kiss. 9

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◆  電話越しの懐かしい声に、心臓を破壊されるかと思った。 「え………、緑くん? な、なんで」 電話の相手が緑くんだと思うと、手が震えた。 言ってやりたかった言葉は何も出ず、思考が停止する。 冷静な自分が言葉を急かすあまり、焦りだけが募った。 「篠原おとはさん、ですか?」 他人行儀にわたしの名前を呼ぶ声は掠れていて聞き取りにくい。 大学の講義で初めて聞いた声と一緒の低い声。もっと、はっきり喋れって言われる声質。 「そうです。篠原おとはです。緑くんでしょ?」 「……いえ、僕は山郷碧斗(やまさとあおと)と言います」 「え……?」 返事をためらっていると、彼は続けた。 「緑の双子の弟です。話は緑から聞いてる? 初めまして」 「……は、初めまして」  弟。  確か、外見はよく似ているけれど中身は全く違う弟がいる、と出会った頃に言っていた事を思い出した。僕と違って彼――緑くんは弟の事を「彼」と呼んだーーは、家庭的で計画的、冒険はしたくない性格なんだ、と。 「緑の事で連絡したんだ。どうやら見つかったらしい」 「え……」 「緑がアフリカで見つかったよ」 「ほ、本当、です、か?」 「うん、本当。だけど、帰って来られないから、迎えに行かないと。一緒に行きますか?」 「どうして、迎えが必要なん、ですか?」 「……骨、だからね」  骨。  今度はその言葉に頭を殴られたような衝撃だった。思わずスマホを落としてしまった。ガシャンと音が廊下に響き、その音が随分と遠くで聞こえた気がした。 「もしもし、もしもし?」  廊下に落ちた電話の向こうで、聞きたかった声が反響している。けれど、それは会いたかった人ではない。  考えなかった訳ではない。にしていただけだ。予想していなかった訳でもない。それなのに、体は自分のものではないかと思うぐらい冷え切っていた。  全身の力が抜け、廊下のぺたんと座り込む。  リビングでは陽一郎が夢中になっているゲームの音が微かに聞こえ、磨りガラスの扉からテレビの光が反射している。  話を聞かないと、と手をスマホに伸ばして瞬間に指先が震えていることが分かった。  夢だったらいいのに。  そう思って、スマホを持ち、山郷碧斗の続きの話を聞いた。
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