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自動翻訳機
「ステファニー、君が好きなんだ。俺と付き合ってくれないかな?」
俺の言葉に目の前にいるステファニーは、驚いた表情をした。
それから「私も好きよ、健二」と微笑んだ。
テーブルの上に乗せた俺の手にステファニーの手がそっと乗せられた。
秋風の吹くオープンカフェで、俺は彼女の手を握りながら空を見上げる。
鰯雲に紛れて銀色の円盤が見えた。
初めてUFOを見たのは、二年前。
テレビに銀色の円盤と地球人と変わらない見た目のナントカとかいう惑星から来た宇宙人が映しだされていた。
宇宙人は【自動翻訳機】という機械を大量に捨てる予定で、捨てる場所を探しているうちに地球にたどりついたそうだ。
【自動翻訳機】とはどんな言葉も母国語に翻訳してくれる。たまにバグがあるんだと宇宙人は言った。
こっちとしてはゴミとして処理をするつもりだったが引き取ってくれるならありがたいというのが宇宙人の主張。
こうして耳栓くらいの小型の【自動翻訳機】はたった二年で庶民にまで普及した。
言葉の壁がなくなり、俺は誰よりも浮かれていた。
これで金髪美人とお近づきになって、いずれは彼女にするのも夢じゃないと思ったのだ。
そして二十三歳にしてその夢を叶えた。
ステファニーは俺の理想の金髪美人だったからだ。
「私たち、自動翻訳機がなかったら恋人になれていなかったわね」
ステファニーがコーヒーカップをソーサーに置いて、冗談めかして言った。
「俺は自動翻訳機がなくても英語を勉強していたよ。君に愛を伝えるためにね」
「ふふっ。口が上手いのね。でも、私は日本語を覚えられなかったかもしれないわ」
「どこの言葉だとしても、完璧に覚えるのは難しいよ」
「そうね、本当にこの翻訳機はすばらしいわ」
翻訳機は今のところ完璧に仕事をしてくれている。
最初に言っていたようなバグも今のところはない。
だから今は国のトップから子どもまで、全世界の人が翻訳機をつかっているのだ。
これがゴミだなんて、宇宙人たちはなんてもったいないことをしているのだろう。
それとも、既にナントカとかいう惑星では言葉の壁はなくなったのだろうか。
そんなことを考えていると、ステファニーは笑顔でこう言う。
「私の家族にあなたを会わせたいわ」
「気が早いな。でもうれしいよ」
「本気よ。特にママには早くあなたを会わせたいの」
「俺もステファニーのお母さんには早く会ってみたいな」
その時、翻訳機からかすかにガガッという雑音が聞こえた。
俺は気のせいだろうと思い、かまわず続ける。
「きっと、ステファニーお母さんは俺が予想する限りは――」
そこで翻訳機からノイズが聞こえた。
途端にステファニーは顔を真っ赤にして立ち上がる。
「母のことをバカにするなんて! あなた最低ね!」
彼女はそれだけ言うと、席を立って店を出て行ってしまった。
俺はなにがなんだかわからず、ぽかんと口を開ける。
なぜかあちこちで罵声が聞こえてきた。
街がどんどん騒がしくなっていく。
例のノイズは、俺の翻訳機だけではなくすべての翻訳機に同じタイミグで起こったそうだ。
どうもそれがバグで、言ってもいない言葉が翻訳されたらしい。
そのせいで世界中がもめて、戦争になるまでに時間はかからなかった。
焼け野原になった故郷を見て、俺は自動翻訳機を投げ捨てた。
バグの言葉は、たった一言。
【お前のかーちゃん、でべそ】
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