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「マジでキツイなら、帰るか? もう大概バラけて来たし、消えてもバレねーと思うけど」  そう言いながら、筧は名案を思いついた。  このまま君島を介抱するのを口実に、この場から消えてしまえばいい。午後十一時過ぎ。時間的にもいい頃合いだ。 「なんなら連れ出してやろうか? 俺もそれを口実に帰れるとなれば一石二鳥だ」  流れる水を止め、君島が口元の水滴を拭った。そんな仕草もいちいち色っぽいとかイケメンの醸し出す空気は怖い。好みではじゃないが、一瞬ドキッとしてしまう。 「どうする?」 「……お願いします」 「とりあえず、歩けそうか?」 「なんとか……」 「肩貸してやるけど、ゲロんなよ?」  そう言って、筧は君島に肩を貸しトイレを出た。  それから新人が強制的に詰め込まれているルームナンバーのドアを開け、顔見知りの社員に君島の荷物を取って貰うと、尤もらしい理由をつけ騒がしい音楽が流れる部屋を後にした。  そのまま自分のいたルームナンバーのドアを開け、これまたさっきと同様顔見知りの同僚に自分の荷物を取ってもらい、簡単に事情説明すると見事脱出成功。 「筧、もう帰るのかぁ? イケメンゲイにケツ掘られんなよー?」など不要な忠告をされながらもなんとかカラオケ店の外に出て、タクシーを掴まえようと通りに出て手を挙げた。  まもなくして空車のタクシーが目の前に停まり、後部座席のドアが開いた。 「家ドコだ?」 「……中堀町です」 「どのへん?」 「“ラ・メゾン”ってファミレスの近くです……」 「なんだ、近いな。通り道だしマジで送ってやるよ」  君島を先にタクシーに乗せ、そのまま自分もそこに乗り込んだ。  君島を連れ出したのはあくまでも自分が抜ける口実を作りたかっただけ。店さえ出てしまえばこの男に用はないが、方角が一緒ならばついでに送ってやるくらい大した手間ではない。  運転手に行き先を告げると、ゆっくりとタクシーのドアが閉まりそのまま走り出した。  タクシーの中に時折無線の音だけが響く。目的地までは十五分ほど。隣で頭をフラつかせている君島を横目に、シートに深くもたれ身体の力を抜いた。  目印のファミレスが近づき、筧は隣で小さな寝息を立てている君島を少し乱暴に揺り起こした。 「おい、起きろ。もう着くぞ」 「ん……」 「ん、じゃねぇ! さっさと起きろ。家どこだよ?」  頬をビタンと叩こうが、肩をグラングラン揺らそうが、君島は一向に起きる気配がない。  結局、そのファミレスの駐車場に車を停止すること五分。何度も同じことを繰り返すも全く起きる気配のない君島。  バックミラー越しに運転手が困惑した表情と小さな溜息を隠そうともせずこちらを見る。  困ってんのはこっちもだよ! ──と言ってやりたいところだが、タクシーの運転手に罪はない。 「すみません。出してください。大西町まで」  再び走り出したタクシーの中で、盛大に溜息をついた。
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