特別な日

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特別な日

水曜日。 それは、図書室に新しい本が届く日。 図書室。 それは、わたしの癒しの場所。 向かいの音楽室から漏れ聞こえる演奏に浸りながら、一冊ずつ丁寧に本に触れる。 台車に置かれたままの書籍からは、清潔な紙の香りが漂う。 この本達をジャンル分けし、順番通りに並べてゆくのが、図書委員であるわたしの密かな楽しみだ。 そして、本棚の中には……。 軽快に歩みながら、本棚に届いたばかりの本を並べてゆく。 一冊一冊、丁寧に。 順調に進んでいた作業は、学校関連の棚の前で止まる。 そこにはあるから。学園の案内状が。 入学したのに、その本を読む必要は無い。それが大半の生徒の意見だろう。 でも、わたしにとってこの本は特別なもの。 初めて目にした時の胸の高鳴りを今でもはっきりと覚えている。 高鳴る胸の音を聞きながらその本を手に取り、ページをめくる。 学園の成り立ち、校風。 そして制服紹介のページでその手は止まり、わたしの指は『由利(ゆり)(しき)』の名前を這ってゆく。 由利色。彼はこの学校の在校生。 高校二年生で、現生徒会長。 図書委員でオカルト研究部、略して「オカ部」などと悪ふざけの延長のような部活動をしているわたしとは、微塵の接点も無い。 生徒会に入ることすら出来ないわたしには、彼と話をする機会など無い。 由利先輩の視界にすら入れないまま、彼の卒業を影から見送るのだろう。 「由利先輩……」 「色が、どうした?」 突如後ろから聞こえたのは、上垣先輩の声。本来なら、ここで驚くところなのだが。 どうしてだろう? 上垣先輩の声には、妙な安心感がある。 「……おはようございます、部長」 「おはよう」 さっき、由利先輩の事を名前で呼んでいたけれど。 知り合いなんだろうか? まあ……部長と由利先輩は、同級生だし。 知ってても不思議は無いけれど。 “色”だなんて親しい呼び方は、まるで友達同士みたい。 「部長は、由利先輩を知ってるんですか?」 「知ってるも何も、従兄弟(いとこ)だが?」 ……ん? 従兄弟? 親戚? 生徒会長が、オカ部の部長、上垣先輩の? 「なんだ、その疑いの目は。何なら、今ここから叫んで色を呼ぼうか?」 先輩は窓辺に駆け寄ると、ガラリと窓を開けた。身を乗り出し息を吸い込んだところを慌てて止める。 「わかった! わかりました! 信じます。信じますから……!!」 必死に止めると先輩は、ニヤリと笑って「わかれば良いんだよ」と言った。 本当、この人には敵わないな。 「そういえば、部長。何しに図書室に来たんですか?」 不思議だった。図書委員でもない先輩が、なぜこんな朝早くから図書室に居るのか。 「ああ、江沢君に頼みがあってね……」 「頼み、ですか?」 何だろう。先輩が頼み事なんて、珍しい。 「帰りに、付き合って欲しい場所がある。……江沢君が一緒なら、きっと会えると思うんだ」 先輩が眉根を寄せ、真面目な口調で話す。 わたしが一緒なら会える人。 意味は全くわからない。 でも何故か、良い意味では無いとだけはっきりわかった。 「……わかりました。付いていきます。そのかわり!」 由利先輩に会わせて欲しいこと。 そして、今日見たことは秘密にする。それを約束してもらった。 「うんうん。もちろん、色には言わないよ?」 先輩がずっとニヤニヤした笑みを張り付けていたので、本当に約束を守ってくれるのかは疑問だけれど。 今は信じるしかなかった。
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