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調には笑みがある。一佐は落ち着かなくなり、砂浜で無意味に足踏みした。
「家族だって、僕のこと扱いにくそうにしてる。君はどう?」
「同じこと考えてた……だけど」
次の言葉に詰まった。
「うらやましい」
「え? なに? 聞こえない」
「なんでもない」
彼方の水平線と積乱雲に、一佐は目を逸らす。
海浜公園を出て、ふたりは商店街に行った。
「人、いないね」
調が店先一軒一軒を確認して歩く。開いてる店よりも、閉ざされたシャッターの方が目立つ。
一佐の目には、商店街でのバザー開催の貼り紙が入ってきたが、特に関心は持たなかった。
商店街の端まで来てしまったので、ふたりは振り向いて通り全体を見通した。
なんとも寂しい場所だった。青空の爽やかさとの落差が際立つ。
「廃墟みたい」調の呟きが落ちる。
「廃墟みたい、か」
「小さい頃は、嫌な町だと思わなかったのにな。むしろ毎日探検して楽しんでた」
「俺も」
「ある日急に真実を知らされたみたいに、僕のなかから幸せな気持ちが抜けていっちゃってね。それからこの町までもが嫌なものに映り始めた」
「だから海浜公園の海に飛び込んだのか」
「なに、そこまで知ってんの」
死にゆく町に唆されたんだ。そう調は付け加えた。
一佐はまだ唆されていない。されど、嘲笑われているような居心地の悪さばかりがある。
今度は喫茶店に行った。純喫茶と書かれているところが調には良いらしく、この町で図書館の次に好きな場所だと言った。
ボックス席で注文を待っていると、調はそっと、袖を捲くる。
細い手首に、赤い縄痕。
「昨夜は変なのにひっかかっちゃったんだ」
さらりと告げられ、一佐は言葉に困った。
「まあ、色んな人がいて当然なんだけどね」
「タダでそれじゃあ、割に合わなくない?」
調の返事は遅かった。なにか考えているようだった。ようやく動いた唇が、囁いた。
「じゃあ君が、割に合うこと、してくれる?」
意味を測りかねた。
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