719人が本棚に入れています
本棚に追加
/79ページ
◆
夕食後、拓未と陽一郎はゲームをしていた。わたしはキッチンでおにぎりを3つ握った。それが終わり、ペット達の水槽とゲージに餌を入れ、ソファに腰掛けた。時計は午後9時を過ぎており、拓未は立ち上がった。
「そろそろ、帰る」
「おう、またな」
陽一郎が返事をし、拓未は玄関に向かった。
その背中を急いで追いかける。
「拓未、ちょっと待って」
準備したスーパーのビニール袋を拓未に差し出した。彼は袋に印字された名前を見て薄く笑った。
「何?」
拓未は受け取って中身を確認した。
「これ、明日の朝ごはんにでも食べて」
彼を見上げると瞳を揺らした。
拓未は小さくため息を吐き、陽一郎をそっと見て私の腕を掴んだ。腕を引かれるまま玄関に行く。
拓未の両腕にそっと包まれた。
「あ〜やっと、抱きしめられた。飯サンキュ。朝飯も」
低い声でそう言い、私を覗き込む。
「……キスしてもいい?」
「いちいち聞かなくてもいいよ」
返事をして、目を閉じると唇が重ねられた。一旦、離れて、わたしを見る。そして腰に回された腕の力が強くなった。
拓未の瞳がわたしを捉えた。
そっと視線を逸らす。
「……嫌?」
「拓未……、あのね、大事な話があるの……」
大事な話。
鳥羽祐一と緑くんの話。
自分の気持ちを伝えないと。
「大事な話……」
拓未はわたしの言葉を反復した。
頷いて、真っ直ぐと彼を見る。
「まとめて話をするね。また、連絡する。後、今から数日忙しくなるからしばらく会えない。明日は病院に泊まるし、家に来てもご飯作れないからごめんね」
拓未はそれを聞いて、眉を寄せた。
口を開けようとしたけれど、先の言葉は出てこなかった。
「分かった。会えないのは残念だけど、今度落ち着いて話す準備ができたら連絡して。待ってる」
目を伏せる。
ちゃんと言うから、もう少しだけ待って。
「おとは」
名前を呼ばれ、両頬が包まれる。
拓未の顔を見る。
出会った頃の鋭い猫目じゃない、穏やかな表情。
「なんかあったなら、なんでも言って。俺を頼って。で、俺、待ってるから」
わたしが頷いたのを確認し、拓未は玄関扉のノブを持って外に出た。
リビングに戻ろうと踵を返すとポケットに入れたスマホが震えた。画面を確認すると知らない番号だった。
電話に出ると、聴きたくて堪らなかった声がわたしを呼んだ。
「もしもし、山郷です。篠原おとはさんの携帯でお間違いないですか?」
電話の主は低くて掠れた声をしていた。
最初のコメントを投稿しよう!