百円の島

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百円の島

「島を買わないか?」  喫茶店で席につくが早いか、友人が突然そんな提案をしてきた。 「そんな金はない」  俺はそれだけ答えて、ぐったりと疲れてコーヒーを啜る。  急に呼び出してきたかと思えば、島を買えだなんて寝ぼけているのだろうか。  おまけに俺は二十八歳で独身彼女なし。  マイホームもまだなのに、島を買うだなんて非現実的過ぎる。  すると友人はこう口にする。 「百円でもか?」 「百円? 冗談だろ?」 「冗談じゃないさ」  友人はそう言うと、コーヒーを啜り、「妹の淹れるコーヒーのほうが美味いな」とぼやいた。  俺は仕事で疲れ切っていたから、ついこう言ったのだ。 「それじゃあ買うよ」  俺のアパートの部屋には、一枚の写真が置かれた。  その写真に写っているのは、四方をコバルトブルーの海と真っ白な砂浜で囲まれた緑豊かな島だ。  これが百円の島だった。  正確に言えば、島の写真だったのだが。  なんだ、ただの写真じゃないかとは思ったが、俺はその美しい島の写真を飾らずにはいられなかった。  毎日、毎日、仕事から疲れて帰ってきて、この写真を見ると、なぜか元気が出てきたのだ。  そしてお金を貯めてこの島に行ってみようという気持ちになると、仕事もはかどった。  ただただ仕事をこなすだけの毎日が、あの島に行くという目標ができたおかげで、充実するのだ。  そして一年後に、俺は友人にあの島はどこにあるのかと聞いた。  貯金はおもしろいように貯まっているので、島が多少遠くても大丈夫だ。  しかし、島は予想よりもずっと近い場所にあった。  俺は早速、島を目指す。  島は、観光客で溢れていた。  この島が観光地として有名だとは聞いたこともなかったので、あの友人は写真一枚でうまくやったなと思った。  しかし、島は写真の通り……いや、写真以上のすばらしい景色の場所だ。  こんな美しい景色の場所があるだなんて、普通に暮らしていたら知らなかった。  俺は満足しながら、目についたカフェに入った。  まだ外装も内装も新しいカフェは洒落ていて、若い女性が一人で切り盛りしているようだ。 「美味しいコーヒーですね」  俺がそう言うと、オーナーはにっこりと笑う。 「ありがとうございます。私、カフェを経営するのが夢だったので、こうして店を持ててうれしいです」 「このコーヒーなら、十分繁盛しますよ」 「そうだといいですね。まさかこの島がこんなに観光客で賑わうだなんて思ってもいませんでした」  オーナーは続ける。 「それもこれも、私の兄が島の写真を色々な人に売ってくれたおかげです」  そうか。友人はこの島が故郷だったのか。  あいつ、そんなに故郷を愛していたんだな。  でも、こんなに美しくてのんびりとした島なら、好きになって当然だ。  そして俺は、その後、島に移住した。  夫婦でカフェを経営し、二人の子供にも恵まれたのだ。  今のところ、島を百円で売るという最終手段には出ないで済んでいる。  了
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