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電話越しの懐かしい声に、心臓を破壊されるかと思った。
「え………、緑くん? な、なんで」
電話の相手が緑くんだと思うと、手が震えた。
言ってやりたかった言葉は何も出ず、思考が停止する。
冷静な自分が言葉を急かすあまり、焦りだけが募った。
「篠原おとはさん、ですか?」
他人行儀にわたしの名前を呼ぶ声は掠れていて聞き取りにくい。
大学の講義で初めて聞いた声と一緒の低い声。もっと、はっきり喋れって言われる声質。
「そうです。篠原おとはです。緑くんでしょ?」
「……いえ、僕は山郷碧斗と言います」
「え……?」
返事をためらっていると、彼は続けた。
「緑の双子の弟です。話は緑から聞いてる? 初めまして」
「……は、初めまして」
弟。
確か、外見はよく似ているけれど中身は全く違う弟がいる、と出会った頃に言っていた事を思い出した。僕と違って彼――緑くんは弟の事を「彼」と呼んだーーは、家庭的で計画的、冒険はしたくない性格なんだ、と。
「緑の事で連絡したんだ。どうやら見つかったらしい」
「え……」
「緑がアフリカで見つかったよ」
「ほ、本当、です、か?」
「うん、本当。だけど、帰って来られないから、迎えに行かないと。一緒に行きますか?」
「どうして、迎えが必要なん、ですか?」
「……骨、だからね」
骨。
今度はその言葉に頭を殴られたような衝撃だった。思わずスマホを落としてしまった。ガシャンと音が廊下に響き、その音が随分と遠くで聞こえた気がした。
「もしもし、もしもし?」
廊下に落ちた電話の向こうで、聞きたかった声が反響している。けれど、それは会いたかった人ではない。
考えなかった訳ではない。考えないようにしていただけだ。予想していなかった訳でもない。それなのに、体は自分のものではないかと思うぐらい冷え切っていた。
全身の力が抜け、廊下のぺたんと座り込む。
リビングでは陽一郎が夢中になっているゲームの音が微かに聞こえ、磨りガラスの扉からテレビの光が反射している。
話を聞かないと、と手をスマホに伸ばして瞬間に指先が震えていることが分かった。
夢だったらいいのに。
そう思って、スマホを持ち、山郷碧斗の続きの話を聞いた。
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