1.

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

1.

 まだ心臓がドキドキしている。  ご近所に回覧板を届けに行っただけなのに、まさかのファーストキスを経験するなんて。  それも相手が、あの陽翔(はると)だなんて考えもしなかった。  陽翔と私はご近所で、小さい時からいつでも一緒に遊んでた。  私の方が一歳年上だから、お姉さんのつもりでいたのに……年下の陽翔の方からキスされるだなんて。  ううん、年齢とか関係無く陽翔をそういう対象に見たことは無かった。  幼稚園の頃から、ずっと一緒の幼馴染。姉弟みたいに育った仲だから。  地域には他に同年代の子供もいなかったし、私と陽翔は本当にいつも一緒に過ごしてた。  小学校も低学年の内は、二人で手を繋いで登校していたし。  四年生の時だったかな? そのことを陽翔がクラスの子にからかわれてから「もう百花(ももか)とは手つながない!」なんて言い出して。  私はその時だって、陽翔のことを微笑ましく思ってた。  陽翔もそういうことを気にする年頃になったんだなぁって、弟の成長を見守るみたいな気持ちでいた。  けど、女の子とのキスを覚えるくらいの大人になってるなんて、思いもよらなかった。  私が高校に上がってからは、なかなか時間が合わなくて会えない時間が多かった。  今日の夕飯の後、お母さんと並んで洗い物をしていた時だった。うっかり屋さんのお母さんが、回覧板を回し忘れていたのを思い出したのは。  回覧板のチェックを見てみたら、後は桐山さんのお宅だけだった。 「陽翔の家だから、私が行ってくるよ」  そう言って、私は回覧板を手に表へと出て行った。  夜の住宅地はかなり暗かったけど、ご近所だし通いなれた道だから不安は無かった。  この時間なら陽翔も家にいるはずだから、久しぶりに顔を見れるかなって期待も大きかったし。  桐山さんのお家のインターホンを鳴らすと、陽翔が玄関に出てくれた。  回覧板を渡すついでに、「最近どうなの? 元気してる?」なんてお話するつもりでいたのに。  陽翔は何も言わないで、いきなり私の唇を塞いできた。  あまりに突然の出来事で、私は自分の身に何が起こっているのか分からなかった。  立ち尽くしている間に陽翔は玄関のドアを閉めてしまって、私はよそのお宅の前で途方に暮れていた。  家まで帰って自分の部屋のドアを閉じた今でも、まだ胸の奥が鳴りっぱなしでいる。  そっと指先で触れてみた唇は、なんだか熱を帯びているように思えた。 「陽翔(あいつ)も、もう中三なんだし……」  その先、何を言おうとしたのか。自分でつぶやいた言葉を飲み込んで、私はベッドに転がり込んだ。  唇を枕に押し当てて、ついさっきの出来事を振り返る。  正直に言うと、驚きと混乱とで唇は陽翔の感触を覚えていなかった。  それでも目を閉じれば、すぐ目の前に陽翔の顔が浮かんでくる。今思えば、すごく真剣な表情をしてた気がする。  いつまでも子供だと思っていた陽翔がするとは思えない、大人の顔つきだった気がする。  それを意識すると、枕に押し付けた唇がますます熱くなってくる。  布団の端をキュッとつまんで、心の中で陽翔の名前を呼び続ける。 『ねぇ、陽翔……貴方はずっと、私のことをそういう風に見てたの? 私は貴方のお姉ちゃんには、なれなかったの……?』  会えなくなってからだって、私は陽翔のことを気に掛けない日は無かった。  でも、それは今みたいな意味じゃない。  可愛い弟を心配するみたいな気持ちは、ずっと持ち続けていたのに。  今、それとは違う意味で陽翔のことが頭から離れない。  だって本当の姉弟だったら、弟とはキスしたりしないから。  ファーストキスは、男性として好きな相手に捧げるものだと思っていたから。  だからなの? 陽翔にキスされてから、小さな不安みたいなものが胸に住み着いているみたい。  心臓を激しく打ち鳴らしているのは、半分はそれが原因。  次に陽翔の顔を見た時、もう弟のように思えなくなっている自分がいるんじゃないかって。  それが、怖い――なのに今、陽翔に会いたくてしょうがない。  私の中にある二つの感情。それに整理を付けるには、一晩じゃとても足りない。  結局この夜は、眠れないまま次の日の朝を迎えることになった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!