5.

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 えつこさんの『せん妄』は日を追うごとに解けていった。  が、後遺症が残った。  もとより鬱病を患っていた彼女は、精神状態が常に不安定だった。入院中に『せん妄』になったことがきっかけで、新たな病気を発症したのだ。  徐々に被害妄想が強くなり、幻聴を聞き、幻視を見るようになった。  私が訪れる度にえつこさんは、隣人から嫌がらせを受けていると訴えた。壁の向こうから悪口が聞こえる。爆音で音楽を流している。ピンポンダッシュをする。外から怒鳴って脅迫してくる。などなど。  しかし、私の耳には何も聞こえなかった。  えつこさんから何度も話を聞いた娘が、隣人宅を訪れ事実関係を確認したが、そのような事はしていないとのことだった。  えつこさんの優しかった顔は疑心と怒りに満ち、目が座り、鋭い目つきで常に周囲を警戒するようになった。  彼女は警察を呼び、隣人を逮捕してくれるよう訴えた。  しかし実際には起こっていないこと。隣人は迷惑を被り、警察はえつこさんをなだめて帰っていった。  娘は近所に頭を下げて回った。そんな日が幾度もあった。  えつこさんは幻視による存在しない子と会話をし、食事を用意し、その子を追いかけて外へ飛び出して行ってしまうことも度々あった。  大嫌いな蛇や虫が部屋いっぱいにいると泣いて、私に助けを求めることもあった。  えつこさんは、誰にも理解してもらえない世界で、孤独に追い込まれていった。
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