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「筧! すげーじゃん! キタノの契約取れたって!?」
夕方、営業からもどって来た三井が筧の姿を見るなり嬉しそうに言った。
「おー、サンキュ……っっても、今回はほぼこいつの手柄だけどな」
隣に座る君島の肩を叩いて言うと、三井が「おー、優秀優秀!!」とグシャグシャと君島の髪をかき混ぜた。
「つーわけで。お祝いに飲みにでも行く? 俺奢っちゃるし」
三井の誘いに、君島がグシャグシャにされた髪を直しながらあからさまに嫌な顔をする。
「え。なによ君島、その顔」
「……べつに」
最近、少し気になっていることと言えば君島のキャラが崩壊中な事だ。
以前は、筧に対してふてぶてしいものの、その他大勢にはそれなりの愛想を振りまいていたのだが、ここ最近は男に対しても警戒心が半端ナイ。
入社したばかりの頃のクールさは、どこ行った? と呆れるやら何やら。
「ダメですよ、三井さん邪魔しちゃ! 君島くんは筧さんにお祝して貰いたいんですから」
横で話を聞いていた森田が、ニヤニヤと笑いながら言った。
「は。何ソレ。せっかく──」
「はいはい。三井さん。飲みなら俺が付き合いますから、そこの夫婦邪魔しないでやって」
森田の言葉に今度は筧がハッとした。
「──おい、森田。今の何だ?」
「え? だって──二人、付き合ってるんですもんね!?」
森田がさも当たり前のように自分と君島を見比べて言った。
「……はぁっ!?」
ガタン!! と思わず立ち上がると、フロア中の視線がこちらに集中。
「あ──いや。悪い、大声出して」
ずれた眼鏡を直し慌てて声を落とすと、森田がさらに言葉を続けた。
「筧さん。みんな知ってますからね」
「は?」
若干パニックになって君島を見ると、当の本人は明後日の方向を見て素知らぬふりを決め込んでいる。
「はぁっ!? ちょい、待て! どういうことだ?」
恐る恐るフロアを見渡すと、皆が生温かい笑顔でこちらを見ている。
「……おい、君島?」
「何すか」
「どーいうこったよ、これ」
君島と付き合うようになってからも、筧自身は今まで培ってきた人間関係を壊さない為のスタンスは変えてはいない。
むしろ以前にも増して気をつけているつもりだ。それは、もちろん仕事においてもプライベートにおいても。
「君島、ちょ、顔かせや」
「嫌ですけど」
「おまえ、何した?」
つーん、と知らぬ存ぜぬな態度の君島に大きく息を吐き出すと、森田がおずおずと小さく手を上げた。
「あのですね、筧さん。社内中に筧さんに対する君島バリアが張り巡らされてましてー。“筧さんに手ぇ出すな”ってそりゃもう、あの手この手で筧さんに近づく輩を排除してまわってましたから」
「はぁあ!?」
涼しい顔で今までどおり適度な距離感保って出来のいい後輩装って、自分の目が届かない所でそんな裏工作がなされてたとは。
「君島ぁ! コラァ!! どーゆーことだよ」
「俺が“一方的に好き”で狙ってたってことしか言ってないですけど」
「──だからってな!」
「言ったでしょ。筧さんが他のやつにモテるの嫌なんすよ。……仕方ないっしょ、それだけ必死なんだから」
と、横暴なイケメンが開き直った。
「──だから、なんでそうなんだっ!!」
思わず声を上げると、フロア内に皆のクスクス笑いが広がる。
あちこちから「痴話喧嘩はほどほどに!」なんて声が上がり、自分たちのことが皆の周知の事実だということを悟った筧は思いきり脱力した。
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