ルビーのイヤリング

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ルビーのイヤリング

 仕事を終えて帰宅すると、見覚えのない物が床に落ちていた。  小さなルビーのような宝石のついたイヤリングだ。  これが、なぜ僕の部屋に落ちているのだろう。  アパートに一人暮らしで、二十三年間生きてきて一度も彼女がいたことがない。  だから女友達なんていやしないし、女の知人も……まあ、〇だ。  母でさえも僕の部屋に来たのなんて、一年前。  そこまで考えて、嫌な予感がした。  通帳などを確認したが盗まれている物はない。  ついでに戸締りも確認すると、窓が少しだけ開いていた。 「二階だからって安心はできないよなあ」と僕は呟き、急に口寂しくなった。  冷蔵庫から缶ビール一本と、それからシュークリームを取り出す。  狭いベランダに出て、夕焼けに染まる街並みを眺めながらシュークリームをつまみに缶ビールをちびちびやる。  これが僕の至福の時間だ。  カー、とカラスが鳴いたので僕は慌ててシュークリームを一気に口に入れた。 「おはようございます」  次の日、出勤中にそう声をかけてくれたのは、近所の花屋の女性店員。  僕は彼女に一目惚れをして以来、用もないのに花を買う習慣までできた。  でも、アプローチなんかできなくて、店員と客の関係に過ぎないのだが。 「おはようございます」  僕はそう会釈をして、そそくさとその場を立ち去った。    その日、家に帰ると、床に何かが落ちていた。  それを拾い上げた僕はぞっとする。  髪飾りだったのだ。  小さな真珠がちょこんとついた金色の髪飾りは、もちろん、僕のものではない。  しかし、なぜか見覚えがある。  そういえば、昨日のイヤリングも、どこかで見たような……。  窓を見れば、少しだけ開けっぱしになっていた。  こんな狭い隙間から人が出入りできるとは到底思えない。 「洗濯物に引っ付いた髪飾りが、風で飛んできたとか」  僕は無理やり結論を下し、いつもの楽しみを始めることにした。  ベランダに出て、ビール片手に今日のつまみのフライドチキンをかじる。  そこでふと思い出す。  以前、先にビールだけを飲み干してしまい、酒に弱い僕はまんじゅうをベランダに忘れたままにしてしまった。  気づいてベランダに戻ろうとしたら、まんじゅうをくわえて飛び立つカラスが見えたのだ。  しかも、ベランダに食べ物を忘れてカラスに持っていかれたことは一度や二度ではない。  少し離れた場所でじっとこちらを見ているカラスがいた。    次の日。  目を覚ますと窓辺にカラスがちょこんと止まっていた。  その口には何かがくわられている。  餌か何かかな。  そう思って僕が洗面所に移動した瞬間。  かたん、と音がしてそちらを見ると、床に何かが落ちている。  拾い上げてみると、それはイヤリングだ。  一昨日のものの片割れだろう。  窓は少しだけ開けっ放しになっている。  まさか僕が忘れたつまみを、餌をくれたのだと勘違いをして……。  自分の宝物を僕にくれているのではないか。  でも、さすがにこれを受け取るわけにはいかない。  イヤリングを再び手に取り、急に思い出した。  これ、花屋の女性がつけていたものだ!  僕は慌てて部屋を飛び出した。    今でもカラスを見ると思い出す。  カラスが、僕と妻の縁を取り持ってくれたことを。
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