恐怖の緑化計画

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恐怖の緑化計画

 キーボードを叩く手を止め、無意識のうちに顔を上げる。  すると視界いっぱいに緑が目に入った。  俺はすぐに顔を正面に戻し、ため息をつく。  デスクの引き出しには、いざという時のアレも入っている、大丈夫だ。  自分にそう言い聞かせて、仕事を再開した。    俺が勤めている会社は、社員十名足らずの小さな会社だ。  しかし、給料もそれなりで完全週休二日制、仕事はやりがいがある。  三十歳目前のくせに勢いだけで前の会社を辞めた俺を拾ってくれた社長には感謝の気持ちしかない。  社長自身がバイタリティに溢れた人で、とにかく自分で動くがモットー。  尊敬もしている。  しかし、今回の件はいただけない。  俺はそっと天井に視線を向ける。  天井からは、いくつものプランターが垂れ下がり、そのすき間を縫うように蔦も巻きついていた。  プランターにはさまざまな観葉植物が植わっている。  もう天井の七割くらいが植物に占拠されているのだ。  社長が突然、『オフィスの緑化計画をしようと思う』と言いだしたのは先月のこと。  言いだした数日後には、天井はこのありさまになっていたのだ。  どうやら休日に社長が知り合いに頼んで設置してもらったとか。  うちのオフィスは狭いので、あちこちにプランターを置くと邪魔になる。  だから、天井にぶら下げたってことだろう。  社長いわく『緑を見ているとリラックスするよな』と。  俺は全然リラックスなんてしなかった。  なぜなら、虫が大の苦手だからだ。  虫は緑のあるところに寄ってくる。  春になって温かくなってきて、窓の外から入ってきた虫が天井の緑にくっつくのかと思うと……。  全身に鳥肌が立ってしまう。  正直、最近は落ち着かなくて仕事の効率が下がった気がする。  こんなことではいけない。  しかも、ここ数日は鈴木さんが仕事を休んでいる。   さらに仕事が増えているっていう時に、虫に怯えているわけにもいかない。  そう考えた瞬間。  羽音が聞こえた。  ふと上を見ると、何もいない。  まさか、虫か?  いてもおかしくない。  恐怖に震えそうになる自分を奮い起こす。  先に殺してやる。  俺は引き出しに用意しておいた殺虫剤を手に取り、椅子の上に登った。  しかし、虫はどこにもいない。  頬に何かが当たった感触がして、驚いて椅子から転がり落ちそうになる。  プランターの葉が当たっただけだった。  俺はホッと胸をなでおろしたと同時に、あることに気づいた。 「悪いけど、鈴木君には辞めてもらったんだよ」  次の日のお昼休みに、社長がそう言った。 「え、どうしてまた」 「だって、植物アレルギーが出るからって五日も休まれちゃあね……」  社長は続ける。 「この天井のプランターも蔦も全部フェイクだよ。本物じゃないのにアレルギーなんか出ないでしょうが」 「はは、そうですよねえ」 「君は、もちろん最初からこの緑が本物じゃないって気づいてたよね」 「もちろんですよ」  俺はとっさにそう答えていた。
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