恵まれた探偵

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恵まれた探偵

「|依子(よりこ)さん、この部屋、完全に密室ですよ……」  僕がそう言うと、依子さんは遺体から視線をそらして考え込む。  僕は名探偵の依子の助手という立場だが、今回ばかりは口を挟まざるを得ない。 「ドアも窓も中から鍵がかかっていて、おまけに窓ガラスは割られた形跡もないし、遺体は争ったあとどころか……」  そこまで言うと、僕は首を吊っている女性の遺体をちら、と見てからすぐに視線をはずす。 「遺書まであって、そこには『この連続殺人は私がすべて仕組んだことです』って自供してあるんですよ」  僕の言葉に依子さんはしばらく考え込んで、それからきっぱりとこう言い切る。 「しかたないですね。あの手を、つかうしかないようです」 「あの手……」  僕はそこでハッとして、『またですか?』と言いかけてやめた。  この奥の手は彼女だからこそ、できる技だ。  恵まれた探偵は僕にこう言う。 「とにかく、大広間に他の五人を集めてください」 「わかりました」    こうして、大広間には別荘に招待された五人全員と僕と名探偵の計七人が揃った。  依子さんは、五人それぞれの顔を見て開口一番にこう言う。 「私が、はんにんです」 「えっ?」  僕を除いた五人が驚いて、それから顔を見合わせた。  静かになる大広間で、依子さんがさらに続ける。 「そういえば、まだ言ってなかったなあと思いまして」 「冗談はいいから、この事件の真相を教えろよ」  そう言ったのは鈴木という男だ。  すると、依子さんは鈴木を指さしてこう言う。 「はい、あなたが犯人」 「はあ?」 「私は自己紹介をしただけですよ」  依子さんは、免許証を五人に見えるようにしてこう続ける。 「私、探偵の半忍(はんにん)依子と申します」 「半忍だと? なんで苗字を伏せたまま俺たちと三日間も行動を共にしたんだよ!」  鈴木が声を荒げたので、依子さんはあっさりと答える。 「だって、『探偵の半忍です』だなんてややこしいじゃないですか」 「だからって、何も映子が殺された日に自己紹介なんて……」 「鈴木さん、映子さんはどこからどう見ても自殺に見えましたが」  依子さんの問いに、急に鈴木が泣き崩れた。  そして、映子さんを自殺に見せかけて殺したトリックや、他の三人を殺した方法も自白し始めた。  鈴木は到着した警察に身柄を渡され、事件は無事に解決。 「しかし、なんで依子さんが自己紹介をすると、犯人は自白しちゃうんでしょうかねえ」  僕の言葉に依子さんは得意気に言う。 「完全犯罪をする犯人っていうのは、自分のトリックに自信をもっているんです」 「へえ」 「ですから、自分以外の人が『犯人』だなんて名乗ったら、大抵はボロを出すものですよ」 「そんなもんですかね」 「まあ、私、この方法で結構、事件解決してますから」 「それもそうでした」  僕がそう言って頭を下げると、探偵はにっこり笑った。  半忍依子。  彼女は、探偵らしくないその苗字を逆手に取って犯人を自供に追い込んでいく。  とても恵まれた、生まれながらの探偵なのだ。
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