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「お疲れ様です。お先に失礼します」
「あ。お疲れ様」
就業時間が過ぎ、事務の女の子たちが次々と席を立つ。キーボードを打つ手を止めて挨拶を交わし、キャイキャイと賑やかなその後ろ姿を見送った。
隣に座る君島もパソコンの電源を落とし、こちらを見た。
「終わったなら上がれよ」
「筧さんは?」
「俺はこの見積り上がったら終わる」
そう言うと、君島が少し不満そうな顔をしつつも引き下がった。
「筧さーん。あ、君島くんも。ちょっといいですか?」
声を掛けて来たのは営業事務の永瀬。優秀な女子社員だ。
「──あ、何かミスってた?」
「いえいえ、そうじゃなくて。これ」
そう言った彼女が差し出したチラシを受け取った。
「来週末、花火大会あるじゃないですか。ここ、立地いいんで花火よく見えるますよね。みんなで花火見物しませんか?」
彼女が自分と君島を交互に見て、目をキラキラさせた。
「ま。お盆休み中ですし、ご家族いらっしゃる方は除いて声掛けしてるんです。もちろん、社長の許可は貰ってますので!」
「へぇ……」
「大体の人数把握したいんで、週末くらいまでにお返事貰えたら」
「ああ。考えとくよ」
お愛想半分で筧が返事を返すと、永瀬が少し驚いた顔をした。
「ホントですか!? 筧さん来るならみんな喜ぶかもー!」
「え?」
「あ。君島くんも考えといてねー!」
そう言い残すと、実に慌ただしく彼女はその場を去って行った。
「……何だ、あれ」
気づけばフロアに残っているのは自分と君島の二人だけ。
「行くんですか?」
「いや──、おまえは?」
「筧さん行くなら行きますよ。敵は全て潰さないといけませんから」
そう答えた君島の目が心なしか怖いのはなぜだろうか。
「意味わかんね」
筧がそう呟いて首を捻ると、君島が思いきり顔を歪めてこちらを見た。
「何だよ?」
「鈍いってある意味“罪”ですね」
「は?」
「筧さん、自分で思ってるよりずっと人気あるんですよ、女性に」
「人気? 俺が!? ──ナイナイ!」
ワハハ、と笑うと君島が心底呆れたような顔で筧を見つめた。
「何ですかね、卑屈なくらいのその自己評価の低さ」
「意味わからんわ。つか、早く帰れよ」
「帰りますけど──さっきの出るんなら絶対教えてくださいよ」
「おまえそんな花火好きなの?」
そう言うと、君島がもの凄い冷たい目でこちらを睨み「ど天然! どニブ! クソビッチ!!」と酷い暴言を吐いてフロアを後にした。
黙って聞いてりゃ、もの凄い酷い言われよう。こういうのも大概耐性がついてきたものの、腹が立つのは仕方ない。
スカした王子様が、何を珍しくカリカリしてるんだ。
筧は小さく息を吐いて眼鏡のブリッジを押さえてから、再びやりかけの仕事に手をつけた。
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