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れいぞうこ
ここまで来たら戻れないぞ。
もう一人の自分が頭の中でそう喚いている。
だけど意気地なしの僕は、車内に案内されてから『やっぱり必要ありません』だなんて言えない。
狭いキッチンを模した車内には、縦長の冷蔵庫がどんと置いてある。
「この、冷蔵庫は展示用ですが、実際に販売している物と大差ありません。普通の冷蔵庫よりも奥行きが少しあるくらいですかね」
セールスマンは営業スマイルを顔に張りつけながら説明を続けた。
「そして先ほど説明しましたように、コンセントはどこにもついていないんです」
「へえ」
僕は感心したふりをしつつ、考える。
実はフリーターなのでお金もあんまりありません。実家暮らしなので冷蔵庫はもう既にあります。
そんなことを言えたら、こんなふうに『最新型の冷蔵庫』とやらの商品説明をされて時間を潰すこともなかっただろう。
それどころか、もっとノーとキッパリと言えていたら、高校時代に酷いイジメも受けていなかったのかもしれない。
毎日、暴力を振るわれ、結果的に入学から半年も経たずに引きこもりになり、二十歳の現在、ようやくフリーター。
そういえば、最近、いじめの主犯格の奴が事故で死んだと風の噂で聞いた。
奴が死んだところで僕のトラウマが消えるわけじゃないんだけどな。
そんなことを考えているとセールスマンは、「じゃあ、実際に中を見てみましょうか」と話を変えた。
冷蔵庫の扉が開く。
ひんやりとした風が顔に当たり、庫内を見た瞬間。
「ひええええ」
僕は情けない声を出し、その場にしゃがみ込んだ。
冷蔵庫の奥に目がついていた。
冷蔵庫の裏側に誰かがいて、庫内の隙間から覗いているのだ。
僕はそこでやっちまった、と思った。
もともと霊感は強いほうだが、とうとう家電に憑く霊まで視えるようになったのか。
「もしかしてお客様、霊感はお強いほうですか?」
セールスマンの言葉に僕は素直にうなずく。
「そう、ですか」
セールスマンはバツが悪そうに頭を掻き、それから商品のカタログを差し出した。
「実はこの商品は『霊蔵庫』が正式名称です」
「じゃあさっきのは霊? それじゃあ、この不自然なくらいの奥行きは……」
「ええ。そうなんです。霊蔵庫の後ろには霊が入っています」
僕は何も言えずにただただ驚き、その間にはセールスマンは淡々と続ける。
「天国にも行けず、かと言って地獄にいくほどでもない霊は一般的にこの世に留まるんです」
「その霊をここに閉じ込めているってことですか? 冷えるのはまさか霊の仕業?」
「ええ。心霊スポットなんかで寒気がするのは霊がたくさんいるから、だそうですよ」
「なるほど。でも、尚更、この冷蔵庫、怖いじゃないですか」
僕はようやく立ち上がり、断る口実を見つけてさらにまくしたてる。
「だって呪われるかもしれませんよ。霊は好きでここにいるわけじゃないんですよね」
「はい。ですから今なら三年間は無料保証がついています。除霊はお任せください」
「嫌ですよ。呪われるとか以前に後ろにどこの誰かもわからない霊がいるだなんて」
「その辺は安心してください」
セールスマンはニコニコしながらこう続ける。
「購入されたお客様で、ご希望される方にだけ商品の、つまり霊の素性をお教えしています」
僕はため息をついて反論を試みようとした。
その時、ふと思いつく。
霊の素性を教えておく、だって?
僕はごくりと唾を飲み込んでセールスマンにこう提案してみる。
「それじゃあ、条件によっては買うよ」
僕の部屋に新品の霊蔵庫がやってきた。
扉を開ければ、奥にあるわずかな隙間から目が見える。
僕はニヤリと笑ってこう言ってやる。
「高校時代に散々イジメた奴にこうして買われる気分はどうだ?」
すると冷蔵庫の奥の目が情けなく歪んだ。
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