19人が本棚に入れています
本棚に追加
忘れ物をして放課後の教室に戻ると、調が窓辺にいたのだ。ヘッドホンを着けて、窓から身を乗り出している。夏の黄金色の残照が、白い横顔を鮮烈に照らしていた。
一佐は横目で見つつ、声も掛けなかった。
調と関わろうとする者はいない。それが彼を" 幽霊"のような存在にしていた。
この少年のことが口の端にのぼるとき、声を潜めて、入水自殺未遂の奴、と囁かれるのを一佐は知ってしまっている。
きっと扱いにくい。調のまわりには、ぼんやりとした壁がある。そう思って、その綺麗な姿を視線でなぞるだけだった。
翌日から夏休みが始まって、一佐は夜の町内をほっつき歩いた。警察に声をかけられるようなことはなかった。
常に潮風に包まれた海際の町である。寂れていて、申し訳程度の商店街しかない。ひと言でいうなら退屈な町だ。市街地からも遠く、電車も通っていないため、不便さばかり感じてしまう。
生ぬるい夜を徘徊していると、調と、スーツ姿の中年の男が肩を並べて歩いているのを目撃したのだ。
興味本位で後をつけた。
「臨港館」に入って行くのを見たとき、目に幻でも映したのかと戸惑ったものだ。そこが廃屋だと、一佐も知っていた。
だが民宿に、暗い明かりはおぼろげに灯る。
足音を殺して近づき、玄関戸に手を掛けたが開かない。
その夜は素直に家に引き返した。
翌昼、もう一度「臨港館」に行き玄関を開けようとした。手応えはなく、ただただ頑なだった。
立ち去ろうとしたとき、二階の窓が開かれた。ぞっとするほど白い顔が覗く。
「おい」と声を掛けたが、窓はすぐ閉ざされる。
あっけなく無視され、面白くない気持ちで道端の石を蹴りながら、図書館へ移ることにした。
区役所の二階にある図書館は小さかったが、中央図書館のように真新しく小奇麗でないところが、一佐は好きだった。
文学の棚の前に調を見つけたとき、背筋が疼いた。
最初のコメントを投稿しよう!