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二人の決意
「先生、この方です」
キャビンアテンダントに連れていかれた先には、胸を抑えて苦しむ若い男性がいた。
私は右手に抱えたカバンを持ったまま、男性を見下ろす。
どうやら彼が急病人のようだ。
「何かお手伝いできることはありますか?」
キャビンアテンダントがそう聞いてきたので、思わず私はこう言いそうになる。
『じゃあ、あなたのその勘違いをまずこの男性に謝って事実を伝えてください』
そんなこと言えるはずもなかった。
ハッキリと断れない私も悪いのだ。
いや、事実をしっかり説明しなかった向こうも悪い。
つまりこれは、不慮の事故のようなものだ。
一時間前、空港で私のファンだという女性に声をかけられた。
『先生! 私、すっかり病気がよくなったんですよ』と。
『そうですか。良かったですね』と私も返した。
このやりとりを、今私の横に立っているキャビンアテンダントが偶然にも見ていたらしい。
そして、ついさっき『お客様の中にお医者様はいませんか?』と機内が騒ぎになった。
どうも乗客の一人が突然、苦しみ出したらしい。
この飛行機にどうやら医者は乗っておらず、誰も名乗り出ない。
そして、キャビンアテンダントは私を見るやいなや「先生!」と言って「お願いします」とここまで連れて来た、というわけだ。
キャビンアテンダントは完全に私を医者だと勘違いしている。
しかし、私が右手に持ったカバンの中には、医療用具など入っていない。
水晶玉やタロットなどの占いの道具が入ってるだけ。
そう、私は占い師だ。
医者ではない。
とてもじゃないが、病人は治せない。
本当のことを言おう。
そう思って、口を開こうとした瞬間。
キャビンアテンダントだけではなく、周りの乗客も固唾を飲んでこちらを見守っていることに気づいた。
「お医者さんだなんてカッコイイわね」「お医者さんが来てくれたから、きっと大丈夫よ」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
この場でもし、『私は医者ではありません』と言ったら、どうなるのだろう。
一般人ならともかく、私は占い師だ。
医者を偽ったと変な噂でも流れたら、商売に響く。
名が売れた占い師ではないものの、最近はそこそこ固定客だってついたのだ。
空港で声をかけられるほどまでにもなった。
私は決意を固めた。
よし、こうなったら医者を演じるしかない。
ああ、俺はなんてバカなことをしてしまったんだ。
目を閉じ、胸を抑えながら思う。
ついさっき、若く美しいキャビンアテンダントをナンパしてみた。
しかし、彼女は『仕事中ですから』と笑顔で俺をかわした。
連絡先くらい教えてくれてもいいじゃないか。
そう思って、しつこく話しかけてみたが、キャビンアテンダントはどこ吹く風。
このまま引きさがれるか。
こんな美人を逃すわけにはいかない。
そう思った俺は、胸を抑えて「うっ」と苦しむフリ。
仮病をつかって、彼女の気を引こうとしたのだ。
そしたら、こんなに大騒ぎになってしまった。
おまけに医者までやってくる始末。
他の乗客は野次馬と化し、キャビンアテンダントも心配そうにこちらを見ている。
もう、後には引けない。
しかしこの医者が、俺の仮病を見破ってうまいことやってくれるだろう。
プロに任せよう。
すると医者がこう言った。
「それでは、心臓マッサージをします」
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