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「な……?」
「何で知らない人が勝手に部屋に入ってトイレなんか使ってるの?」
影子さんはさっきから何を言ってるんだろう。
それに目の前の影子さんに対して何となく違和感を感じる。
いつもより声が細いし、髪型も…尻尾の位置が左の肩に垂れるような形になっている……何よりこの怯えた目は一体……。
「影子さん……?」
僕が名前を呼ぶと、影子さんは怯えた目を更にぎょっと見開いた。
「影子さんの事知ってるの?」
「知ってるっていうかあなたですよね……先日から誘拐されてここにいるんですけど……。」
僕がそう答えると、影子さんは呆然としてその場で固まってしまった。その隙に影子さんに背を向けないようにトイレから出ると、ソファに足をぶつけた。
僕は声も出せないまま痛みをこらえて影子さんの方を振り返ると、いつの間にか箒の毛先は僕の体を追うようにこちらを向いていた。
「……誘拐?……影子さんが?」
「はい。」
「……そう……。」
そんな他人事みたいに相槌を打つ影子さんに、僕が首をかしげると影子さんは慌てたように箒を引っ込めた。
「あの……。」
「あ、ごめんなさい。その……私……リサという名前なの。」
「は?」
リサ?影子さんでしょう?都と二の句を繋げようとしたけど、リサと名乗ったこの女性は僕に視線を向けると、口に手を当てて次の言葉を探すように目を泳がせた。
「急にそんなこと言っても混乱させてしまっているわね……えぇと……私たちは解離性同一性障害という……なんて説明したらいいのかしら……こういうのはいつも影子さんにお任せしちゃってるから……。」
そう言うとリサさんは徐に自分の部屋に入っていってしまった。
僕はその部屋から目を離さないまま自分の席に腰かけた。
すると、何かの書類の束を持ってまたリビングに戻ってきた。
「これは?」
「影子さんが私の為に作ってくれた資料なの。」
「」
リサさんが
僕は資料を手に取った。
左上の角を斜めにホッチキスで止められた資料には解離性同一性障害についての説明が手書きで記されていた。
そして毎ページごとに『リサに病気に対する質問は混乱させるだけ。』とか『これは影子の方が詳しいからリサに聞かないで。』とか文面でリサさんを庇うように赤字でコメントが入っていた。
「一つの体に人格が2人……ですか。」
「信じてもらえないのはわかるわ。私もいまだに分からない事の方が多いの。影子さんはこの資料以外何も教えてくれないし。」
「つまり……、影子さんが何を考えてこんなことしてるのかも……?」
僕が視線を向けると、リサさんは悲しそうに俯いて首を横に振った。
「ごめんなさい。こんな説明しかできないのも……あなたの事を逃がしてあげることもできないことも……。」
「逃がす?」
「私は……影子さんに人生を返してあげないと……。」
リサさんはその一言を残して急に机に突っ伏してしまった。
「……リサ……さん……?」
声をかけてみたものの、穏やかな寝息が聞こえてきて、僕は資料をリサさんの傍らにおいて、自分の部屋に戻ることにした。
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