本編

7/8
前へ
/8ページ
次へ
 夏は日々、暑さを増していった。  熱されるのを通り越して、爛れおちていくのではないかと、一佐は危惧した。 「臨港館」の陰気のなかに匂いを伴うように、腕のなかの調は熱い。しかも日に日に一佐への要求を激しくしていく。  のしかかってまで求めてくる調に、一佐の身体の芯は震えた。  これは炎だ。  見境なく飲み食らいつくす代物だ。  その日は一佐も昂ぶりが過ぎた。欲望と憎しみの均衡が壊れた。一佐は調の首に手をかけてしまった。  甘い叫びが絞られて、調は声なき悲鳴を上げた。  致命的な事態にはならなかったが、一佐は正気に返って調から飛び退いた。  ぐったりと四肢を広げた調に謝ると、大丈夫だからと返ってくる。 「ねえ一佐」  初めて、名を呼ばれた。 「僕は君のことが好き」  いつか告げられるだろうと、一佐はわかってはいた。 「ごめん、俺はこのままがいい」 「そう、わかった。うん、そうだよね」  調は潔かった。素早く服を着ながら、いつでも呼んでね、とだけ言って部屋を出ていく。  ひとり残され一佐は、冷静になって嫌悪感に見舞われた。  調に対して、欲望の埋め合わせしか求めていない。だから、調の気持ちが変わっても、応えられない。  愚かさを理解して、なにもかもが嫌になる。  服を雑に着て、部屋を出た。  階段を降りようとすると、踊り場にあの少年がいた。初めて近くで見たが、細筆で描いたように目が細い。泣きぼくろがあるのが、どことなく憎らしかった。 「お前がここの主なんだろ」  一佐は八つ当たりのように投げかけた。 「調がここに来るようになったのも、お前がそうさせたのか?」  少年はなんの素振りを見せず、階段を降りて行った。追いかけると、玄関を開き無言で帰れと促してくる。  一佐は舌打ちして出ていった。  その日から、調と連絡が取れなくなった。  一佐は残りの夏休みをひとりで過ごした。なにもせずに費やしていく日々の速度は速かった。  学校が始まれば調に会うことになるだろう。  それは陽光の下の、偽の調だ。  一佐にはもう調を、あの炎を、扱い切れなかった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加