kiss. 9

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◆  気付いた時にはベッドの上だった。目を開けると白い天井が目に入り、体を起こすとグレーの壁に囲まれた落ち着いた空間だった。壁に飾られた花の絵が鮮やかで、紅、緑、オレンジと花弁(はなびら)を咲き誇らせていた。 「起きた?」  木目机の横、黒い背の椅子に座った碧斗さんが振り返った。メガネを掛けている。緑くんに似ている、と思ったけれど、よく見たら全く似ていない。2人は完全な別人だった。  碧斗さんは説明が上手で、手順を追って今後の日程を話してくれた。すぐに帰国してもいいが、帰りの空路がすぐに手配できなかったらしい。ずっとホテルで過ごすのも気が滅入るだろうから、と彼はガイドブックをわたしに差し出した。 「治安があまり良くないと言っても完全に出歩けないわけじゃない。昼間の決まった時間、スラムやダウンタウンに近づかなければいいよ。行きたいところがあれば直接タクシーを手配し目的地に行って、すぐに用事を済ませることはできる」 「そうですね……」  正直、観光と言う気分ではない。 時差ボケだろうか、頭ははっきりしないし、眠たい。ガイドブックに書かれている英語もほぼ理解できず、写真だけをパラパラと見る。ふと一枚の写真が目に止まった。  徐々に色づいてきた朝焼けの空に、象の黒いシルエットが重なった写真。上半分は撫で付けたような群青色をしており、下半分はその色と交じり合うように黄金色が伸びている。雲が朝陽に染まり、一枚の絵画のよう。 空を背景にした主役の牙が伸びた象。  空と大地と動物しかいない写真。広大な地球の一部を切り取った姿。 「……碧斗さん、わたし、緑くんが撮りたかった写真の場所に行きたい」 「え?」 碧斗さんは、声をあげた。 「いや、緑がどこに写真を撮りに行こうと思ったのか分からないし、そもそもホテルに残っていたカメラには動物の写真しかなったから、朝陽の手がかりはつかめないよ。襲われた時に持っていた写真にはひょっとしたらその朝陽が写っていたかもしれないけど、そのカメラは緑を襲った犯人達がとっくに換金しているだろうし、もう行方は追えないよ」 「そうですよね。……すみません、無理言って」 「いや…、気持ちは分からなくはないから」 「ただ、ホテルに残された写真のデーターで緑が行った場所には行けるけど……」 「え、行けるんですか? 行けるけど、大変だよ」 「行きます」
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