あの場所

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あの場所

坂を下り終えると、先輩は歩き慣れた道を進んで行く。 閑散とした平地に、5階建てのマンションが二棟。 「もしかして……」 チラリと隣に目を向けても、先輩は無言で歩くだけ。 この道は、毎日のように先輩と下校する通学路。 高校に入学してから1ヶ月、何も知らずに前を歩いてきた。今朝だって……。 「ここだ」 先輩が足を止めたのは、やっぱりあの電柱。 今朝、わたしが不注意で花束を蹴ってしまった場所の。 「朝は、すみませんでした!」 誰も居ない電柱に向かって頭を下げる。 先輩と先輩の友達への申し訳ない気持ちがこみ上げて、胸が苦しい。 先輩の友達は、どれほど無念だっただろう。 わたし達と変わらない年齢で、この世を去ったことを。 「……江沢君。君が気にやむことはない」 うつ向くわたしの肩を先輩がそっと撫でてくれた。 辛いのは、先輩なのに。 「う……ひっく……」 先輩の方がずっと悲しいはず。 よほど、大切な友達だったんですね。 泣いている先輩をなだめようと顔を上げる。 すると。 「……会いたい。あの子に……」 泣いていたのは、知らない女性だった。 両手で顔を覆い、肩を震わせて泣いている。 「に会いたい」ということは、女性は先輩の友達の親族だろうか? 顔は見えないけれど、落ち着いた身なりから大人だとわかった。 「先輩。この方って……」 女性に聞こえないくらい小さな声で、先輩に話しかける。 先輩なら、この女性が誰か知っているかも知れない。わたしは先輩の返事を待った。 なのに先輩は、素っ気ない態度で女性に言う。 「どうして、こんな所に来た?」 と、冷たく。
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