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 なんとも耳障りな嗚咽(おえつ)を聞きながら、大きく溜息をつく。漂う吐瀉物(としゃぶつ)の匂いに、ヤベ、貰いそう……と筧は慌ててトイレのドアを閉めた。 「くっそ!」  なんでこんなことに──と思い返してみるが、君島を利用してトンズラ決め込んだ自分自身にも全く非がないとは言い切れない。  こいつをタクシーに突っ込んで、そのまま別のタクシーで帰ればよかったのだ。自分は昔からこういう厄介事を引き寄せる体質。筧は自身の不運を嘆いて、もう一度盛大に溜息をついた。  しばらくしてトイレから出て来た君島は、カラオケ店のトイレで鉢合わせした時に比べると幾分顔色が良くなっていた。  君島はゆっくりと辺りを見渡してから、不思議そうに筧を見つめた。 「つか。俺、なんでココに……」  事態が飲みこめていない泥酔イケメンの為に、筧は事のいきさつを出来るだけ分かりやすく簡潔に説明してやった。 「あの。水か何か貰っていいすか?」  水の前に、先に何か言うことあるだろが! ……と思ったが、酔っ払い相手に取り乱すのも馬鹿らしく、筧は黙って冷蔵庫から水を取り出して君島に手渡した。 「……すいませんでした。迷惑かけたみたいで」  そう、それだよ!社会人として、大人として最初に相手に言わなきゃならん言葉は。  入社早々いきなり自らゲイバレするような頭のネジの飛んだイケメンでも、さすがにその辺のまともな思考は失っていないらしいと安堵した。 「いま、何時ですか?」 「もうすぐ一時だ」  洗面所で顔を洗い、筧の手渡した水を飲み終え、落ち着いたらしい君島が部屋をぐるりと見渡しながら訊ねた。  吐いたのが良かったのだろう。随分と顔がスッキリしている。  酒に酔って酷く嘔吐した後でも、イケメンはイケメンなんだなーと、どうでもいいようなことを考えながらヤツを見つめると、こちらを見ていた君島と目が合った。 「平気そうなら、もう帰れ。タクシーくらい呼んでやるから」  そう言ってスーツのジャケットの胸ポケットからスマホを取り出すと、君島がなぜかこちらに近づいてきてそれを制した。  自分より頭一つ分背が高い。至近距離で見るイケメンの迫力は凄いな、などと思いながら君島の手を払いのけ、タクシー会社の電話番号を検索する。 「よかったら、お礼したいんですが」 「ああ? ──いいよ、そんなん。とりあえず、タクシー」  そう言いかけた唇に、君島の細くて長い指がそっとあてがわれた。  超至近距離の端正な顔が、目の前で妖しく微笑む。 「お礼、させてくださいよ。今すぐに」 「──は!?」  その瞬間。筧はこいつのその言葉が意味するとてつもなく重要な事を思い出した。 「意味──わかりますよね? 俺、自分でいうのもアレですけどそこそこテクあるほうだと思うんです」  そう言ってふいに近づいて来た君島の顔面を押し返した。 「ちょーお……い! 待て!!」 「遠慮しなくていいですよ。俺的にもオイシイですし」 「待て待て待て! オイシイとかオイシクナイとかの問題じゃねぇだろ!!」 「筧さん、彼女とかは?」 「いねぇよ!」 「じゃあ、最近セックスもご無沙汰なのでは? 自分でするより誰かにシて貰ったほうが気持ちよくないです? 俺、むしろ嫌いじゃないんで、願ったり叶ったりですけど」  ますます近づいてくる頭のオカシナイケメンの顔面を筧は思いきり掴んで押し戻した。  テクがどーのとか、オイシイとかそうじゃねーとか。願ったり、叶ったりとか意味わかんねぇっての!! 「──だからっ、なんでそうなるんだよ! 俺は、そーゆー趣味はねぇ!!」 「遠慮しなくていいのに」 「してねーよ! まだ酔いが残ってんのか知らねぇが、とにかく帰れ、このバカ!!」  筧はそう怒鳴って、ヤツの荷物を拾い上げるとそれを君島の胸に押し付けた。  そのままグイグイと君島の胸を押し、玄関先まで追い詰めると、乱暴にドアを開けてヤツの荷物を外に放り投げた。 「いいか? いまの、忘れてやるから二度と俺に関わんな。いいな?」  バン!! と乱暴にドアを閉め、筧はたぶん今日一番であろう盛大な溜息をついてバリバリと頭を掻き毟った。
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