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懇親会が始まって一時間ほど経ち、新人社員たちの自己紹介タイムに。
名前、年齢、希望部署などお決まりの要項と共に、特技を披露するものなどバラエティに富んだ新人たちの自己紹介に居酒屋の店内に笑い声が広がる。
自己紹介のあと、新人が先輩社員たちからの質問に答える場面もあり、例のマイちゃんが「彼氏募集中デス♪」と可愛らしく小首を傾げると男性社員たちからどよめきが起こった。
「じゃ、次、君島くん」
総務のベテラン社員に促されて、筧の前の君島が立ち上がった。
こうして立ち上がっているとますますの長身とスタイルの良さが引き立って見える。
「君島颯斗です。二十三歳です。S大卒で、大学では──」
流暢な自己紹介をしていく君島を眺めながら筧は小さく溜息をついた。
有名大学出で、顔も良くてスポーツも出来て、さらには雄弁なトークスキルまで備わっているとはどれだけの完璧人間だ。
「はい、質問! 君島くんは、彼女いるんですかー?」
酔った女子社員たちがここぞとばかりに君島に質問を浴びせる。
これ、オッサンが若い女の子にしたら「セクハラ」とか言われるだろうに、女側がそれを聞くのにお咎めなしとか、全く不平等な世の中だ。
「いや。いないです。そもそも、女の子に興味がないので」
そうシレっとした笑顔で答えた君島を、
「おー? なんもしなくても寄ってくるってか?」
「モテモテだなー、君島ーぁ! 畜生うらやましーぜ!」
男性社員たちが皮肉を込め茶化したり、笑いを交えてヤジると、店内がドッと明るい笑いに包まれた。が、次の瞬間
「いや。そうじゃなくて。──俺、ゲイなんで」
何の躊躇も羞恥もなく、君島が発した言葉によって店内がほんの一瞬水を打ったように静まり返った。
──が、それはほんの一瞬の事で「またまたー」「何それ、ウケ狙い?」のようなざわめきと笑いが広がった。
君島が小さく笑い、誰もが彼が発した言葉を冗談だと思いこんだその時、
「いや、ガチです。──なので、女性に興味はないですし、彼女もいりません」
余裕すら含んだ微笑みを浮かべた君島が、そうきっぱりと言い切った。それから堂々と一礼をしてその場に座った。
ザワザワとざわめく店内。当の君島は、周りの視線など気にも留めず堂々としている。
「えーと。次は畑中さん」
新人自己紹介は、君島の隣に座る次の女の子へと移って行ったが、筧は衝撃の爆弾発言をしたこの男を目の前に、黙ってスルーするべきか何か声を掛けたほうがいいのだろうかと思い悩むも、結局名案は思いつかず息を吐く。
ふと君島と目が合い、黙ってスルーもできない状況に陥り仕方なく言葉を発した。
「おまえ、アホなの? それとも:体(てい)のいい女の子:避(よ)けの口実?」
筧がそう訊ねると、君島がグラスを手にした。
「いや、ガチですよ? 職場でしょーもない嘘ついても仕方ないですし」
理解不能だ。ゲイが珍しいというわけじゃないが、それを堂々と公表するやつが世の中に一体どれだけいるか。
親しい友人や家族にカミングアウトするやつはいるだろうが、職場の人間に堂々と公表するなど正気の沙汰とは思えない。
「変わったやつだな。普通、言わないだろ。そんなこと」
そう、普通は。
自分の中で何か違うと分かっていても、偏見や妙な風当たりなどの障害はできるだけ少ないほうが生きやすい。
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