番外編 ぱんつのごむ

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「お帰り、奥さん♪」 仕事から家に帰ると桃季さんが玄関にスライディングしてきた。 (うーん。いつ見ても意味がない動きをするなあ) 私はしみじみと嘆息した。心の中でだ。本人の前で堂々と溜息はつけない。意外と桃李さんは繊細なのだ。図太いくせに繊細なのだ。 訂正……図太いし、ポリシーは曲げない。なのに繊細なのだ。折れればいいのに折れないから傷つくのだ。こだわりが強いのだ。 そして。 僥倖なことにイケメンである。そして有能である。そして金持ちの家のぼっちゃまである。全てが揃っているのに、どこかずれている男……それが如月桃李である。 (慣れないわ) 手足が長く、玲瓏とした面差し しかも知的で体力が有り余っている… 年上なのに年下ぶる夫…脳外科医、如月桃季。 「おかえりなさーい」 黒地に白の靴下を履いているような、にゃんこ・“タンゴ”と走り込んでくるのは私の息子、軽度自閉症のカイ・5歳だ。 カイと桃季さんに血縁関係はない。 私は未婚の母だ。 しかし桃季さんはカイに一目惚れした。 「俺の胞子が飛んで月季花が妊娠したんだ」とアホなことを言い出した。 実際、カイと桃季さんはびっくりするほどそっくり。 2人とも軽度の自閉症だ。 ただし、異様に頭が良い。 特徴として手足も長い。 筋力が手足に集中しているため、ふらふらしがちな特性がある。 だから2人とも意識的に体幹を鍛えている。 脳内は完全に俯瞰図でフローチャートを作るために、常に客観的で、たまに人間くささを失う。 手先は器用で絵を描かせても巧いのに、何故かほんのり並外れたイラストになる。 精神的コントロールが抜群にうまく、激昂はない。 軽度自閉症だが「障がい者」と位置付けるにはあまりにも恵まれている…。 生まれながらに天才で 努力が大好きで いつもニコニコしていて悪意がまったくない… 自閉症の中でも、超ド級の楽ちんな奴ら、それが桃季さんとカイだ。 しかしいつも皆さんに合わせて、思考をゆっくりにしたり(本当は思考がスキップしがち) 感情の波があるふりをしないといけないので 家では妙にはじけている。 「月季花!汗びっしょり!」 「わああ」 髪の中に桃季さんの両手が入る。 わしわしと頭を掻かれた。 「風呂入れ。俺がいれてあげる♪」 「僕も入る!お母様をいれてあげる!」 「にゃあ!」 猫のタンゴは猫なのにシャンプーが大好きだから風呂場に飛び込んでくる。 「ぎゃあ、恥ずかしいからいいよ!」 「…新婚さん・交際1ヶ月の新婚さん…」 桃季さんは小さな声で念仏みたいに呟く。 「…まだ早い・もう大丈夫・まだ早い・もう大丈夫…」 「お父様、僕は、もう大丈夫だと思います!」 「ありがとう、カイ!みんなでお風呂に入ろー!」 「…」 私はぐったりした…
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