それぞれの、それから

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それぞれの、それから

「ああっ! 何ということじゃ。おみやまえた原作の単行本未収録の読み切り大傑作『保健室の妖怪ねこねりん先生えっちーず』掲載号が廃と化し……」  老僧は落ちてきた本の灰を見て絶望の声を上げた。 「あれ? どっちが老僧エロガッパだったっけ?」 「こら! 老僧の後に化けていると付けんかい!」 「こっちが本物か。涙流して顔を近づけるなよ」 「ああっ!? 見て! 老僧エロガッパが消えていくよ!」  老僧に化けたエロガッパは天を仰ぎ、足元から消えていった。 「露と消えるって、まさしくあんな感じなんだね」 「終わった……」  老僧は独り言ちた。 「あの本が灰燼と帰したことで、私の煩悩は消え去ったのだ。その私の煩悩から生まれたあのバケモノエロガッパもまた消えていくとは当然であろう」  老僧は一つ目小僧とから傘お化けをがしっと捕まえた。そして、真顔で言った。 「この度の私の煩悩が生み出したエロガッパの件、内緒じゃぞ? ここだけの話じゃぞ? いいな? わかったな? 理解したな?」 「うん、うん、うん、うん、うん」  一つ目小僧とから傘お化けは老僧の眼力に負け、老僧から念を押されるたびにうなづき返した。  そこへ猫又が素早くやって来た。 「ちょっと、あんたら、また何やってんだい!?」  猫又はちらりと老僧の横顔を眺める。 「あっ……。あんたはさっきの坊主じゃないか。あ、あの……」  急にモジモジし出した猫又に、老僧は不吉な予感を覚えた。 「お主は猫又。なあ、お主? 先程の私に化けていたバケモノから何かこう、いやらしいことをされなかったか?」 「あのね。あちし、年下は好みじゃないんだけど、でもね、面と向かって可愛いなんて言われたのは初めてでさ……」 「あの? もしもし?」 「あーあ。猫又の姐さん、自分の世界に入っちゃったよ。こうなると誰の言葉も耳に入らないよ。それに、ずいぶんと姐さんに気に入られたようだね」 「何じゃ、その言い回し? 何か不吉なものを感じるのだが……」 「まあ、おそらく二〇〇年くらいの年の差なんて、妖怪と人間の種族の差に比べたらたいした問題じゃあないよね。あちし、あんたに可愛がられてもいいよ」  喉を鳴らしてにじり寄る猫又に、及び腰で後退る老僧。 「おっと。これから妖怪退治があったのだ。では、拙僧はこれにて失礼」  しゅったっと駆け出す老僧。 「あっ、あんた! 追いかけっこかい? 負けやしないよ!」  老僧をものすごい勢いで追いかける猫又。  しばらくして、木立の中に静寂が戻ってきた。 「人間はやはりバケモノだよ。エロガッパなんて呆れ返るものを生み出したかと思ったら、最後は猫又の姐さんの心まで奪っていった」  一つ目小僧は静かに言った。  から傘お化けはため息を漏らした。 「ふう。でも、あの本はもう少し研究したかったな」 「そうだね。でも、あの本はバラバラになって、燃え上がって灰になったけど、中の何枚かは風でどこかに飛ばされたみたいだよ」 「どこかでまたエロガッパみたいなバケモノが生まれたりしてな」  一つ目小僧とから傘お化けは、大きな目で見つめ合って笑った。  その頃、別の場所では―― 「何だ、この紙切れ?」  ジメジメした空気の中を嫌々下校していたニキビ顔の少年たちが、足元に落ちてきた一枚の紙切れを拾い上げた。 「先輩! 空からこのような け・し・か・ら・ん ものが!?」 「むほお!? 他にもあるかもしれんぞ!」 「一体何が始まるんです?」 「これを見て君も想像してみたまえ」 「――!?」  人間の想像力は飽くを知らない。 <バカバケモノ・完>
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