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夏は日々、暑さを増していった。
熱されるのを通り越して、爛れおちていくのではないかと、一佐は危惧した。
「臨港館」の陰気のなかに匂いを伴うように、腕のなかの調は熱い。しかも日に日に一佐への要求を激しくしていく。
のしかかってまで求めてくる調に、一佐の身体の芯は震えた。
これは炎だ。
見境なく飲み食らいつくす代物だ。
その日は一佐も昂ぶりが過ぎた。欲望と憎しみの均衡が壊れた。一佐は調の首に手をかけてしまった。
甘い叫びが絞られて、調は声なき悲鳴を上げた。
致命的な事態にはならなかったが、一佐は正気に返って調から飛び退いた。
ぐったりと四肢を広げた調に謝ると、大丈夫だからと返ってくる。
「ねえ一佐」
初めて、名を呼ばれた。
「僕は君のことが好き」
いつか告げられるだろうと、一佐はわかってはいた。
「ごめん、俺はこのままがいい」
「そう、わかった。うん、そうだよね」
調は潔かった。素早く服を着ながら、いつでも呼んでね、とだけ言って部屋を出ていく。
ひとり残され一佐は、冷静になって嫌悪感に見舞われた。
調に対して、欲望の埋め合わせしか求めていない。だから、調の気持ちが変わっても、応えられない。
愚かさを理解して、なにもかもが嫌になる。
服を雑に着て、部屋を出た。
階段を降りようとすると、踊り場にあの少年がいた。初めて近くで見たが、細筆で描いたように目が細い。泣きぼくろがあるのが、どことなく憎らしかった。
「お前がここの主なんだろ」
一佐は八つ当たりのように投げかけた。
「調がここに来るようになったのも、お前がそうさせたのか?」
少年はなんの素振りを見せず、階段を降りて行った。追いかけると、玄関を開き無言で帰れと促してくる。
一佐は舌打ちして出ていった。
その日から、調と連絡が取れなくなった。
一佐は残りの夏休みをひとりで過ごした。なにもせずに費やしていく日々の速度は速かった。
学校が始まれば調に会うことになるだろう。
それは陽光の下の、偽の調だ。
一佐にはもう調を、あの炎を、扱い切れなかった。
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