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妖怪猫又
そのあまりの大きな怒鳴り声は、一つ目小僧が一瞬自分が怒られたのかと身を固くしたほどだ。
「人間を襲わない小さな妖怪を退治しようなんて、あんた、あちしら妖怪たちのすべてを敵に回したいのかい? それとも……」
猫又はちらりと一つ目小僧を見やった。
「一つ目小僧。あの坊主に何かしたのかい?」
一つ目小僧は首を大きくブルンブルンと横に振った。
猫又の目線は老僧に戻った。
「ということは、妖怪憎しの妖怪退治かい」
人間という異物を前にした猫又の鼻息は荒くなり、その裂けた口から見える鮮やかな赤い舌と鋭すぎる二本の牙は老僧の喉元に狙いを定めた。
それでも老僧に怯む様子はなかった。
仏の者と怪異な存在の対決が始まるのかと一つ目小僧は息をのんだ。
老僧が先に口を開いた。
「おぬし。かわいそうにのお」
これには猫又、面食らった。自分の姿を見た人間はいつもならばたちまち逃げ出すか、気絶してしまうものだったが、かわいそうと哀れんでくるとは、これいかに。
猫又は当然の疑問を老僧に投げた。
「あちしをなぜ哀れむ?」
老僧は猫又のしなやかな肢体を眺めて言った。
「おぬし、たまら……良い身体をしておる。大人しく可愛らしくしておれば皆から猫だ雌猫だと愛でられように。それが、そのような剣呑な様子を見せてなんとする。ああ、勿体ない勿体ない」
「何だい、そりゃ?」
猫又に向かって突然頓珍漢なことを言い出した老僧に、一つ目小僧はずっこけた。
この老僧、何だかおかしいぞ。
当然、猫又もそう感じたに違いないと、一つ目小僧は彼女に目を戻したのだが――、
「姐さん? あ、あの??」
それは違った。
猫又は照れくさそうに頭をかいていた。うっすら生えた薄茶色の猫毛のおかげで顔色まではわからなかったが、たぶん真っ赤だろう、耳まで。
おかしい、変だ。
一つ目小僧は猫又と老僧を交互に眺めて首を傾げた。
猫又と老僧が顔を合わせた瞬間に走った緊張感はどこに行ったのだろう。
猫又は後ろ足で一つ目小僧を押すような仕草を見せた。
お前は逃げろ、と言っているのだ。
一つ目小僧は勢い踵を返し、大石を盾にしてその場から一目散に駆け出した。
「待て、その本を――」
老僧が何かを叫んだが、一つ目小僧は振り返ることなく全力で木立の向こう側に飛び込んだ。
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