無人のバイク

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無人のバイク

 火葬場からの帰り道。  私たち遺族を乗せた葬儀場のマイクロバスは、見慣れない場所を通っていた。  私は隣に座る母に、こう聞いてみる。 「ねえ、こうして来た道と帰り道を重ならないようにするのは、霊がついて来ないように、なんでしょ」 「そうよ。よく知ってるわね」 「だってもう私、二十歳だよ。お葬式に出るのだって、人生で初めてってわけでもないし」  そこで私は黙りこんだ。  確かに、二十年も生きていると、親戚や近所の人が亡くなることは避けられなくなってくる。  これからも歳を重ねるたびにどんどん増えてくるのだろう。  だけど、今日は私の母方の祖母の葬儀だ。  見知らぬの人の死と、家族の死は全然ちがうと実感させられる。  七十五歳で亡くなるなんて、正直まだ早い。  しかも、病死ではなく事故死。  三年前に亡くなった祖父の影響で、バイクが好きだった祖母は、四日前にバイクで単独事故を起こし、亡くなった。  六十を過ぎて大型バイクを乗りこなし、ちょっとした怪我でもけろっとして回復する祖母。  そんな祖母の粘り強さで、もっと長生きしてほしかった。  はあ、とため息をつき、ふと窓の外に視線を向ける。  バイクが私たちを乗せるバスと並走していた。  だけど、そのバイクには誰も乗っていないのだ。  私は目をごしごしこすってから、もう一度、窓の外を見る。  やっぱり、並走するバイクは走り続けていた。  運転手は不在。  私は震える声で母の肩を叩く。 「お、お母さん、まど、窓の、外」 「なに?」  母はそう言って窓の外を見たまま、「えっ」と呟いたまま黙りこんだ。  母の顔は真っ青になっている。 「やっぱりお母さんも見えるよね」 「見える、けど、え、あれって、どういうこと?」 「自動運転とか?」  私の言葉に、母は「そ、そうよね」と頷く。  一瞬、私の脳裏には祖母が運転をしているのではないか。  そんな考えがよぎったが、さすがにそれは非現実的だ。  無人のバイクが並走していることに車内の親族たちも気づき、騒がしくなってきた。 「あれは一昔前のバイクだから、自動運転なんて不可能だ」とか「そもそも自動運転ができるバイクなんてまだ開発されてねえ」という声が聞こえてくる。  途端に、「あれは死んだばーさんだ」という声が大きくなっていく。  私は恐る恐る車窓の外を見ると、バイクはぐんと速度を上げた。  祖母は、行きとは違うルートで走るバスを探して追いかけてきたのだろうか。  生前の粘り強さで、私たちを追いかけて、何をするっていうの。  この世に、私たちに恨みでもあるの?  そんなはずはない。  祖母とは仲が良かったし、家族とも親族ともうまくやってきた人だ。  それに祖母の単独事故の理由は、確か……。  そこで、バスが急ブレーキをかける。 「おい! 何やってるんだ」と誰かが叫び、運転手が言う。 「どうも無人のバイクが急に道の真ん中で停車したようで……」  次の瞬間。  対向車線を走ってきたトラックが目の前で横転する。  トラックの運転者がよろよろしながらも、自力で運転席から出てきた。  もし、このままバスは走行を続けていたら、あのトラックと正面衝突をしていただろう。  ぞくりと背筋に寒気が走る。  そうだ、祖母は、道に飛び出してきた子供を避けてガードレールに思いきり衝突したのだ。  祖母は、そういう人だった。  私は、窓の外から前を見てみる。  無人のバイクには、生前の祖母が乗っていた。  こちらに手を振り、それからふっと姿を消した。
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