廊下を渡り階段を降り下駄箱で靴を履き替え校舎から出た。  校門まで辿り着いた私はある人物を見つけた。  そいつは私の友達である。  名前は今坂美樂。性格は大人しい、というより暗いと言った方が正しいか。美樂は籠った汚い声の持ち主でからかわれていることが多い。いや、本当のことを言おう。美樂はいじめられている。クラスの生徒数名から。顔と性格は悪くないのだが、どこか標的にされやすいオーラの持ち主だ。  そんな美樂と私が友達であるのは理由がある。美樂には人には無い才能があるからだ。  美樂は芝居が上手く、演技をさせたらそうそう勝てる人間はいない。美樂は役者になれると私は思っている。  美樂はそんな人間だ。いけている人間ではないが確かな才能がある。それを見たいがために私は美樂を"仲間"に引き込みたいと思っているくらいだ。  美樂は俯いていた。話し掛けづらい雰囲気を出していたので、私は気づかないふりをし横を通りすぎ校門から出た。  それから徒歩8分、私は自分の家に帰った。  そしてすぐに携帯電話の中を確認した。  私は授業中に携帯電話で遊ぶので谷口に校内への持ち出しを禁止されていた。  着信が1件あった。相手は5人いる私の"仲間"の1人である大空樹からだった。掛かってきた時刻を見るとどうやら私が帰宅中の時だった。  私は樹に折り返しの電話を掛けた。 「もしもし、いつ坊、何の用事かしら、おほほほほ」 「もしもし、樹だけど、そのわからんノリは置いといて、これからカラオケに行くけど、来ないか?」 「行く」そう答え私は待ち合わせ場所のカラオケ店へ向かった。  カラオケのメンバーは樹と浩子、そしてもう1人の仲間の飯嶋昂だった。 「お疲れ」4人でそんな挨拶を交わし私達は歌い始めた。  その18時に始まったカラオケの解散は23時となった。親に放任されている浩子と両親と不仲の昂はいいとして、樹は親が厳しくこんなに遅くまで遊んでいたら説教を食らうはずだ。それを私が聞いたら樹は「大丈夫、今俺は男友達の家で勉強してることになってるから」と笑った。  なるほど、勉強の出来はどうであれ勉強をする姿勢を見せて文句は言われないだろうからな。 「そう」私は答え、4人で帰路を辿った。私達の家は同じ住宅街の中にある。帰り道はほぼ一緒なのだ。 なので幼稚園からの付き合いでもあるのだ。  私は帰り道で会話をしながら思い出していた、幼稚園の時に5人で誓った言葉を。 "この5人で世界を変えよう"そんな幼いながら見出だした希望の言葉を元に結束されたのが、私達なのだ。  そんな野望のようなことは現実には出来ないと実感しているとしても私達はその言葉をいつまでも忘れないだろう。 2  登校中、私の隣を小柄な体がおそらく全力疾走で通りすぎていった。  あれは、川辺仲子だろう。私の仲間の1人だ。  また何か許せないと判断した事例が起きたのだろう。  "風の少女"と、川辺仲子はそう呼ばれていた。異名だ。その異名を付けられた理由は単純に小柄で動きが俊敏だからだ。  私は仲子のことを頭から抜いて普通に登校した。 「昨日は来てくれてありがとな」教室に入った私に樹はそう話し掛けてきた。樹は私によく話し掛けてくる。樹ほど積極的に私に関わりを持とうとする人間はいないだろう。いくら仲間とは言え何故だろうか。その時の私にはまだわからなかった。 「いえいえ、こちらこそお誘い頂き誠にありがとうございました」と花魁風なポーズで上目遣いをして私は樹を冷やかす。 「本当に、お前はいつもお前を崩さないな、お礼くらい当たり障りなく言えないのか」樹は頭をかきながら苦笑いしてそう言う。 「そうよ。私は冗談を言うために生まれてきたの、なんてこれも冗談だけどね、会話なんて大雑把にこなせばいいのよ、要点さえ合ってればいいの」 「三枝、お前は本当は頭良いだろ?、なんでこのクラスに残り続けるんだ、本気出せば勉強でもっと上に行けるだろ」  そんなの、クラスに仲間達が揃っているからに決まってるじゃない。その一言が言えずに私は再び冗談で返した。今度は要点さえ変えて。 「私がいなかったら誰が樹の面倒を見るのよ、ほらほらお乳が欲しいならいつでもあげるわよ」私は胸を強調させる。さすが官能小説愛好家の私、変態だ。 「馬鹿か」樹は呆れた様子で自分の席へ向かった。  さて馬鹿話も済んだことだし、席に座って授業の準備を始めるか。  その日はホームルームで変わらず谷口が橘についての情報提供を求めた。  その後は、至って普通に授業が進む。朝が来て昼になり夕方を越して夜が来る、そんな感じに当たり前に回るように授業は進んだ。何だか日常は特に変わっておらず、おそらく家出をしたのであろう橘はクラスメイトには話題にすらされておらず可愛そうに思えてきた。  下校時間になり私は帰ろうと思い鞄を持ち席を立つと、このクラスで一番前の一番右に席を持つ仲子がまたしても、風のように走り去っていった。  残っているクラスメイト達は、またあいつか目立ちたがり屋が、と仲子の存在を迷惑そうにしていた。  私は仲子の行き先に少し興味が湧いていた。仲子の飛び込む先には事件がある。いつもそうだ。私はそれが見たくなり、仲子を追った。  辿り着いた場所は校舎裏の人気の無い場所だった。そこには仲子と険しい顔で仲子を見つめる男子生徒3人がいた。その3人は私のクラスメイトでもあった。 「今朝の続きだけど、あんた達情けなくないの?、クラスメイトがいなくなったのを喜ぶようなことを言って」仲子の女子の中でも高い声が周囲に響く。キーキーと五月蠅い金切声とまではいかないが、耳に響く声だ。私は複数の男子生徒を相手に啖呵を切る仲子の勇姿を校舎の角から頭だけ出しこっそり見ていた。 「あのなぁ、お前にそんなことを言われる筋合いは無いだろ、俺達は俺達の会話をしていただけだよ、何でお前に文句を言われないといけないんだ」真ん中に立つ男子生徒、諸星翔が言う。 「そうだよ、川辺にどうこう言われる理由は無い」と左に立つ男子生徒が諸星に乗っかる。 「仲子、お前、正義の味方のつもりらしいけど、痛々しいぞ、お前のやってることは自己満足で人に喧嘩を売ってるだけだ」諸星が言う。私も確かに仲子の行動はそうとも言えるなと思った。  ここでおそらく正論と思われることを言われて仲子が折れる人間ならまだ良いのだが、そもそもそう簡単に折れる人間なら今の仲子はどっかで懲りてとっくに大人しくなっているだろう。そんな仲子は何時ものごとくいつも通りの行動に出た。 「五月蠅い、あんたなんかに仲子と呼ばれたくないわよ」そう言って右ストレートを諸星の顔面にヒットさせた。  諸星は倒れ他2人の男子生徒は怒り、仲子に襲いかかろうとするが、結末はいつも通りだ。  ボクシングで男ならプロになれたと言われる仲子に並の男子高校生が叶うわけが無い。つまり仲子の圧勝で、諸星を含め男子生徒3人は倒れて悶えていた。  本来ならプロボクサーのパンチを使いこなしている仲子が一般人相手に拳を使ってはいけないのだが、仲子は容赦無く使う。  こうして仲子の掲げる正義は力任せに再び勝利を納めたのだった。  このように私の仲間達には一芸を持つか何か特別なものを抱える人間が揃っている。  仲子もその1人で校内で一番喧嘩が強いだろう、仲子はプロボクサー顔負けのフットワークと独自の正義を持っているのだ。  それが風の少女、川辺仲子であり、絶対に意見を曲げない女子生徒だ。  仲子は倒れている男子生徒を見下しながら、両手を腰に当てて勝利のボーズを取っており、ははははと笑っていた。  本当に変わっている。味方にしていて良かったものだ。もし赤の他人で標的にされることがあったら確実に打ち負かされていただろう。  仲子という人物を再び思い知って、私は帰宅した。  そして翌日、諸星が失踪した。 3  また失踪か。  今度の失踪は樹の口から聞くことになった。  私が教室に入ってすぐに樹は、諸星を知らないか、と聞いてきた。  事情が読めない私が詳細を聞くと、どうやら諸星は仲子に負かされた後、負かされた3人と、その中に樹を入れて、飲食店に夕御飯を食べに行ったそうだ。  全員が食べ終わり話していると、諸星がトイレに行った、そしてそのまま戻ることが無かった。  残された樹達は深夜になるまで諸星を探したが見つからず。  そして今日に至ったらしい。  私は一瞬仲子のことが頭をよぎったが、失踪には関係は無いだろう、何故なら仲子は諸星を成敗して満足していたからだ、あの後追い討ちをかけることは考えにくい。諸星自身もあの後に友人とご飯を食べているくらいだから、仲子の件を引きずってはいないはずだ。なので、仲子が関係していたり失踪のきっかけになったりはしていないだろう。 「いや知らないよ」私は答えた。 「そっか知るわけないよな、最後に一緒にいたのは俺達なんだから、ごめん、ありがとう」樹は他の人間に同じことを尋ねに行った。必死になっている。  樹が何かに必死になって私よりそれを優先されることに私は何故か軽い苛立ちと焦燥感を抱いたが、私にはその感情がよくわからなかった。私は別に樹を好きなわけではないはずだ。  遊んだり話すのは楽しいけど、そう思い私は席に向かった。  今日もホームルームで諸星の話題が出た。前と同じように谷口は情報提供を求めた。  しかし今回は心配する声は上がるものの、諸星の行方を知る者はいなかった。諸星はクラスの中で目立っていて中々人気があったからな、橘の時と違い心配する声も出たのだ。  2人目の失踪。まだ事件性を感じるには早いがこれは大きな問題だ。皆登下校は気を付けろ。谷口がそう締めくくり朝のホームルームは終わった。  その後、クラスでは放課は諸星の話題が中心となり、多くの人間が授業に集中できていないようだった。これだけでも諸星の人気が読み取れる。  放課後、私は少し考えていることがあり仲間の1人である昂のもとへ向かった。  私も諸星を見つけたいという気持ちが生じていたのだ。  そして昂に「ねえ昂、あんた軽い占いが出来たわよね、それで諸星の行方探れない?」 「あぁ、やっとそう言ってくれる奴が出たか、待ってたんだよ、これでようやく諸星を探せる」昂はそう返してきた。  おいおいその発想があったのなら自発的にそれをやれよ、と私は思い腹が立ったが「お願い」と下手に出た。 「任せろ」昂はそう言い目を閉じた。  昂の占いは道具を使わず目を瞑るだけなので一見瞑想をしているだけに思えるが、これが当たることが多いのだ。  1分後、昂は目を開き、こう言った。 「諸星はここの近くにいる、しかし生きているように思えなかった、生体反応、諸星の意思を感じられなかった」  私は愕然とした。諸星は死んでいる?そんなまさか。昨日の今日で、そんな突然人は死ぬのか。  だが、私は他に情報が無いのでその情報を受け取るしかなく昂に、ありがとう、と告げその場を後にした。  しかしすぐに戻った。一応昂に、軽々しく諸星が死んでいるかもしれないとは言わないこと、と釘を刺しておいた。こうでもしないと昂は他の人間にも同じことを言って、諸星の友人を怒らせる可能性があるだろう。  この情報は私だけで留めておこうと私は思った。昂が下手なことを言ってクラスの反感を買っていじめの対象にでもなるのは避けたい。  それから3日が経ち諸星の話題が最初より薄れて来た頃、3人目の失踪者が出た。失踪したのは女子生徒で、名前は横田百合。化粧を人一倍好む褐色の肌を持つ派手な女子だった。  3人目が出たことで遂に警察が介入することとなった。学校が事件性あり、と判断したのだ。  このクラスの人数は最初は男女合わせて24人。今では21人まで減った。  高校が始まり1ヶ月足らずで特定のクラスの生徒が3人もいなくなる。事件だと判断されておかしくない事態だ。  これは何かあると思い、私は仲間達を集めた。 4 「ねえ警察まで来たよ、この行方不明って全部繋がってるのかな」と浩子は集まったメンバーに質問した。  現在時刻は下校後の18時半、場所は私の部屋。中には私、樹、浩子、仲子、昂がいる。 「何かありそうだよな」樹が発言する。 「どういう事態なのかも、何もわからないのが現状よね、私の予想だとこれは続く気がするわ」私も真剣に意見を言ってみた。 「そうだね、私もそう思う」仲子が同意してくれた。 「だけど、もしこれが失踪した人達の悪戯だったとかだったら私は許せないよ」仲子はそう続けた。 「それは無いと思うけど、とにかく何もわからないのよね」と浩子。 「どうして言い切れる?」と仲子は浩子に聞いた。 「失踪した人間の共通点が無いからな、大人しかったあたるに、人気者だった諸星、派手だった横田、この3人に繋がりも無さそうだし、無差別っぽいだろ、だから確かに続きそうだな」と樹は仲子の質問に答えつつ自分の意見を言った。  埒が明かないな。やっぱりまだ情報が足りなすぎる。そこで私は1つ提案をした。この会を開く前から考えていたことだ。そして私はその提案を口に出した。 「ねえもし皆が良いなら、この件、私達で解決しない?、出来ることは絶対にあるはずだから」 「解決か、具体的にどうやって」と樹。 「三枝、出来ることってもしかして、私を頼ろうとしてる?」と浩子。 「ごめん、情報が足りないのなら情報を集めるしかないと思って、だから浩子に目撃証言とかを集めて欲しい」 「だよね、勿論いいわよ、私もクラスの不穏な空気に嫌気が差してたし、この件は早く片付けたいわ、私の人間関係を使えるなら全然協力するわ」 「ありがとう、浩子、お願いね」 「今回集まったのもそれが狙いだったんでしょ、他に出来ることも無いしね、わかったわ、情報が入り次第三枝に伝えるわ」 「いや、まあ……確かにそうね、最初から頼りはそれだけだったわ、集まってもらった皆ごめんね、私と浩子だけで話は済んでたかもしれない」 「いやいや謝るなよ、俺達も浩子程は出来なくても知り合いにあたって情報を集めるから」と樹。 「あぁ、俺もわかったことは全部伝えるよ」と昂。 「当然ね、早く真相突き止めて黒幕に説教しよう」と仲子。  話はまとまり、私達はまずは情報を集めそれからこの件を解決することに決めた。 「これを解決出来れば世界を変えるほどではなくても、大手柄にはなるわよ、その時には谷口からたくさん取り立てするわよ」と私は冗談を交えて話を締めた。  こうして少しの時間で、会合は終わり解散となった。  皆が帰っていく中私は浩子を呼び止めた。 「ねえさっきのお願いだけど、浩子が良いなら良いけど。無理してまでやらなくていいからね」 「大丈夫よ、人とたくさん連絡を取り合うのは私の日常茶飯だからね、まあ主に相手は男だけどね」そう言ってから、じゃあまたと言い、浩子は帰っていった。  ……水野浩子は生きる情報網だ。男との繋がりが数多くありそれは1つのネットワークとなっている。浩子が情報をかき集めれば行方不明者すら見つかる、そして事件を未然に防ぐことも出来る。この街にはそれくらい浩子と関係を持っている男が多いということだ。  浩子はヤリマンと呼ばれている。事実そうだ。しかも一般的なヤリマンと比べても浩子の男関係の数はずば抜けている。1000、2000、いやそれ以上かも、自分でもわからないや、だって毎晩2人とは確実に交わるからね、以前浩子はそう語っていた。  浩子は中学生になりたての時に担任教師と交わったことで、その道に目覚め、私は中学1年生の夏以降は夜浩子と会えたことがない、おそらく浩子の夜は男にのみ使う時間で、男漁りが最も最優先事項で楽しいことなのだろう。  浩子はそんな女だ。それでも男関係のほとんど無い私と親友なのはお互いに全く別物の一物を持つからだろう。お互いが持ってないものに対して惹かれ合っているのだと思う。  水野浩子は只者ではない。偶然結成された私の仲間には皆、人には無い何かがあるのは凄いことだ。  勿論私も例外ではない。  私はそこで一度思考を止め、切り替えた。  明日からは忙しくなる。まずは情報を集めることだ。何としてでも私達でこの事件を解決しなければ。名誉を求めて。  珍しく考えを張り巡らせたせいか、とてつもない眠気が襲って来たので、私はそのまま着替えて寝た。風呂は朝入ろうと決めた。 5  会合の明朝に目覚めた私、霧谷三枝は、夢で何か重大なものを見ていたことを認識していた。  それは今回の事件の核心に迫るという確信があった。  見た夢のほとんどの箇所は起きた瞬間に頭から抜け落ちていたが、1つだけ覚えているところがあった、それは顔の見えない、だが私の通う学校の女子が着る制服を着た誰かが何かをしていた、もしくはされていた。  誰が何をしていた、されていた。どういう内容の夢だったんだろう。  私はそれ以上考えてもわからないということを何となく理解しながらも思考を続けた。  しかし登校の為の準備を始めないといけない時間になるまでに夢の抜けた箇所を思い出すことは無かった。  そして、今日は朝風呂に入ると決めていたことを思い出した私は慌てて風呂に入った。  遅刻した私は谷口からの説教を覚悟していたが、谷口は警察とのやり取りで忙しく、更に本日もう1人失踪者が増えたということがあり、私の遅刻の罰は一言の注意のみになり私は相手にすらされなかった。  ラッキーと思ったり説教されなくて楽だと言う感情よりも、私は日常が壊れてきていることを思い知らされたようで、調子が狂った。  1限目が終わり放課になり私は今回の失踪者は佐藤叶という女子生徒だと樹に教えられた。佐藤叶は派手と地味の中間に立つ特徴の無い女子だった。  少しだけ話したことあるが、その時に「私も三枝達みたいに仲間とか作ってみたいわー」と言われたのを覚えている。  仲間ねえ、そんなもの青春真っ盛りの高校生が恥ずかしげも無く語るものではないんだけどな、とその時思っていたのを覚えている。  私は佐藤叶の失踪に特に感じること無くそんなことを考えていたが、昨日の会合の内容を思い出し、はっとし、急いで浩子の方へ向かい佐藤叶について調べてと依頼した。  その後その足で昂のもとに行き、占いで佐藤叶の所在を探してもらおうとしたが、占う前に放課の終わりを告げる音色が黒板の上のスピーカーから流れ始めたので、占いの方は後回しになった。  放課後、私は浩子と叶について集めてもらった情報を整理した。  佐藤叶を最後に目撃したのは浩子の1ヶ月前からセックスフレンドとなった一般男性であり、その証言は叶は夜の10時頃に学校の近くのコンビニ前で制服のまま友達と話していたらしい。その友達も浩子は探り出していた。その人物はクラスメイトの木梨陽子だった。性格は叶と同じように明るいがいけているタイプではないというどっちつかず。  浩子のセックスフレンドは叶達を注意深く見ていたわけではないので、コンビニで用を済ました後にもまだ叶達がいるのを見て、すぐに帰ったらしい。  浩子からの情報は他にもあるが、どれもそれ以前の叶と陽子のありふれた高校生らしい行動でしかなかったので大した手掛かりにはならなかった。  私は浩子にお礼を言い別れた。  今回の浩子のネットワークはいつもよりも浩子の才覚が発揮されていないように思えたが、こういう時もあるだろう。  一方、昂の占いは諸星の時と同じく生体反応が無くなっていると言われた。居場所など他の肝心な情報も同じくここの近くとしか言われなかった。  まったく、と私は思った。昂の占いの信憑性が感じられなくなってきた。  私はいつもより活動をしたのでいつもより疲れた気持ちで下校し、家に帰りすぐに寝た。  翌朝、私が学校に行くと、廊下にも聞こえるくらい、クラスは騒がしくなっていた。それを聞きつけた他のクラスの人間も教室を覗いて訝しげな表情や、好奇の目で見る者、様々がいた。  私は教室に入り、騒がしい原因を探った。それはすぐに見つかった。  黒板いっぱいに赤字で、助けられると思うな、と書かれていた。  私はこのメッセージは私達、仲間に向けられたものだと瞬時に理解した。  クラスメイトを助けようとしているのは私達だけだからだ。おそらく。  そして今日もまた1人のクラスメイト、叶の友達の木梨陽子が失踪したと告げられることとなるのは少し先の話だ。 6  誰がこんなことを。周りからそんな声がちらほら聞こえる。そこに谷口が駆け付け黒板の文字を慌てて消した。  私はそれを見つめながら、どうして?と思っていた。  私達が活動を始めたのはこの2日間のことだ。それを察した人間がいるということなのか。  これで犯人の存在があることは周知の事実となったが、私はまさか仲間の中に犯人がいるんではないだろうな、と仲間を疑ってしまっていた。  まさかな、と私はその考えをやめて、自分の席に着いた。  それからすぐに谷口はクラスの全員を座らせ、他のクラスの野次馬は自分のクラスに帰らせ、話し始めた。 「この黒板の件については改めて聞く。その前に伝えることがある、今朝、いや昨晩からこのクラスの陽子がいなくなった。失踪者はこれで5人目だ。俺はさっきの黒板を見てこれは犯人が存在する事件だと確信した」  それから事件についての谷口の考えを述べ、そして情報提供を求めると言い、谷口は少し早く始まったホームルームを終えた。  1限目が終わり私は奇遇にも隠し持ってきていた携帯電話を使い、仲間達にメールを一斉送信した。  メールの内容は一言、どうする?と質問をした。  これには狙いがあった。  もし仲間達に犯人がいない場合、全員この質問を今後も活動を続けるか、と受け取るだろう。  しかし犯人が仲間の中にいる場合、この質問が何に対してのものなのか別の考えが生じて動揺するだろう。  私の考えでは、もし仲間に犯人がいるのなら、犯人はこの全員に送られたことがわかるこのメールの質問を、私はあなたが犯人だと知っているけどどうする?と受け取ると思う。  しかし浅はかだった。全員からは活動を続けるという旨のメールが返ってきた。そこで私は気付いた。犯人は私が犯人を知り得る可能性を有り得ないと考えているからだ。  仲間達は私をよく知っている、私が犯人の存在に気付いたらそもそもこんな回りくどいことをせずに面と向かって何かを言うことを。そしてこんなメールを使うというやり方では動揺はさせたとしてもそれを隠すことは容易く返信をする頃には冷静にそれとない内容を考えて送ることが出来るだろう。  失敗だった。これには何の意味もない。  くそ、と私は思った。仲間達に犯人はいないという確信を得たいからやったことはその疑惑を無くさずに終わってしまった。  私はとりあえず全員から続けるという返信が届いたので、その通りに動くこととした。  今日やりたいことは情報を集めるだけではない。一歩先に進むことを私は思い付いたのだ。  それは先手を打つということ。  犯人がいる以上、確実に失踪するクラスメイトは犯人と接触をする。浩子の情報を使いそこを狙う。  問題は毎日起こるわけでもなく失踪も関連性の無い順番なので、次いつ誰が失踪するかがわからない状況であることだ。  だが、やらなければ失踪者は増えていく一方だろう。浩子には悪いが下校後のクラスメイト全員の行動を把握してもらうつもりだ。  私は浩子にそれをお願いし少しだけ困った顔をされたが今日は早退した。  今日は5月27日。母親の命日なのだ。  この日は、毎年学校を早退するかまたは休んで父親の隆と墓参りをする。  今日は今の状況の中で学校の様子がどうなっているかを見たかったので、出るだけ出て、早退という形を取った。  そしてここから私の毎年の墓参りと平行して行われている私のいない場合のクラスの風景が描かれる。当然私は知るよしもないことだ。 7 「あれ、三枝帰ったの?……あ、そっか今日はあの日か」と私の友人でクラスメイトの則子が話し掛けてきた。 「うん、三枝はお墓参りに行ったよ」と返した。 「まあいいか、いない方が話せることもあるし」と則子は嫌らしく笑う。 「三枝は仲間を信頼しているようだけど、あんたみたいな反逆者がいたら、悲しむんだろうね、だってあんたあの子のこと本当は嫌いでしょ」 「反逆者ね、あはは、まあそうね、近いからこそそうなるね」 「でもこのその話は置いといて最近のクラスの子がいなくなるのと今朝の黒板の文字は何なんだろうね、黒板の文字はあんた含んだ三枝の行動に対してのものだろうけど、失踪の方は謎よね、犯人は誰なのかしら」 「それを私達が調べてるのよ、といっても私は非協力的だけどね、実際クラスメイトが消えようがどうでもいいし」 「そうね、あんたは正義の味方気取りじゃないし、そう言うわよね」 「そうよ、私は本当は悪者なのよ、あはは、なんかこんな冗談を言うと三枝みたいね、私あいつが大嫌いだけど、真似しちゃったわ」  そんな陰口を叩きながら、私、水野浩子は不敵に笑った。 8  母の墓参り、これで3回目だ。  中学1年生の時に病気だった母が死に、それから毎年命日には墓参りをしている。  母に向けて手を合わせている私は、おそらくこの世にはいないクラスメイト達もいつかこのように手を合わせられるようになるのだろう、と考えていた。 「その通りだよ」  どこからかそんな声が聞こえ、私は度肝を抜かれた。  私は四方を探したが、声の主は見つからなかった。  何なんだ、周りには誰もいない、だが、声ははっきりと聞こえた。若い女性の声だった。  どうして、私の考えていることをわかったんだ、どうしてそれが可能な人間が私に話し掛けてきたんだ、それは誰なんだ、わからないことで溢れている。  父は周りを何度も見渡し不自然な行動を取っている私を不思議そうに見ている。私の今年の墓参りは私が頭の中で引き寄せたために、このようにクラスメイトの失踪という事件に汚されてしまったが、こうして終わった。  私はその後父と昼食を摂り少し買い物に出掛けそれから家に帰り、その時下校時間を過ぎていたのて、私は浩子に連絡を取り再度同じお願いをした。浩子は「了解よ、任せて」と返事をした。  私は情報収集を浩子に任せて私だけ寝ていられるわけがないと思い、やれることはやろうと思った。私は街に出てクラスメイトを探すことにした。失踪するとは限らないクラスメイトを探すのだから闇雲と言えるが何かをしないといけない。そう思っていたが、私はあまり行ったことのない街に入ってしまい、迷ってしまった。闇雲に行動したらクラスメイトを見つけられないまま本当に闇の中に入ってしまったようだ。私は少なからず不安を抱えていた。  とりあえず歩いていた私は時計を見ると11時を回っていた。父は心配をしているだろう。今は私のクラスメイトが失踪している状況だ、なので私が次の被害者と思っていてもおかしくない。  どうしよう、こんな日に父に心配をかけるなんて酷なことをしたくない、帰らないと。  そう思い小走りで帰り道を探っていたら、三枝!という声が聞こえた。私はすぐに声の方向へ走った。  私を呼んだのは樹だった。 「おい、三枝、お前どうしてこんなところまで来てるんだよ、お前の親父さん心配してるぞ、早く帰ろう」 「助かったわ、樹、クラスメイトを探している内に道に迷ったのよ、ありがと、帰ろっか」  そうして2人で帰ることにした。  帰り道、樹はちょっと不安なことがあると言い、校舎に向かった。私も付いていくことにした。 「不安なことって何?」 「いや実はお前を探してる時に校舎にも行ったんだけど、その時に鴇田憲助が1人で校舎の中をうろうろしてるのを見たんだよ、これもしかして失踪の手掛かりにならないか」  鴇田憲助とはクラスメイトの1人だ。 「確かに、それが事件に関係してたらわかることは増えるかも、それどころか鴇田を犯人が呼び出したのなら鴇田を見つけて見張れば犯人がわかるわね」 「お前は帰ってもいいけど、残るならもうちょっとだけ付き合ってくれないか、これで事件を解決できるかもしれない」 「わかったわ、お父さんに連絡しとくわ」 「あぁ」  それから私達は鴇田を探した。校舎を片隅から探していき、そして私達の教室に鴇田がいるのを見つけた。 「いたわね」 「しっ、声が大きい、ばれたらおじゃんだぞ、俺達の姿も隠しとこう、隣の教室に入って犯人が現れるのを待とう」  それから10分経ち、私達は廊下をにのまえ桜という女子生徒が通るのを見た。  にのまえ桜?、あいつが犯人なのかしら?と私は樹にぼそぼそと聞く。樹はまだわからない、様子を見ようと答えた。  鉢合わせただろう鴇田と桜は挨拶を交わし談笑を始めたように聞こえた。それが5分程続き、ふいに鴇田がいい?と桜に尋ねるのが聞こえた。  そこから少し物音がして、その後桜の熱の込められた、くすぐったいという声が聞こえた。  どうやら鴇田と桜は性行為を始めたらしい。声は段々と大きくなっていき、桜の人に聞かせているんではないかと言えるくらいの大きさの喘ぎ声が静かな校舎の中に響き渡った。  行為は半時間程で終わり、2人が服を着る音が聞こえ、そのまま2人は教室から出て帰っていった。  時刻は1時を過ぎていた。  私は樹に拍子抜けなオチだったね、とあっけらかんと言い、股を押さえながらそうだなと返してきた樹に、何興奮させてるのよ、と笑いながら突っ込み、本当に帰ることにした。  その後各自家に帰り私はあほらしいことに時間を使ったなと思いながら寝たが、まさかこれが次の日に事件を解決させる近道になるとは思わなかった。  鴇田と桜の情事をそばで聞いた翌日、鴇田が失踪したからだ。 9  にのまえ桜は私のクラスの学級委員長だ。しかし大人しい人前には学級委員の仕事でのみ出るだけで、社交的で目立つタイプではないので言うことの聞かない人間の多いクラスメイト達をまとめることは出来ていない人間だ。  そんな人間がこんな事件を起こしているかもしれない、そう思うとぞっとする。大人しい人間こそ行動させると怖いのだと思うと鳥肌が立つ。  そして今日、私はまさか桜から接触をされるとは思わず、放課に突然話し掛けられた時には驚き無意識に身を引いてしまった。 「そんなに怖がることないじゃない」続けて桜は「昨日は恥ずかしいところを聞かれたね」と勝ち誇ったような顔で、不敵に笑いそう言った。 「気付いてたの?」と恐怖を取り払えない私がおどおどと聞くと。 「ええ、樹君もいたわね。気付いていたわよ、帰る時に見えたもの。……昨日の行動は、ほら三枝さんの友達の浩子さんっているでしょ、そうヤリマンの、その人の真似をしてみたかったのよ、それだけ、だから鴇田を誘った、だけどまさかその鴇田が同じタイミングで失踪するとは思わなかったわ、あたしが犯人みたいじゃない」  犯人みたいじゃなくて犯人なのではないのかと私が思うと、私の挙動と表情からそれを察したのか桜は「あたしは犯人じゃないわよ、これでも学級委員長よ、むしろあなた達がしている失踪の謎を解く方に力を注いでいるわ、あたしは悪いけどあなたの仲間も疑っているわ、だから昨日浩子さんの気持ちを少しでもしようと、男を誘う真似をしてみたの、そこで思ったのは、あぁ浩子さんはただの男好きだな、セックスってこんなに気持ちいいもの、病み付きになってもおかしくないわ、だからクラスメイトとも関係を持ってる浩子さんが犯人ではないと思ったわ、理由も無いしね、真実を言うとあたしが本当に疑っているのは仲子さんなのよね、だってあの人正義を愛するじゃない、だったらこのクラスの人間を罰しようとか思うのは あり得なくない話よ、どう思う?」 「喧嘩売ってんの?、仲子がそんなことするはずないじゃない、逆を言えば正義を掲げてるのだからその正義を曲げてまでこんなことはしないわよ」私は桜を叩きたいくらい腹を立てていた。 「あなたは仲間が大事だから、そう見えるのよ、フィルターがかかってるように真相が見えてない」 「とりあえず、桜、私の前から消えて、不愉快よ」 「うん、もう少しで消えるわ、あと一個お願いがあるの」 「何よ」 「あたしをあなたの仲間に入れてくれない?、そうしたらあたしもクラスメイトを助けやすくなるし」 「どうして私があんたの都合で仲間に入れないといけないのよ、それに私の仲間は子供の頃からのもので、途中から入った人間なんていないわよ、あと私達は皆何か人には無い特別なものを持っているわ、あなたにはそれが無いでしょ、入れないわよ」 「じゃあ、特別なものがあれば入れてくれると言うこと?」 「それなら考えてもいいわ」 「今は桜が綺麗な時期ね、ちょっと外を見てて」  いきなりの発言に私ははあ、と思ったが外を見た。窓の目の前に桜の木が一本生えているのが見える。 「今からあの満開の桜の木に手を加えるわ」と桜は言って、数秒立つと、桜の木の葉っぱは片隅から片隅までゆったりと散っていった。  私は目を疑った。 「どうやったの」と桜に聞く。 「こうやったのよ、あたしがその気を持って右手で円を3回描くと木の葉っぱは落ちていくのよ、これは生まれつきのあたしの能力、どう仲間に入れてくれる?」 「考えておくわ」 「そうありがと」桜は満面の笑みを浮かべそう応え「あたしは生まれつきの、生来の桜、にのまえ桜よ、じゃまたね」と言い残し自分の席に向かった。  まさか桜が超能力を使えるなんて、と私は大きく動いている心臓に手を当てながら席に座った。  席に座りすぐに放課を終えることを伝えるチャイムが鳴った。 10  学校に警察が出入りしている中、仲子よりも先に疑われたのは当然桜だった。  鴇田が失踪してその前の晩に教室で鴇田と桜がセックスをしていたことは残っていた体液から調べが付いたらしい。  しかし桜の疑いはすぐに晴れた。きっかけは浩子だ。  鴇田が深夜学校から出た後に桜が帰った後も1人で校舎前で誰かを待っているようにそわそわしていたのを浩子の知り合いが見たらしい。その知り合いは何時間か置きに学校の様子を見てと浩子に頼まれていたとのことだ。  警察はその人物を呼び出し裏付けが取れたので、桜の疑いは晴れた。  反対に次は私と樹が浩子の知り合いに校舎に入っているところを目撃されていたので、警察に質問をされることになったが、正直に話したら今は危ないからやめなさいと仲間を助ける行動をすることをやめろと諭された。  今残っているクラスメイトの数は、18人。既に6人が失踪している。3人失踪した時点で警察が捜査を始めたが事件は解決されず失踪は続いている。警察は昨日の黒板の文字を書いた人間を洗い出そうとしたが、どうやら犯人が使ったと思われるチョークは見つからず犯人はチョークを持ち帰った可能性が高いらしい。つまり警察の操作は私達の活動と同じく全く進展をしていない。  私達は活動をやめることにしてこの調子のまま6月を飛び7月の本格的な夏を迎え、クラスメイトは13人まで減った。私の仲間はまだ全員残っている。  私は仲の良かった女子生徒まで失い、気分が沈んでいた。  なので、気分を変えるために、仲間達を集めて、美樂も誘い、あることをしようと思った。  美樂もそれに賛成してくれた。  その夜、私の部屋に集まった仲間達は、美樂の演技を観ることにした。  台本は美樂が即興で考えたものを使った。  美樂は演技をしている間、普段の暗い表情が抜け、もとから顔は悪くないこともあり、生き生きとしていたら美人にさえ見えた。  私は再度美樂の演技は一級品だ、と思った。  それを知らなかった仲間達は、美樂に凄い等の美樂を認める言葉を発した。  そのタイミングを見計らい、美樂に対する激励が終わった頃、私は美樂を仲間にスカウトした。  人には無いものを持っていることが条件だが、美樂は仲間になるには申し分の無い演技力を持っている。  美樂は「いいの?なりたい」と答えた。  こうして美樂は私達の仲間に加わった。  その時間はとても楽しかった。私は辛いこともあるけど、仲間達を失わずにこんな日々が続けばそれでいいかもしれないと心の底から思った。  しかしその思いは翌日に打ち砕かれることになった。  私の仲間の1人、飯嶋昂が失踪したからだ。 11  信じたくなかった、仲間だけは失いたくなかった。  しかしそんな私の気持ちとは関係なく事件は深さを増していった。  登校してすぐ昂が失踪したと知り、私は泣いた。  学校にいることが耐えられなくなり早退をした。  家に籠っていたら樹が家まで来てくれた。  樹は昂の親友で私よりも悲しいはずなのに、私を気遣って慰めの言葉をくれた。  私が立ち直れるまで樹は私を慰め、それで俺ももう誰も失いたくない、今日もう一度クラスメイトを助ける活動をしよう、と言った。  樹、誰も持ってない何かを持つ仲間達の中で樹が持っているのは問題の解決能力だ。人の心に共感することが上手く人の塞がった気持ちを改善することが上手い。これをやらせて樹よりも早く人を立ち直らせる人間は少なくても学校の全学年全クラスの中で1人もいないだろう。そして樹はもう1つ人よりもずば抜けて秀でたものを持っている。  気付けば夕方になっていて下校時間を過ぎていた。部活をやっている人間は複数で帰ることが多いので、ひとまず部活をやっていないクラスメイトを見張ることにした。私と樹を抜いて部活をやっていないのは残ったクラスメイトの中で1人しかいない。  柊有子という女子生徒のみだ。  私達はとりあえずは有子の帰路を見張ることにした。  有子は真っ直ぐ帰らなかった。制服のまま書店へ入り雑誌の立ち読みを始めた。  2時間程立ち読みは続き、有子は雑誌を元の位置に戻し書店から出てきた。  学校帰りに暇を潰しているように見せ掛けながら書店のガラス越しから有子を見ていた私達は身を隠し有子を見張った。有子は書店から学校へ行く道へ進んだ。  学校に戻る?、私は暗くなった辺りの中で有子を見失わないようにしながら有子が学校へ戻る理由を探った。  しかし今戻る理由はどう考えても無い、部活もとに終わっていて教師ももう帰っていて学校にはもう電気が付いている部屋も無い。つまり1つだけ考えられるのは誰かとの逢引き。いや、そうではないもう1つの最悪の可能性があった、犯人からの呼び出しだ。  ちなみに有子は逢引きをするような性格ではない。堅苦しい真面目なタイプなのだ。桜がやってなければ学級委員長をやっていただろう。  なので、それを知っている私と樹は有子は犯人から呼びだれていると感じ取って、緊迫感の中尾行をした。  有子は校舎の中に入っていった。私達も距離を置いて物音を立てないように続いて中に入った。  有子は鴇田の時と同じく自分のクラスへ入っていった。  緊迫感の中、前と同じように私と樹は隣の教室で待機した。  少し時間が経った時に、廊下からすりすりという音が聞こえてきた。それは包丁を研ぐ音に聞こえた。緊迫感と猜疑心が増す。  包丁を研ぐ音は廊下から聞こえ、段々と近付いてきていた。  その音をたてている者は私と樹のいる教室の前を通り有子のいる教室へ向かった。制服を着ていた、そして西洋の仮面を被っていた。体格からすると同学年の女子生徒に思えた。誰だかはわからないが、隣の部屋から悲鳴が聞こえた。それは有子のものだとすぐにわかった。私と樹は有子のもとへ向かった。  犯人と思われる女子は有子に包丁を突き立て何かを言っていた。有子は足が竦んでいるのか逃げることができていなかった。私と樹は犯人を捕まえようと動くが、私達に気付いた犯人は有子の首もとに包丁を添えてを有子を人質に取った。犯人はこちらに聞こえないように有子の耳元で何かを囁く。  有子は泣きながら、有子を目の前で殺されたくないのならこの場を去りなさいと言った。いや言わされているのだろう。流石にここまで逃げ切っている犯人だ。周到な性格をしている。  今警察に電話してもいいんだぜと樹は犯人に言う。  それをすれば有子をすぐに殺すと犯人は有子に言わせる。  樹は黙る。私は犯人の態度に腹が立ち我慢が出来なくなり誰かの机の中から手探りでハサミを取り出し犯人に向けて投げた。犯人はそれを包丁で弾いたがその瞬間に私は犯人のもとへ走り犯人の包丁を持つ手を掴んだ。しかし両手を掴まなかったのは失敗だった。犯人はもう片方の手に包丁を持ち変え躊躇い無く私目掛けて振り落とした。間一髪で樹が私の後ろへ引っ張ったお陰で包丁は私に当たらなかった。  そのまま樹は私を持ち上げ教室から廊下へ出て、全力で走り始めた。  そして校門まで行き私は解放された。樹は息切れすらしていない。抜群の運動神経、これが樹のもう1つの人より遥かに優れているところだ。  私は「どうして逃げたのよ、あと少しだったのに」と叫ぶ。  樹は私の頬を引っ叩き「馬鹿か、お前もうすぐで殺されるところだったんだぞ、あのまま残っていたら全員が殺されていたはずだ」と言う。 「そんなのわかんないじゃない」 「いやわかる、犯人の包丁の使い方を見て思った、あれだけ躊躇いが無いのとあの速度の振り方、おれは並みのものではない、俺でもあいつにやられていたと思う、だから仕方ないんだ、俺達、いやお前が殺されたらもうチャンスは無くなる、お前がいないとクラスメイトを救おうと思う人間はいなくなる、お前も知ってるだろう、今の警察のやる気の無さを、お前が死ねば犯人は逃げ切るだろう、だからお前は生きないと駄目なんだ」  私は何も言えず、有子ごめんと頭に浮かべ帰ろうとする樹に付いていった。  翌日勿論有子は失踪したという情報が広まった。 12  クラスメイトが失踪しても誰も感情を見せなくなっていた。見せるとしても失踪者と仲の良かった人間が泣くぐらいだ。  もう感覚が麻痺している。当然だ。今の状況を正常な日々だと誰が言える?  だが、普通に授業は行われた。教師も変わったところを見せずに。  放課後、私は浩子からちょっといい?と話し掛けられた。  私がどうしたの、と聞くと今晩この教室で少し話せない?、嫌だったらいいけど、と言われた。  私は、いいよ、と答え今晩会うことになった。  浩子と夜に会うのなんて初めてだと私は思った。  夜になり私は校舎に向かった、夜の校舎にはここ最近よく訪れているな、と私は思った。  私はまだこれから何が起こるかをわかっていなかった。悲劇というものを実感することになるなんて思いもしなかった。 「お待たせ」私は教室の隅で影に隠れ佇む浩子にそう挨拶をした。 「遅いわよ、三枝、いつものことだけどね」 「三枝、私あんたに話したいことがあるの、少し話そうよ」 「うん、そうしようか」 「でさ、則子がこう言ったのよ、男なんて女の下半身しか見てないなんて、笑えるでしょ、同じヤリマン仲間でも同意は出来なかったわ、だって私は男は女の体全部を見てると思ってるから」と浩子は楽しそうに語る。私達は教室の壁に背を預け黒板を向かいに体育座りをして話している。  私はそれを聞きながら浩子は何を話したいのだろう、と考えていた。早く核心に迫らないかなと私は待っていた。  私は話をシリアスなものに変えようと思い話を切り替えた。 「ねえ、浩子、話は変わるけど、狂ったっていうのはどういうのを言うんだろうね」と私は尋ねた。 少し間を空けて浩子は「単純に馬鹿……」と言い、更に間を空けて「とかかな」と答えた。  私は心臓が止まりそうになった、馬鹿のところまでで一度言葉を止まったため私は自分のことを言われた気になったからだ。親友に唐突に揶揄されたら誰でも驚くだろう。 「どうして急にそんなことを聞いたの?」と浩子が疑問をぶつけてきた。  私は最近見た西洋の仮面を被った今回の失踪事件の犯人とのやり取りを話した。それがこの教室で行われたことも。 「よく生き残れたね、というより三枝は犯人を見たのね、犯人の仮面を取ろうとはしなかったの?」 「そんな余裕は無かったわ、包丁で切られそうになった後樹に抱き抱えられて私の意思関係無しに一緒に逃げたからね」 「そっか、大変だったね」と浩子はこちらの目を見ながら言ったが、ふと前の黒板の方を見て黙り、それから「こんな話をしたくらいだし、そろそろ私も本題を話そうかな」と呟いた。 「まず知って欲しいのは、私本当はあんたのこと嫌いなのよね、理由はあんたがなんで勉強が出来るのに手を抜いてこの落ちこぼれのクラスにいるから感付いているからよ」  私は自分の心臓が激しく動き出したのに気付いた。浩子は私が嫌いと言った?そんなわけない、よね。 「あんた仲間達が揃ってるからこのクラスにいるんでしょ、私から言わせればそれははた迷惑よ、仲間は自分達が原因で三枝が自分の将来を犠牲にしてるなんて知ったら悲しむ、もしくは私のように三枝に馬鹿にされてると思うわ、仲間はそんなことは望んでない、今日は三枝にそれを言いたかったのよ」  私は声が発せられなかった。これは一時的なショック症状だろう。  親友だと思っていた浩子に嫌われていたという事実を私は受け止めきれなかった。  浩子は語りを続ける。 「言葉が出ないか、当然よね、あんたは私を含めた仲間を誰よりも大事に思ってる、そんな仲間の1人にこんな裏切りの言葉を浴びせられたら、そうなるわよね」  ふと浩子は悲しげな目を見せ「うん、言い過ぎたわね、最後に救いの言葉をあげるわ、私はあんたの性格は好きよ、だけど仲間を本当の意味で大事にしていない、仲間の心まで汲み取ってないあんたの行動が許せないのよ、それだけ」  そこまで言った浩子はあー喋りすぎたわと言って立ち上がり手を組み腕を上に伸ばして、伸びをした。  そして「まあ気にしなくていいよ、あんたはあんたのまま生きればいい、私の言葉なんて気にせずにね、じゃあ、そろそろ私は帰るわ、ごめんね夜に付き合わせて、じゃあね」浩子は教室から出ていった。  私は悲しみに暮れていたが、それよりもショックの方が大きかった。浩子の言葉が私の心を大きく揺らしたのだ。  5分だけ泣き、私は教室を出て、家へと帰った。  翌日に登校した私は浩子が失踪したと知り、今度は何時間経っても涙が止まらなかった。  浩子は私に別れを告げたのだと気付いた。  しかし今更気付いても遅いことだともわかっていた。  私は泣くことしか出来なかった。  だが、1つだけ浩子がヒントを残していることにも気付いた。  昨日の夜、浩子が座っていた場所に赤い文字で、かがみと書かれていることに気付いたからだ。  浩子は昨晩犯人に呼び出されていて、呼び出した人物が犯人だと気付いていたのだ。  私のクラスには加賀美淑子という女子がいる。浩子はその女子が犯人だと告げたかったのだと私は捉えた。 13  加賀美淑子。ご令嬢ではない、一般庶民であるが、高貴なオーラの持ち主ではあった。  あだ名はしゅくこ。名前の淑と淑女をかけてそう呼ばれている。淑子はクラスの嫌われものだ。  名前負けしないようにお高くとまっているその性格が逆効果で人には嫌悪感しか与えないのだ。  クラスメイトが半分に減っても生き残っている。淑子のそれに対しては、しぶといな、としか思えなかった。  私も淑子のご令嬢ぶった口調が好きではなかった。  なのに、どうしてか私は今淑子と一緒に昼御飯の弁当を教室内で食べている。  理由は、まあ私が淑子が犯人だと思い話をするために誘ったからなのだが。  だが、淑子は長身だ。あの時の西洋の仮面を被った犯人は小柄だった。  なので、私は見当違いをしているのではないか、と思い始めていた。  淑子が放った私を誘うなんて珍しいわね、三枝。から会話は始まり、世間話を挟み、私は切り出した。 「昨日浩子が失踪したのは知ってるわよね」 「知ってるわよ、とても悲しいわ」食事を口に運びながら悲しさを感じさせない口調でそう言う淑子に私は腹が立った。 「昨晩、浩子と最後に一緒にいたのは私なのよ」 「あら、自白?」 「違うわよ、浩子が失踪する直前までそこの教室の後ろの方で会話をしていたのが私なのよ」 「それで、今朝浩子が残したと思える文字を見つけたのも私よ、そこには赤い文字で"かがみ"と書かれていたわ」 「ふーん、私を疑ってるって訳ね、だけど違うわよ、私はこのクラスメイトが好きだもの」  そのクラスメイトからは嫌われてるけどな、と私は余計なことを考えつつ、こう返した。 「うん、私もあんたはこんな大事件を起こすような大物には見えないわ」 「皮肉は聞き慣れてるから受け流すわ、だけど私を犯人扱いしてるあなただけど、私はこのクラスの学級委員長にあなたが犯人だと聞いたわ」  寒気がした。というより場が凍りついた。  はあ?桜が私を犯人扱いしてる?前は仲子を疑っていたではないか、何がしたいんだ?、私は頭を抱えた。 「そうなの?……なんかよくわからなくなったわ、ごめん、ご飯も食べたし失礼するわ」 「あら、犯人扱いされた途端に逃げるの?」 「ええそうよ、私はそういうずるい人間なの、じゃあね」私は目の前の女子と話すのが面倒臭くなっていた。 「残念ね、せっかく私が学級委員長にあなたの潔白を証明する為に動こうと思っていたのに」 「私はあなたを信じるわよ、三枝、だってあなたは仲間をあんなに大事にしていたじゃない」 「……」  淑子のその言葉に感動して泣きそうになった私だったが、再びじゃあね、と告げて淑子のもとから離れた。  その後、放課後、私は桜に話し掛けた。 「ねえあんた、仲子の次は私を疑うわけなの?、何がしたいのよ」 「あぁ、淑子さんに聞いたのね、だって三枝さんは浩子さんと昨晩話す約束をしていたじゃない、そして浩子さんは消えた、あなたを疑うのは当然じゃない?」 「あんた──」怒りで言葉が出ない。ようやく出そうとなった時に桜に遮られた。 「冗談よ、嘘よ、あなたを疑ってなんか無いわ、これからちょっと語るけどいい?、まず浩子さんがこの教室に"かがみ"という文字を残した、それはあたしも気付いた、三枝さんもそれに気付いた、それで私は三枝さんは淑子さんと接触を取るだろうな、と思った、予想通りの結果になるとも思ったから今朝あたしは淑子さんにあなたが犯人だというデマを流した、で、ここまで聞いて三枝さんが思うのはどうしてそんなことをしたか、よね、答えるわ」 「だってそうでもしないと、三枝さんはあたしに話し掛けなかったでしょ、あたしには用があるのに三枝さんはあたしに用が無い、加えて自分からは人に話し掛けるのはよっぽどでない限りしたくないあたしだから、当然あたしと三枝さんは関わることにならない、そうなると困るのよ、つまりあたしは三枝さんに用があるけど話し掛けるのはあたしのポリシーに反する、だけど三枝さんからは話し掛けられることが無いだろうから、強制的に話し掛けられる状況を用意した、まあそんなところ、ごめんね、嫌な思いをさせたよね」 「確か最初話した時はあんたに話し掛けられたと思うけど……まああんたの私には理解出来ないポリシーは無視するわ、で、あんたのやったことも許すわ、だから早く話して、私に何の用があったの?」 「えっと、あたしをいつ仲間に入れてくれる?って聞きたかったの、それだけ」  私は呆れた、それだけのためにこんな回りくどいことをするなんて、桜はまるで親に構って欲しい子供ではないか、と思った。 「わかったわよ、仲間にするわ、だけど1つだけ約束して、仲間になる以上仲子を疑うのはやめて、それを守れるなら迎え入れるわ」 「うん、三枝さんはそう言うわよね、了解よ、仲子さんのことはもう疑わない」 「じゃあ桜は今から私達の仲間だわ、これでいい?、もう帰りたいんだけど」 「ええ、仲間に入れてくれてありがとう、良かったら一緒に帰らない?」 「帰らないわよ、じゃあね」  桜はその後も何故か後ろから付いてきた。  私はこいつは本当に園児か、と思ったが放っておくことにした。相手にすると相手の思う壺だ。  私は桜に私の家の場所を知られたくないためにあえて遠回りしたり本屋で立ち読みしたりした。  これが桜の計算だったとは私は死ぬまで知ることは無かった。知り得ることは無かった。  その頃仲子と、クラスメイトであり仲子の恋人である新美祐輔が一緒にいることを私は知らなかった。そしてそのデートは夜中まで続き、朝には祐輔は犯人の手によって失踪することも、その時の私は知らなかった。  その後、やる気が無くろくな捜査をしていなかった警察が今回ばかりは目を光らせた。  仲子は警察に容疑者としてマークされることになったのだ。 14  私は仲子が体目当てで祐輔に恋人にされているのを知っていた。なので、放課後に仲子が祐輔と夜中までデートする約束をしている現場を見ていたら必ず阻止していただろう。  それが桜の策略で止められなくなったのだが、私は私が桜に良い様に動かされたと気付くことは死ぬまで無かった。  同時に桜がどうして仲子を犯人ではないと知ってても尚、犯人に仕立て上げる理由も知ることは無かった。それがただの気まぐれで子供じみたサイコパスな暇潰しだったという真実を知れば私は桜に手をあげるほどの怒りをぶつけていただろう。  仲子を守らなければ、何とか犯人ではないと証明しなければ。そんな思いが私の頭を駆け巡るが、しかし真犯人を見つけ出すことしかその方法は無いように思えた。八方塞がりだ。犯人の手掛かりは浩子の残した文字しかない、傍から見たらただの落書きであるそれは証拠にはならない。  どうすればいいんだ。仲子の警察に連れて行かれた時の嘆きを秘めて私を見た、目が忘れられない。  放課中、私は樹に話し掛けに言った。 「仲子が連れていかれたよ、どうしよう、仲子は犯人じゃないはずなのに」 「何を言ってるんだ、お前、じゃないはずなのに、じゃないだろ、仲子は犯人じゃない、真っ先にお前が信じなくてどうする、落ち着け」 「……ごめん、取り乱してた、で、どうする、どうやって仲子を助けようか」 「それこそ何を言ってるんだ、仲子は犯人ではないのなら、それが事実なら、警察に捕まる理由なんて無いだろ、だから俺達は信じて待つしかないんだよ」 「そうだね、そうだわ、ありがと、私もそうする、仲子は絶対に犯人ではないもの」 「そう、信じておけばいい、少なくてもお前の仲間の中には犯人はいない、お前もわかるだろ、世界を変える為に集まった俺達がこんな歪んだことで世の中を揺るがすなんてことはしない、だから大丈夫だ」 「樹、ありがと」私は気持ちが楽になっていた。 「まあ失踪の件もあるが、次の授業では小テストがあるぞ、対策しとかなくていいのか」 「そうだったわ、そうね、樹本当にありがとね、楽になったわ、じゃあまたね」私は席に戻った。  その日が終わり、翌日。釈放された仲子が登校した。クラスメイトからは好奇の目で見られている。仲子は気にしていない素振りを見せているが、それを樹は心配そうな顔で見つめていた。  その時、私はまたしても樹が私以外のことを気にしている様子に苛立ちを覚えたが、それは今はどうでもいいことだと割り切った。  悲劇は続くものだと、この最近で思い知られていた私含めたクラスメイトだが、特に私は翌日に更にその事実を思い知らされることとなった。  仲子が失踪をしたからだ。 15  警察は容疑者が被害者と変わり、やり場の無い気持ちを抱いているだろう。それは落胆とも言えるかもしれない、それくらいこの件を任されている警察からはやる気が感じられない。  そう思っていたら、不思議なことが起こった。  何故か次の容疑者は私となっていたのだ。  学校に登校した私は警察署に連れていかれた。 「私は犯人じゃない、それ以外を言うつもりは無いよ」取調室だろう部屋で私はそう訴えた。 「あのね、話を聞きたいだけなんだけど、君はクラスメイトに恨みとか無かった?」2人いる警察官の片方が聞いてきた。 「無いわよ!」 「わかったよ、じゃあ質問を変える、君は確かにこの陰湿な事件の犯人には見えない、だから反対に誰かに恨みを買うことは無かった?」  どういう意味だ。 「どういう意味?」頭に浮かんだ疑問がそのまま口に出た。 「いや、ちょっとね、ごめんね知らないならいいんだ、帰ってもいいよ、僕達もちょっと全く進展しない捜査にやけになってたのかもしれない、君のクラスメイトの本当かわからない証言の1つに食い付くなんて」  クラスメイトの証言?それに惑わされたということか?警察が?あほか、いい迷惑だ。……誤解は解けたようなのでまあいいが、それよりもクラスメイトの証言?誰かが私を陥れたのか?  心当たりが無くわからないまま私は家に帰るか学校に戻るか聞かれて学校に戻ることにした。  私を陥れた人物をさっさと見つけ出したかった。  私は堂々と授業中の教室に入り、自分の席に座ってから呆れた様子で教科書とノートを開き、あたかも何も無かったように授業に参加した。  教室に入ってから席に座るまで私はクラスを見渡し、私を見て驚いているか呆気に取られている大半のクラスメイトの私に向けている表情を観察した。おそらく私を陥れたクラスメイトはその2つの表情とは別の、私が戻ったことへの嫌悪感、または失敗したと顔に書いたようなばつの悪い表情をしているだろうと思ったからだ。  見つからなかった。陥れた人間は上手く自分を隠しているようだ。  唯一私が戻ったことでほっとしたような顔を見せた桜の存在は有り難かったが、今回のこととは関係の無いことだ。  最初は戸惑っていた数学教師も徐々に平静を取り戻し授業はそれとなく進んだ。  放課後、私は私を陥れた人間を察した。全く話したことの無いだろういけている女子生徒の福原智枝美が突然話し掛けてきたからだ。  こいつか、と思った。  話し掛けられた内容は、今夜9時に校舎前まで来てとのことだった。私は何かしらで嵌められるだろうとわかっていたがそれに乗っかることにした。むしろここで自分の潔白を完璧なものにしてやろうと思った。  そして9時の校舎前のグラウンドに2人。私と智枝美が立っていた。私は智枝美が西洋仮面を付けていないので犯人ではないとは思ったが、一応体1つ分の距離を置いて話し掛けた。 「で、何の用なの、私とあんたはほとんど話したことも無かったはずだけど、いきなり、それも夜に何の用事なの」 「もうすぐわかるわよ」智枝美はにたりと笑った。  そしてどこからかパトカーのサイレンが鳴りその音を発している車は校門を通り私と智枝美の隣に停まった。  中から警察が2人出てきて、1人は智枝美に紙を渡され説明を受け始めた、そしてそれを見ていたもう1人は納得をしたようにこくんと一度頷き私に手錠をかけた。この2人の警察官は朝私の取り調べを行った2人だった。態度がまるで違う、智枝美の紙には何が書いてあったんだ。  だが、私は冷静を失ったら負けだと思い、静かにこう発した。しかしそれは負け惜しみに見られるものだろう。だが、負ける気など1mmも無かった。私は犯人ではないからだ。 「やっぱり警察にデマを流したのはあんただったのね」と。  そして私はパトカーに乗せられ、車は発進する準備を始めた。  その時、エンジンの掛かる音に混じって、とんとんと運転席の窓をノックする音が聞こえた。  私がノックをした人物の確認をすると、外に立っていたのは桜だった。  運転席の警察官は迷惑そうな顔をしながらもエンジンを止め運転席のドアを開けて外に出た。  私は桜もこの件に関わっていたのか、と思い、もうどうにでもなれ、という諦めた気持ちに陥ったがふと、パトカーの外に立っていた智枝美を見ると目が泳いでいたので、あれ?と思った。  智枝美はもしかして予期せぬ事態に戸惑っているのか?  私は希望が見えてきた気がした。  桜は警察官に1枚の紙を渡した。警察官は目を点にして、とんだどんでん返しだ……と呟いたように聞こえた。  桜に紙を渡された警察官は私に手錠を掛けた後部座席で私の隣に座る警察官に手錠を外してやれと指示した。  私は手錠を外され、再び「本当にごめんね、またしても無実の君を疑ったようだ」と警察官は申し訳なさそうに、そして言いにくそうに言った。  私はパトカーから出ると、智枝美が必死の形相で校門へ走っていくところだった。  何となく私は事態を感じ取った。智枝美は私が犯人だと証明する捏造した証拠を警察に渡したがそれが桜の手によって逆転したので、偽証罪というものの存在が頭を過り怖くなって逃げたのだ。おそらくそうだ。  その晩、智枝美は失踪したのだったが、まあなんか私にとってそれはどうでもよかった。  その後、私と桜は警察に家まで送ると言われて、パトカーの後部座席に乗った。 「2回も君を疑ってしまったね、本当にごめん、いやごめんなさい、申し訳無いことをした」まず警察はそう謝ってきた。もう1人の警察も続いて申し訳ありませんでしたと謝ってきた。 「いいわよ、潔白は証明されたんでしょ、桜のお陰で、ありがとね桜、だけど状況が最初から最後までわからないんだけど、教えてくれる?」 「智枝美さんは理由は知らないけどあなたを怨んでいて、あなたを犯人に仕立て上げようとした、智枝美さんの持っていた紙はあなたが犯人だと証明する偽造の情報が乗った紙だった、あたしは智枝美さんがその紙を作ってる現場を見たからその紙が嘘だと証明する紙を作った、それを運転してる警察官に渡した、それであなたの無実は証明された、以上よ」 「どうして助けてくれたの」 「何言ってるのよ、仲間でしょ、それにあたしはあなたが好きなのよ、それで1つ謝りたいこともあるの」 「何?」 「仲子さんの件でね、あれはここはでは言いにくいことなんだけど、警察官の目からあなたを外す為に行っていたことなのよ、本当にごめんなさい、仲子さんは犯人ではないことは知ってた、だからこそ疑われても大丈夫だと判断して犯人扱いした、ごめんなさい、あたしの一連の言動の答えはそれなの、だけど今回の件で意味の無いこととなったけどね、ごめんなさい、本当にごめんなさい、仲子さんは犯人ではないわ、あたしも心からそう思っていたわ、だって正義を真っ先に大事にしてる人だからね、もう遅いけどね、この言葉にも意味は無い、最後にもう1回だけ言わせて、本当にごめんなさい」 「……許すわよ、責めても仕方の無いことだわ、もう仲子はいないから」 「……ありがとう」  そこまで会話が進んだところで車は桜の家に着いて桜はまたねと言って車から降りた。  私の家に着くまでの間に警察官は「良い友達、なのかな、を持ったね」と私に言った。  そして私の家に着き、私は家へと帰った。智枝美が起こした不祥事は終わった。  だが、これで失踪事件は終わりではない。続くのだ。  私は次のクラスメイトの失踪でこれ以上無い悲しみと後悔をすることとなる。 16  季節は秋の終わりかけの10月になった。残っているクラスメイトは5人。淑子は失踪した。残りのメンバーは私と樹と桜と美樂と大人しいだけの女子と言えるような個性の感じられない宇城楓という女子生徒のみだ。犯人は捕まっていない。警察は既に匙を投げている。智枝美に踊らされた2人と言い警察はとんだ役立たずだ。  そんな暗い状況の中で迎えた今日という日、10月15日は私の誕生日だった。  何故か放課後に樹に屋上で会うことになっていた。  昨日の夜、明日の放課後屋上に来てくれないかと書かれたメールが届いたのだ。  私はおそらく誕生日プレゼントを渡されるのだろう、と思っていた。樹は私が好きなのだろう、そして私もそれをいつ告げられても受け入れるつもりだ。私も樹が相手なら良いと思っている、いやむしろ私はおそらく……。  放課後になった。樹は私が来るよりも先に屋上へ来ていた。肩に提げてある鞄の他に手にラッピングされた箱を持っている。予想通りだ。  やっぱり樹は誕生日プレゼントをくれるのだ。  そう思い先手を打って「おやおやいつ坊、私に誕生日プレゼントを献上するなんて良い心構えをしているじゃない、ありがたく受け取るわ」と手を伸ばした。  樹は、はあ?と言って「来てくれたのは有り難いが、残念ながらこのプレゼントはお前のじゃないぞ、これは別のクラスのお前と同じ誕生日の奴の分だよ、考えてみろよ、幼稚園から一緒だけど、俺がお前に誕生日プレゼントを渡したことは一度も無いだろ、それよりも他に渡したいものがあるんだ」と話しながら、鞄から1つのピンク色の手紙を取り出した。 「これを読んでくれないか」 「何これ?」私は心臓がどきどきしていた。 「読めばわかる」  私は手紙を読んだ。 "中学生の時、お前は昇が仲間なんて恥ずかしいと言って仲間が解散しそうになった時があったよな。その時お前は朝まで昇、仲子、浩子、俺の家を回って仲間でいてとお願いしたよな、俺はあの時のお前の仲間に対して泣きそうになりながら必死に動いているお前を見て、恋人にするならこういう本当に他人を大事に出来る人がいいと思ったんだ。俺はお前が好きだ。ずっと好きだった。返事がどっちでも好きであり続けるだろう。お前を越える女は存在しないと俺は思っている。三枝がもし良いなら付き合ってくれ。無理強いはしない。駄目なら駄目と言ってくれればいい。俺はお前の意思を尊重する。"  手紙にはそう書かれていた。  そして私は素直に私も樹が好きだと言えず「考えてさせて」と言ってその場を去った。残された樹の顔はとても見れなかった。  そして夜になり、朝が訪れ、私は登校した。  私はこの日を忘れることは無いだろう。一生胸に刻み込めれる傷になることだろう。もうこれほど泣く日が来ることは無いだろう。これほど後悔する日は来ないだろう。 ……………樹が失踪した。  私は谷口がそれをホームルームで言った途端に、目の前は真っ暗になり、視界が戻った頃には知らない場所に立っていた。  そこは崖の際だった。私はおそらく自殺をしようとしたのだろう。しかし出来なかったのだろう。  もう樹はこの世にはいない。樹はいない。樹はいない。樹はいない。樹はいない。樹はいない。樹はいないのだ。  それを受け止めることが出来たから私は視界を取り戻し、死ぬことを思い留まったのだ。  私は最低の人間だ、樹の勇気を出したメッセージを無下にして、そしていなくなった樹の後を追うことすら出来ない。自分の命が惜しいのだ。  私は……。 17 「この事件を起こしていたのはお前か……まあ納得は出来るよ、俺は知ってたからな、お前の、その、悲劇を。俺にはお前を止める権利は無いと思う、一思いにやってくれ、だけど1つだけお願いがある、三枝だけには手を出さないでくれ、お願いだ」 「この事件は三枝がきっかけ」犯人の樹に対する返答はその呟きのみだった。 18  樹が失踪してクラスメイトは私以外に桜と美樂と楓のみとなったのだ。奇しくも全員女子だが、別段奇跡的なことでもないだろう。  もうどうでもいい。そう私は思っていた。私の昔からの仲間は全員失踪した、そしてその中に入っていた私の一番大事な人、樹もいないのだ。失ってから失くしたものがどれほど大切なものだったかに気付くとはこういうことなのか。  もう私には事件に関心を持てなかった。解決なんて誰かが勝手にすればいい。  そんな私に桜が話し掛けてきた。 「三枝さん、大丈夫?」 「人に話し掛けないポリシーはどうしたのよ、桜」 「そんなことを言ってる場合じゃないと思ってね、話し掛けたのよ」 「何の用事?」 「三枝さん、あたしを仲間から外してくれていいわよ、もとからあたしは部外者だし、あなたの仲間は皆……ごめんなさい、無神経だったね」 「そう、あんたまで私のそばからいなくなるの、私は最近桜のことが好きになってきてたんだけどね。正直あんたにはいなくなって欲しくないけど、まあいいわ、抜けたいなら抜けていい、もう私には人を引っ張る力は無いわ」 「三枝さん……」 「あたし抜けないわ、あなたの仲間でい続ける、今のあなたには酷なことを言うけどあたしが樹君の代わりになるわ、あたしがあなたを支えるわ」 「それは有り難いわ、だけど無理よ、樹の代わりなんて誰にもなれないわ、だけどあんながそばにいてくれるなら私は拒絶はしない」 「いいの?、あたしは三枝さんの大事にしてるものを壊そうとした、そんなあたしだよ」 「逆にあんたがいなくなることを許さないわ、あんたは紛れもなく仲間よ、これからもずっと」  桜は微笑み「ありがとう、嬉しいよ、だったらあたしがいなくなるまで仲間でいさせてね」 「当然よ、というかいなくなるなんて許さないわ、あんたのことは絶対に失踪させない」  桜はそれを聞いて悲しげにも見える微笑みを見せた。  私にはその表情の理由がわからなかった。それは死ぬまで知り得ることは無かった。  桜と話して樹が戻ってくるわけではない、しかし確かに桜の言葉によって気持ちは大分救われていた。  だがその晩に楓と桜は2人とも失踪したのだ。  私は桜に裏切られた気持ちだった。 19  その日の楓と桜の失踪を知る日の前夜、私の家に訪問者が現れた。  その人物は残っているクラスメイトの1人、今坂美樂だった。  少し話したいことがあるとのことなので、私は自分の部屋に美樂を入れると、美樂は話し始めた。 「もう残ったクラスメイトは4人になったね」と美樂。 「そうだね」と私。  少し沈黙が生まれ、美樂はその沈黙を破り再び話し始める。 「あと3人だわ、それで目的は達成される」 「どういう意味よ」 「この5月から始まった失踪事件の犯人は私ということよ」 「……!」私は声が出せなかった。 「どうしてこんなことを」ようやく出せた言葉はそれだった。 「お前、私がただの大人しいだけの人間だと思っていただろう。いやお前だけではない、このクラスメイト全員だ、私はお前を含めたそいつらが憎い。憎い。憎い。憎かった、だからだよ、理由なんてそんなもんだ、だか ら殺して埋めた、それを繰り返した、こんなに楽しい体験は人生で初めてだと思ったよ、もしかしたらピークかもしれないな」と、そこまで話してから美樂は低い籠った声で高笑いを始めた。三枝はそんな美樂の左手甲に向けて先の出たボールペンを突き刺した。美樂は目を見開き、「お前何をする」と叫ぶ、三枝は下を向いて「それはこっちの台詞よ、私はあんたを許さない、次に山に埋まるのはあんたよ」と啖呵を切った。  意表を突かれた美樂は「やってみろよ、その言葉楽しみにしておく」とその場を去っていった。  三枝は思えばあの西洋仮面の体格は美樂そのものだったと気付き、どうしてあの時に気付かなかったんだと後悔した。  気付いていたら救える人間もいたはずだ。いつか、浩子は"かがみ"という文字を残していた。あれは鏡のことだったのか。英語で書くとMIRROR。つまり"みら"、今坂美樂を現していたのだ。浩子はおそらく美樂に呼び出された時点で美樂が事件の犯人だと気付いていたのだ。なのに……くそ、どうして私は気付かなかったんだ。私は愚かだ。  明日美樂を告発する、美樂を犯人と絞り込めば必ず証拠は出てくるはずだ。  明日は事件の終幕になると私は予感しており、というより私の中で決定付けられていて、私はそれに備えて早めに寝ることにした。決着を着けるのは私だ。  今坂美樂、私はあいつを絶対に許さない。  樹を失くして気力を無くしていた私に活力が湧いてきていた。美樂を叩き潰すという目的が生じたために。 20  翌日、桜と楓は失踪したので残ったクラスメイトは私と犯人の美樂の2人となった。  広い教室の中でたくさんの空席がありその中にぽつんと2人のみが教師からホームルームで何かを伝えられている光景は異様だった。  そして朝のホームルームが終わった後、何故か谷口は私と美樂を校舎隣の山に連れて行った。  ……わからない、谷口は何が目的なんだ。  山の中腹辺りの広場で谷口は立ち止まり、谷口は美樂に向かって話し出した。 「昨日、ここでお前と楓が一緒にいるところ、そして少ししてからお前だけ山から降りていったところを見た、信じたくないが、この事件の犯人はお前なのか?」  もう遅かった、私には止められなかった。谷口の話の途中で美樂は近くにある片手ほどの石を拾いそれを一瞬で谷口のこめかみに叩き込んだ。  呻き声を上げ谷口は倒れる、意識を失ったように見えた、こめかみからは血がどくどくと流れていく。 「これでわかったでしょ、私が犯人よ、全員、いや"ほぼ"全員を殺したわ、そこにスコップが何本か置いてあるわ、三枝は啖呵を切ったわよね、だから勝負しましょ、負けた方が埋まるのよ」 「望むところよ」  私と美樂はスコップを1本手に取り、それを使って攻防を繰り広げた。  2人共が切り傷やかすり傷を増やしていく中で、始まって5分程経った時に私の横に振り回したスコップの持ち手が、美樂の頭に勢い良く当たった。  美樂は倒れ、起き上がらなかった、美樂は畜生と漏らしていたので、意識は残っていることはわかった。  立ち上がろうとするが、立ち上がれない美樂を横目に、私は土を掘り始めた。美樂を埋める穴を作るためだ。私は本気だった。 「あんたの負けね、あんたが何でこんなことをしたのかはわからないけど、今から埋まるのは間違いなく美樂の方よ」私は冷たく言い放った。  少し回復した美樂は座り込み頭を押さえながら、「……あんたはどうして助けてくれなかった?」と呟いた。 「何のことよ?」私は聞くが美樂はそれには答えず語り始めた。 「私はあんたが大好きだった、1人で集団の片隅にいる私を仲間に入れてくれた。私はあんたに憧れていたんだ、誰にでも堂々と意見を言うあんたに。そんなあんたにいじめの現場を知っても助けてもらえなかった気持ちがわかるか。私が一番叫びたいのはその想いだよ、私はあんたに救って欲しかった」  私は穴を堀っていた手を止め「何を言ってるのよ、あんた、あんたが言ってるのは、私がいじめの現場を見てもそのまま何もせず通り過ぎたあの日のことだと思うけど、いじめられてるのはあんたでしょ、私が助けて何の意味がある?それではいじめは無くならないわよ、あんたを救うのは他でもないあんた自身よ、被害者のあんたがいじめを止めれなくて、仮に誰かがいじめを止める、そんな風では一時的にいじめは止まっても必ず再開する、変わらないといけなかったのはあんたよ。……だけど私もいじめを止めなかった自分を正当化はしない、ごめんね、美樂、私が早く相談に乗らないと駄目だったね」 「……もう遅いよ」美樂は呟いた。  その時、私は美樂が樹や桜、仲間達やクラスメイトを埋めたことを許せないという気持ちよりも美樂に対する同情の気持ちが大きくなったのでこう提案した。 「ねえ、幸い、目撃者は谷口以外いないんでしょ?、なら事件が公になるまで時間はありそうよ、その間、私達2人で生きていかない?こうやって残ったのは必然とは言え何かの縁よ。私はあんたを見捨てない。私に付いてきて、とりあえず高校が卒業出来たら大学に言ってその後起業でもしようよ、大丈夫表に出る私と裏で動くあんたがいれば絶対に上手く行くわ、どう?、ほら」  三枝は座り込んでいた美樂に手を差し伸べ握手を求めた。 「本当に許してくれるの?」美樂が言う。 「許しはしないわ、だけどあんたに対する恨みの気持ちは無くなったわ、それにあんたの行動力は使えると判断したのよ、ほら立って、これからは一緒に生きていくわよ」  美樂は私の手を握って立ち上がった。  そして私達は山を降りた。  翌日、日曜の朝三枝はテレビのニュースを見掛けて愕然とする。  連続殺人犯としての美樂の名前と今回の事件が報道されていた。  そこで三枝は思い出した、あの時谷口は頭を殴打されただけで死亡は確認していない。もしかしたら美樂が犯人だと気付いた谷口が美樂を告発したかもしれない。 「何てことなの」私は家族がいる目の前でそう呟いた。朝食を摂っていた父親、母親、弟がそんな私の方を向いた。  その後、私は美樂を抜いて事件から逃れた唯一の生存者として最初は警察に共犯を疑われたが、それはすぐに無くなった。美樂が自分のしたことを洗いざらい白状したからだ。それからは美樂についてたくさんのことを聞かれた。大体3ヶ月くらい私の生活に警察が関わった。何しろ大きな事件だったから。  それから私は家族で遠くの県の田舎に引っ越して私は学校を転校し好奇の目や避けられたりしながらも目立たないように過ごし高校を卒業した。その時美樂は少年院で無期懲役となっていた。  私は田舎の小さい金融会社の事務員として就職した。そして美樂と面会をすることを決めた。  久しぶりの地元はさほど変化は無かった。  刑務所の中に入り、私は受付で今坂美樂に会わせて欲しいと告げた。  受付の女性はご関係はと訪ねてきたので、友人ですと答えると、あなたもしかしてと驚いた顔をされた。  結果私は面会可能と判断され、3年ぶりに美樂と会った。美樂は何も変わっていなかった、やつれているわけでもなく申し訳なさそうな表情を浮かべてるでもなく、大人しかった時ではなく自分を犯人だと告白して豹変した後の激しい美樂のまま堂々としていた。 「久しぶりね」私が言う。 「ええ、久しぶり」美樂が言う。  少し沈黙が生まれ「悪かったわね、三枝の誘いに乗れなくて」と美樂は切り出した。 「……いいよ、あんたは何も気にしなくていい、今までも苦しんできて、これからも苦しむんだから、余計なことは言わないわ」 「面会してきたのは三枝が初めてよ、家族すら未だに姿を見せないからね、だからありがたい、ありがとう、三枝」 「そう」 「そういえば小学校以来ありがとうという言葉を使ったことは無かったわ、久しぶりに使わせてくれてありがとう、はは、これで2回目のありがとう、だわ」 「美樂、私本当に助けてあげられなくて……」 「謝罪はいい、もっと楽しい話をしよう、せっかくだし、時間も無いしな」美樂はくすくす笑った。  私には笑う理由がわからなかったが、話題を変えた。近況報告をした。 「そっか、私のせいで引っ越しして転校したのか、ごめんな、そして今は金融会社の事務員をやっている、そういうことか?」 「そうよ」 「私という邪魔が入ったにしては良い人生ね、さすがだわ、三枝、あとやっぱりごめんなさい、本当に私のせいであんたは……。本当にごめん」 「謝罪はいいって自分で言ったでしょ、謝らなくていい、私は楽しくやってるよ」  美樂側の入り口前に立っていた監視員がそろそろ時間だと告げる。10分間は短いものだ。 「この時間ももう終わりか、最後に三枝、私、三枝にどうしても伝えたい言葉があるんだ。どうか聞いて欲しい。そしてどうか忘れないで」 "私は叫びたい、春の新しい出会いを生まない寂しさを、夏の青春に取り残された感情を、秋の無知な自分に対する自己嫌悪を、冬に飛び出しそうになる閉じ込められた激情を、それら全ての嘆きを私は口に出して叫び出したい"  美樂はゆっくりと味わうようにその文章を口にした。 「これが事件を起こした私の想いよ、どう、詩的と思わない?これでも私はほんの少しだけ芸能の仕事を目指したこともあるんだ」 「良い文章だと思うわ、暗い内容だけどね、美樂らしいわ」 「はは、さすが三枝ね、下手なお世辞は言わないか、そこのはっきり意見を言うところが私好きだったわよ」  そこで監視員が時間ですと言い、私は美樂に別れを告げまた来るからと再会の約束をしてそこから出ていった。  しかし、それは叶うことは無かった。美樂はその翌日自殺をした。私の目的は叶った、もう思い残すことは無い。面会直後の美樂は監視員にそう告げていたそうだ。  私と面会をすること、それがもう少年院からは出られない美樂が生きている唯一の理由だったのだろうか。はっきりとはわからないがそうなのだろう。  そして、面会中に美樂が言った「時間の無いしな」という台詞と含みを持たせた笑い、それは自殺を示唆していたのだろう。美樂は止めて欲しかったのか?いやそれは無いか、おそらく決意は固まっていたのだろう。  美樂と面会をした次の次の日、私はもうこの世にはいない美樂のことを考えながら、職場に向かった。職場の従業員の出入り口を開けた時、私は体を後ろ向きにし、さよなら美樂と独りでに別れを告げた。  私はその言葉が美樂に届いていると良いなと思い職場の中へ入った。こうして美樂という人間はいなくなり、春夏秋冬の叫び声は止まったのだろう。この話はこれで終わりだ。 21  あら、どこかで勝手に話を終えられた気がする。  あたしは生きているのに。美樂のえげつない犯行は何度か見ていたからあたしは美樂からの呼び出しを無視して殺されるのを回避することが出来たんだけど。三枝さんに話を終わらせられちゃったわ。さてどうしよう、殺されたわけじゃなく文字通り本当に失踪したあたしだけど、三枝さんに会いに行こうかしら。  ……まあその内そうしよう。  三枝さんの特技、掌を天に向けて念じれば天候を変えることが出来るというのも見せてもらってないし。  うん、その内会いに行こう。そして見せてもらおう。  今は社会人になったばかりで覚えることが多くて忙しいから、すぐには行けないけど。いつか行こう。 「おい、桜、ちょっと手伝え」  上司に呼ばれた。仕事の気分に戻るか。さて次はどんな物語があたしを待っているのかしら。あたしはどんな物語にも深くは関与せずに、核心の部分を外から見つつ少し手を加えるだけだけど、これが楽しいのよね。  美樂さんの叫びは終わった。  次はどんな世界があたしの目の前に現れるのかな。  楽しみね。 了
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