花言葉は…

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花言葉は…

「先輩!!」 どうしてこんな所に来た、だなんて。ひどい……。 「……ひどいっ!わたしは!」 女性が先輩を睨み付けた。涙で濡れた瞳は赤く染まり、鋭い眼光が先輩に向けられる。 「わたしは、自分の娘に会いに来たのよ?」 女性は甲高い声で叫ぶと、腫れた目で先輩を睨みつけた。 「……親が子供に会いたいと思うのは、自然な事でしょう?」 そうですよね。わたしも、同じ意見です。 わたしは女性の言葉に頷いて先輩を見た。 先輩は冷たい視線を女性に向けたまま。 「自然な事? 産んだばかりの子供を置いて家を出るのが自然な事なのかい?」 産んだばかりの子供を置いて、家を出た? 今目の前に居るこの女性が? わたしは驚いて女性を見る。先輩は続けて言う。 「僕はとても不愉快だ! あなたには、この場を去ってほしい! 今すぐにでも……」 先輩の軽蔑するような言葉遣い。 低く、乱暴に放たれた声には、強い怒りが含まれていた。 女性は何か言いかけたが、それは言葉にならず、聞き取れない。 ブツブツと何かを呟きながら背を向けると、静かに去って行った。 電柱の前に残されたのは、わたしと先輩。 そして、枯れかかった花束。 「先輩……」 詳しい事情は、わたしにはわからないけれど。 「良かったんですか? あんな、キツい事を言って……」 「良いんだよ。これで」 先輩はうっすらと微笑む。 そしてその場に屈むと、握りしめていた花束を供えた。 はらはらと広げられた新聞紙に刻まれた数字に、めを止める。 新聞の日付は、一昨日(おととい)。 先輩は今日突然ここに来ようとしたのではなく、前もって準備していたのだ。 ここに、お参りに来るために。 「これで、やっと。彼女は、浮かばれる……」 先輩の横顔は儚くて、美しい。 友達の事をとても大切に思ってきたのだろう。 だって……。 「先輩」 「ん?」 栗色の瞳が、真っ直ぐにわたしを見つめる。 「先輩。黄色い水仙の花言葉って、知ってますか?」 「……知らないよ」 先輩がフッと鼻で笑った。 先輩は、本当に知らないのかな。 頭の中に浮かんだ疑問は、降り始めた雨が溶かしてゆく。 「先輩、雨!」 「知っている」 持っていた薄ピンクの傘を広げると、視界が狭く閉ざされた。 わたし達の毎日は忙しくて。 1日は慌ただしく過ぎていく。 明日になれば、わたしは。 今のこの気持ちを忘れているかもしれない。 その前に一度だけと、花束を振り返る。 黄色い水仙の花言葉。 それは。 『わたしのもとに帰って』
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