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夏休み最後の夕暮れは、真っ赤だった。一佐は海浜公園まで落日を見に行っていた。
ただの暇つぶしであり、なんの感慨も湧かない。
浜辺に、調が現れるまでは。
「一佐」
調の大きな瞳の揺らぎに、複雑な心の色があった。夕日の赤でも隠せはしない。彼はすぐに走り去った。
一佐は追おうとしてしかし、それをしたら却って調を傷つけかねないと悟りやめた。
調の背が小さくなっていく。
夕日が水平線の向こうに、消えた。
その夜は、めずらしく涼しかった。
もしかしたら調は、今夜も「臨港館」にいるかもしれない。
それを思うと、一佐は寝付けなかった。
なんとなく窓を開く。
星もない夜の底に、死にかけたような寂れた町がある。
海の方角の一点が、不自然に明るい。
「火事だ」
呟いて、嫌な予感がした。
着替えると家を飛び出し走った。
「臨港館」前には、既に野次馬がたかっていた。
燃えている。巨大な火柱となって、調の居場所が燃えている。
熱を持つ赤い光に、まぶたがちかちかと震える。
「調」
野次馬のなかに、調の後ろ姿を見つけた。肩に手を置くと、振り向いてくる。襟元が乱れた姿が、どこか滑稽だった。
「僕じゃないよ」
光を失った瞳が揺れている。炎の光と、夜の闇が、調の顔に陰影を刻む。
サイレンの音が近づいて来る。
君のことが好き。そう言われたあの時、手を取ればよかったのだろうか。
告白を下げられ納得した調の潔さが、今となっては恐ろしかった。
「僕じゃないよ」
重ねた言葉に、一佐はどうしても頷いてやるしかなかった。
ここにあるのは調の抜け殻だった。魂は過度な情となって、こうして燃え立っている。
炎の熱に、くらりとした。
調の背後で、揺らいだ夜が崩れた。
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