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本編
夏の陽射しに、くらりとした。
鍵が落ちてくるのも、幻かと思ったのだ。
二階の窓から一粒の光となって、金属音を立てて落ちた鍵を、調が拾った。
そうか、そのようにして入るのか。一佐は納得して、「臨港館」と看板を掲げた、目の前の廃屋の民宿を見上げた。
暗い色調である木造のそれは、古びすぎている。屋根の側面がセメントで塗り固められているのが、不細工な継ぎ接ぎじみていた。屋根瓦が鱗みたいなかたちなものだから、幼い頃草むらで見かけた蛇を思い出してしまう。
二階の窓が素早く閉まった。一瞬見えたのは、自分たちと同い年ぐらいの少年だ。
あたりを見回してもひとけはない。海際なので人家にも乏しい。陽炎に景色が揺らいでいる。
「ほら、入るよ」
調がすんなり、「臨港館」の玄関の鍵を開けた。下駄箱のある小さな玄関内に入ると、やはり空気は埃っぽい。夏の明るさに反して、内部は陰を深めている。
調は鍵を締めてから、迷うことなく二階の奥の部屋へ一佐を誘う。
外観からして予想できていたが、部屋は本当に狭かった。六畳もなく、人ひとり過ごすので充分という狭さだ。素泊まり宿だったのだろうかと、一佐にはめずらしく思えた。
隅に、調は鞄を投げる。既に敷かれている布団の上に、洒落たネクタイをほどき落とす。次にワイシャツを脱ぐ。
「突っ立てないでよ」
ぶっきらぼうな声で促された一佐は、部屋の隅までもたもたと動く。調にならって鞄を置く。
一佐もシャツのボタンに指をかけ、思った。こんなにも過程は味気ないのか。調がこれまで絡め取ってきた者たちも、そんな風なやりとりをしたのか。
シャツと肌着を脱ぎ終えると、調ももう白い半身を露わにしていた。
「いいのか」一佐は訊く。
「なにさ今さら、怖気づいた?」
調は不機嫌になるのではなく、むしろ目と唇をやわらかく曲げて、挑発的な笑みを見せた。
一佐の首筋が電気のようなしびれを得て、頭に熱が湧いた。感情は怒りに寄った興奮であることを、彼は自覚していた。
調に飛びかかった。
そのまま押し倒す。湿った冷たさを孕む布団が、ふたりを抱き込む。
絡み合いながら残りの着衣を乱していると、視線を感じた。一佐は戯れを中断して部屋のドアを振り向く。
わずかに開いた隙間から、ひとつの目が覗いている。先程の少年だろう。
「ねえ、なにしてんのさ、早く」
甘える声に急かされて、再開した。
罵りたいような気持ちを抑えながら、調を裸にする。
学校での調を思い出して、急にためらいが生じた。一佐の知る調は、ここにはいない。
◇
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