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溺れる。そう調は、ことの終わりまでうわ言のように繰り返した。
埋め合わせは、できたのだろうか。一佐は怠い身体で天井を見つめる。
窓の外から蝉の鳴き声がする。まだ昼だ。
本当の調とやらは、暗い蜜を持ってして、一佐を絡め取った。
後戻りできないことを予感しながら、隣の調に手を伸ばす。皮膚に浮いた肋骨を指先でなぞる。
「……ありがとう」
調がまぶたを伏せたまま言った。
「でも、無理しなくていいからね」
「無理してこんなことできるかよ」
「それもそうだね」
調のまぶたが半眼に開かれる。倦怠感に呑まれた、生気を感じない瞳がある。
「幽霊じゃないんだな」
「は?」
「お前のこと、学校で幽霊みたいだなって思ってた」
力のない乾いた笑いを、調はこぼす。
「昼間の幽霊なんて、面白くもなんともないよ」
「抱けたから幽霊じゃないな」
「幽霊を抱けないなんて誰が決めたのさ」
「なるほど」
調が枕元のポーチからライターと煙草を取り出した。
寝たまま火を点けて、平然と吸い始める。
「危ないぞ」
「平気だよ」
紫煙がゆっくりと立ち上る。天井あたりでいびつな渦を描き、やがて曖昧なかたちとなって消えていく。
一本だけを吸い終わるのにそう時間はかからなかった。
調が身を寄せてくる。もう一度、とねだった。
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