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1.
まだ心臓がドキドキしている。
ご近所に回覧板を届けに行っただけなのに、まさかのファーストキスを経験するなんて。
それも相手が、あの陽翔だなんて考えもしなかった。
陽翔と私はご近所で、小さい時からいつでも一緒に遊んでた。
私の方が一歳年上だから、お姉さんのつもりでいたのに……年下の陽翔の方からキスされるだなんて。
ううん、年齢とか関係無く陽翔をそういう対象に見たことは無かった。
幼稚園の頃から、ずっと一緒の幼馴染。姉弟みたいに育った仲だから。
地域には他に同年代の子供もいなかったし、私と陽翔は本当にいつも一緒に過ごしてた。
小学校も低学年の内は、二人で手を繋いで登校していたし。
四年生の時だったかな? そのことを陽翔がクラスの子にからかわれてから「もう百花とは手つながない!」なんて言い出して。
私はその時だって、陽翔のことを微笑ましく思ってた。
陽翔もそういうことを気にする年頃になったんだなぁって、弟の成長を見守るみたいな気持ちでいた。
けど、女の子とのキスを覚えるくらいの大人になってるなんて、思いもよらなかった。
私が高校に上がってからは、なかなか時間が合わなくて会えない時間が多かった。
今日の夕飯の後、お母さんと並んで洗い物をしていた時だった。うっかり屋さんのお母さんが、回覧板を回し忘れていたのを思い出したのは。
回覧板のチェックを見てみたら、後は桐山さんのお宅だけだった。
「陽翔の家だから、私が行ってくるよ」
そう言って、私は回覧板を手に表へと出て行った。
夜の住宅地はかなり暗かったけど、ご近所だし通いなれた道だから不安は無かった。
この時間なら陽翔も家にいるはずだから、久しぶりに顔を見れるかなって期待も大きかったし。
桐山さんのお家のインターホンを鳴らすと、陽翔が玄関に出てくれた。
回覧板を渡すついでに、「最近どうなの? 元気してる?」なんてお話するつもりでいたのに。
陽翔は何も言わないで、いきなり私の唇を塞いできた。
あまりに突然の出来事で、私は自分の身に何が起こっているのか分からなかった。
立ち尽くしている間に陽翔は玄関のドアを閉めてしまって、私はよそのお宅の前で途方に暮れていた。
家まで帰って自分の部屋のドアを閉じた今でも、まだ胸の奥が鳴りっぱなしでいる。
そっと指先で触れてみた唇は、なんだか熱を帯びているように思えた。
「陽翔も、もう中三なんだし……」
その先、何を言おうとしたのか。自分でつぶやいた言葉を飲み込んで、私はベッドに転がり込んだ。
唇を枕に押し当てて、ついさっきの出来事を振り返る。
正直に言うと、驚きと混乱とで唇は陽翔の感触を覚えていなかった。
それでも目を閉じれば、すぐ目の前に陽翔の顔が浮かんでくる。今思えば、すごく真剣な表情をしてた気がする。
いつまでも子供だと思っていた陽翔がするとは思えない、大人の顔つきだった気がする。
それを意識すると、枕に押し付けた唇がますます熱くなってくる。
布団の端をキュッとつまんで、心の中で陽翔の名前を呼び続ける。
『ねぇ、陽翔……貴方はずっと、私のことをそういう風に見てたの? 私は貴方のお姉ちゃんには、なれなかったの……?』
会えなくなってからだって、私は陽翔のことを気に掛けない日は無かった。
でも、それは今みたいな意味じゃない。
可愛い弟を心配するみたいな気持ちは、ずっと持ち続けていたのに。
今、それとは違う意味で陽翔のことが頭から離れない。
だって本当の姉弟だったら、弟とはキスしたりしないから。
ファーストキスは、男性として好きな相手に捧げるものだと思っていたから。
だからなの? 陽翔にキスされてから、小さな不安みたいなものが胸に住み着いているみたい。
心臓を激しく打ち鳴らしているのは、半分はそれが原因。
次に陽翔の顔を見た時、もう弟のように思えなくなっている自分がいるんじゃないかって。
それが、怖い――なのに今、陽翔に会いたくてしょうがない。
私の中にある二つの感情。それに整理を付けるには、一晩じゃとても足りない。
結局この夜は、眠れないまま次の日の朝を迎えることになった。
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