kiss. 9

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◆  篠原げんき動物病院の裏道通りは、15年前程に建築された住宅が並んでいる。道幅は車二台がすれ違える程度。 公園は周りの家の6軒程度の広さで、地面はクレイ土。遊具はブランコが2つ、ラクダの遊具、黄色の滑り台があった。公園を取り囲むようにぐるりと3メートル程度の常緑樹が並び、地面には落ち葉が散乱していた。黄色、黄土色、赤色、紅、茶色、赤銅色の色とりどり、秋に忘れられた葉を踏むとクッションのようにふかっとした。  公園は活気なく、ベンチだけがぽつんと取り残され、寂れた赤を主張している。  わたし達は木の影が落ちたベンチに腰をかけた。飲み物とお菓子を出す。女友達自体が少なく(と言うか、人自体と過ごすより動物と過ごす時間が多かったから)こんな一対一で落ち着いて話すとなると緊張してしまう。 30過ぎて、自分より年下の子に緊張するって言うのも、おかしいかもしれないけど、年下だからこそ緊張してしまう。恋の話を女同士でするなんて何年ぶりだろう。 「で、どんな人なんですか?」 戸川さんの声で一気に空気が華やぐ。 「美容師で…」 「え!? 美容師? あかん。うち、3Bって言いましたやん」 鋭いツッコミに笑ってしまった。 「戸川さん、また大阪弁になってるよ」 「いやいや、おとは先生。バンドマンとバーテンダーと…」 「美容師だよね? うん、覚えてるよ。でも、職業は関係ないのよ」 「関係ない……、ことないですよ。美容師っておしゃれな人が多いでしょ。なんかチャラいって言うか、女の人に触り慣れてるでしょ。この前、女の髪を触りたいがために美容師になった、とか言う男がいるって言ってましたよ」 「拓未はそんなんじゃなくて…」 「あ、それうちもなったやつです。彼だけは違うってやつですね。でも、違くないです。信頼なりません」 「戸川さん……相当、男の人で苦労したんだね」 「そうですね。貢いで捨てられて、そして、相手が幸せな場面を指くわえて見て、ヤケ酒ですから」 その言葉に思わず笑ってしまった。 「でも、おとは先生、今日穏やかな顔してますね。私が就職してからそんな先生初めて見ました」 「そう?」 「そうですよ。あんまりおとは先生、感情出さないじゃないですか。だから、怒ってても怒ってないように見えるし、なんて言うんだろう、今日はちゃんと笑ってます、そんな人って事ですか」 「そう、かな。自分ではわからないけど」 「私は常に感情出してますけどね」 「うん、戸川さんはそうだよね」 「分かりやすいってよく言われます」 わたしは彼女の顔を覗き込んだ。 「うん、素直なことはいい事だよ」 彼女は嬉しそうに笑った。  コートに手を伸ばし、携帯を出した。気がつけば20分程、時間が経っていた。 「もう、行こっか」 2人で立ち上がって公園から出る。午後からは予防接種と定期検診が入っていたはずだ。帰って、カルテの確認をし、昼食を食べよう。 「はい、行きましょう、今日は暖かいけど、影は少し寒かったですね」 前で揺れる黒髪を見て、頷く。 「そうだね。……戸川さん、聞いてくれて、ありがとう」 彼女は振り返ってわたしを見た。 「こちらこそ、話してくれてありがとうございます」
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