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「僕と付き合ってよ。そしたら、あそこ行くのもやめるから」
「なんでよりによって俺なんだよ」
「欲しいんだよ、永遠に愛し合うことができる人」
なんて重い言葉だと、一佐は苛つきを固い表情の下に隠した。こんなことを口にする調を、浅はかな奴だとすら思った。
「唐突すぎる。それは難しい」
即答してしまう。
飲み物とケーキのセットが運ばれてきて、お互い無言で食べた。
丘には公園があり、物見の塔の天辺から町内を一望できる。
ふたりは落ちゆく夕日を眺めた。
「今夜も臨港館行くから」
「俺、どっちかというと学校でのお前のほうがよかったかも」
「でも、それは本当の僕じゃない」
「じゃあ今のお前は本当のお前なのかよ」
「そうだよ」
一佐は奥歯を噛み締めた。
「ばかばかしい」
その夜、「臨港館」の建物の陰に、一佐は潜んだ。そうすると決めるまで、蒸し暑い自室の寝台の上で、身を転がすようにしていたのだ。
それは明らかな苦悩だと、わかっていた。こんなことで己が苦悩するなんて、と屈辱にも似た気持ちを抱いた。
調がうらやましい、調が憎い。
寂しいからって、調は誰とでもあの「臨港館」に行ける。
自分は行けない。どんなにつらくてもきっと行けない。でも欲望はある。
気を紛らわした後、冷静になって決心がついた。
また生ぬるい夜に飛び出す。
悶々とした感情が胸に巣食うなか、辛抱強く「臨港館」の陰で待つ。
調が男を伴ってきた。
飛び出して、男の胸ぐらを掴んで罵倒する。
調は目を丸くして、逃げゆく男を見ているしかなかった。
「なんで邪魔したのさ」声には怒りを抑えた震えがある。
「気に食わないんだよ」
「だからって」
調は首を振った。
一佐は悪態をついて、調の胸ぐらを掴んだ。
拳を振り上げ、やめた。
代わりに、唇に噛み付いた。
◇
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