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サバンナの上空はどこまでも広がっていて、わたしは人間の小ささを改めて知った。
悠々たる自然の大きさに圧倒される。吸い込む空気は喉の渇きを煽るほど、乾ききっている。風は水に飢えており、肌の水分をさらう。日本とは違う風は、異国の砂の香りがした。周りに建物は何もなく、遮るものは何もない。大地と空と自分。分け目ない世界。
人は本当にちっぽけな生き物。
言葉では語るのが烏滸がましい畏怖さえ感じる自然がそこにはあった。
緑くんが見ていた世界。
マサイマラ国立保護区はケニア南西部に位置し、野生動物の宝庫、動物天国として世界的に有名だ。ケニア観光の名所で隣国であるタンザニアのセレンゲティ国立公園と隣接しており、国境の関係ない野生動物達にとって膨大なひとつの生態系を築いている。1月の今は乾季と呼ばれ、観光するシーズンとしてはベストらしい。
生息する野生動物は様々で、シマウマ、ガゼル、水牛、ゾウ、キリンと言った草食動物が群れをなしており、それを捕食するライオンやチーター、ハイエナ、ジャッカルなどの肉食動物が集まる。保護区内を流れるマラ川にはカバやワニが生息し、疎開林には猿や鳥類がコミュニティーを作っている。
碧斗さんはガイドからの英語の説明を、端的にわたしに説明してくれた。
ナイロビのウィルソン空港という小さな空港から小型のプロペラ機に乗った。保護区内の草原の中にある未舗装の滑走路(エアストリップ)に降り立った。
テレビでよく見る荒地走行に適した四輪駆動の泥で汚れた車が迎えにきた。深緑色、草原に紛れるくすんだ色合いの2トントラックサイズ、トヨタラウンドクルーザー。
サファリの道は舗装された都会のアスファルトとは違う。乾季の今はひび割れたように水分がない。水に飢えた大地は風に煽られ粉を吹き上げていた。
日本人観光客はわたしと碧斗さん以外に1組いた。
年代は老年期手前ぐらいだろうか。定年退職後の夫婦旅行と言った雰囲気で2人は旅慣れているように見えた。
エアストリップで国立保護区の入園料を払って、わたし達はサファリカーに乗った。一緒に小型プロペラ機に乗っていた夫婦は別の車に乗り込んでいった。碧斗さんは運転手に英語で何かを話していた。
わたしは走り出した車の中で、乾いた風、ただ視界いっぱいに広がる異世界のような大自然を見つめながら、随分と遠くまで来てしまったものだと他人事のように思った。
途中でサファリ内に擦れた赤の屋根のロッジやテントが目に入った。
「あの中に人間が泊まるの?」
カラカラに乾燥した空気を浴びながら指さすと、碧斗さんは英語でドライバーに何かを尋ねていた。
「サバンナのど真ん中、ブッシュと呼ばれる茂みに建てられているテントロッジ。テントと名が付いているけれど、洗面台、トイレ、シャワーも付いているって。今回はすぐに帰るけど、次回来るときは泊まりで来たら? って言っている。僕達の事を夫婦だと思っているみたいだ」
碧斗さんは苦笑いを浮かべて、Thank you、とドライバーに告げた。
思っていたより、サファリは近代的だった。
テレビで見ると電気も通っていない、ただ乾いた土と空が広がっているのかと思っていたが、案外そうではなく、宿も多く見られた。
草原の芝の部分は枯芝と緑が入り乱れて自生していた。水分が枯渇している部分は枯れ、川に近い場所は緑が豊富だった。
「とりあえず、1時間のドライブコースだから、保護区を滑走したらまたエアストリップに帰るよ、いいね」
碧斗さんの最後のいいね、は確認ではなく決定事項だった。その言葉に頷いて、車内から外を見た。
背の低い芝の上に所々シマウマのような生き物が群れをなしているのが見えた。
薄く広がった輪郭のはっきりした雲がパノラマ写真のように広がり、その上を見事なクリアグルー。日差しが痛くて、長袖を着ていたが風を感じるためか、カラカラだけれどそこまで暑くはなかった。
ふと目を凝らすとテレビで何度も見たオレンジの毛並みに焦茶色の斑点をした動物が目に入った。
精悍な顔つきの大きな猫。
「チーターだ」
わたしの声にドライバーが反応した。
「Did you find a cheetah? Lucky, young lady」
車はスピードを落とし、徐々にチーターに近づいた。
ラッキーとかなんとか聞こえたから珍しい事なんだろうか。300メートルぐらいチーターから距離を取ったところで、車は停車した。
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