9人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ
無人のバイク
火葬場からの帰り道。
私たち遺族を乗せた葬儀場のマイクロバスは、見慣れない場所を通っていた。
私は隣に座る母に、こう聞いてみる。
「ねえ、こうして来た道と帰り道を重ならないようにするのは、霊がついて来ないように、なんでしょ」
「そうよ。よく知ってるわね」
「だってもう私、二十歳だよ。お葬式に出るのだって、人生で初めてってわけでもないし」
そこで私は黙りこんだ。
確かに、二十年も生きていると、親戚や近所の人が亡くなることは避けられなくなってくる。
これからも歳を重ねるたびにどんどん増えてくるのだろう。
だけど、今日は私の母方の祖母の葬儀だ。
見知らぬの人の死と、家族の死は全然ちがうと実感させられる。
七十五歳で亡くなるなんて、正直まだ早い。
しかも、病死ではなく事故死。
三年前に亡くなった祖父の影響で、バイクが好きだった祖母は、四日前にバイクで単独事故を起こし、亡くなった。
六十を過ぎて大型バイクを乗りこなし、ちょっとした怪我でもけろっとして回復する祖母。
そんな祖母の粘り強さで、もっと長生きしてほしかった。
はあ、とため息をつき、ふと窓の外に視線を向ける。
バイクが私たちを乗せるバスと並走していた。
だけど、そのバイクには誰も乗っていないのだ。
私は目をごしごしこすってから、もう一度、窓の外を見る。
やっぱり、並走するバイクは走り続けていた。
運転手は不在。
私は震える声で母の肩を叩く。
「お、お母さん、まど、窓の、外」
「なに?」
母はそう言って窓の外を見たまま、「えっ」と呟いたまま黙りこんだ。
母の顔は真っ青になっている。
「やっぱりお母さんも見えるよね」
「見える、けど、え、あれって、どういうこと?」
「自動運転とか?」
私の言葉に、母は「そ、そうよね」と頷く。
一瞬、私の脳裏には祖母が運転をしているのではないか。
そんな考えがよぎったが、さすがにそれは非現実的だ。
無人のバイクが並走していることに車内の親族たちも気づき、騒がしくなってきた。
「あれは一昔前のバイクだから、自動運転なんて不可能だ」とか「そもそも自動運転ができるバイクなんてまだ開発されてねえ」という声が聞こえてくる。
途端に、「あれは死んだばーさんだ」という声が大きくなっていく。
私は恐る恐る車窓の外を見ると、バイクはぐんと速度を上げた。
祖母は、行きとは違うルートで走るバスを探して追いかけてきたのだろうか。
生前の粘り強さで、私たちを追いかけて、何をするっていうの。
この世に、私たちに恨みでもあるの?
そんなはずはない。
祖母とは仲が良かったし、家族とも親族ともうまくやってきた人だ。
それに祖母の単独事故の理由は、確か……。
そこで、バスが急ブレーキをかける。
「おい! 何やってるんだ」と誰かが叫び、運転手が言う。
「どうも無人のバイクが急に道の真ん中で停車したようで……」
次の瞬間。
対向車線を走ってきたトラックが目の前で横転する。
トラックの運転者がよろよろしながらも、自力で運転席から出てきた。
もし、このままバスは走行を続けていたら、あのトラックと正面衝突をしていただろう。
ぞくりと背筋に寒気が走る。
そうだ、祖母は、道に飛び出してきた子供を避けてガードレールに思いきり衝突したのだ。
祖母は、そういう人だった。
私は、窓の外から前を見てみる。
無人のバイクには、生前の祖母が乗っていた。
こちらに手を振り、それからふっと姿を消した。
最初のコメントを投稿しよう!